養蚕神のお姿札、掛軸、絵馬-養蚕信仰・神社

以前にも養蚕神を一部ご紹介しましたが、まとめて掲載させていただきます。

 

昔から養蚕は大事な事業でした。明治に入ると海外から新しい技術が導入され、養蚕技術の向上、大規模な工場が造られました。

Wikipedia 養蚕 リンク       

 

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富岡製糸場

 

今では養蚕もほとんど行われず、桑の木も次々に他の作物の畑となったり、放置されています。

養蚕信仰もほとんど見られなくなりました。

 

今手元にある養蚕神の掛軸、お札などをご紹介します。

茨城県神栖市の星福寺の衣襲明神(きぬがさみょうじん)

現在は廃仏毀釈により、お堂が蚕霊(さんれい)神社となっています。

御尊像は、「馬鳴菩薩」として星福寺に祀られています。 

 

ちなみに常陸国の三蚕神社は、蚕影神社(つくば市神群) 養蚕神社(日立市川尻町) 蚕霊神社(鹿島郡神栖町日川) で、昔はかなり栄えていたようです。今はほとんどお参りもないそうです。

 

 

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星福寺  茨城県神栖市日川900

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衣襲明神の掛け軸にある文面

江戸時代には星福寺の蚕霊尊として各地に巡行し、多くの信者を獲得しました。 ブログ リンク

日立市川尻の蚕養神社のお姿

日本最初とありますが、事実かどうかは不明です。養蚕が盛んだった地区ではないようです。

 

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蚕養神社  茨城県日立市川尻町2

 

現在知られている日本最初か分かりませんが、養蚕神社では京都の蚕の杜ではないでしょうか。

日本では泰氏が養蚕と織物技術を伝える以前よりもたらされていたそうです。京都市では木島神社の養蚕神社(蚕の社)が泰氏の養蚕と関係あるようです。木島神社より蚕の杜として知られているそうです。

泰氏と関連ある太秦にあります。

木島神社は京都で一番古い神社の一社です。

Wikipedia 木嶋坐天照御魂神社  リンク

 

話は変わりますが、秦氏の先祖はユダヤ人であるとする説もありますが、中国では秦はペルシャを指すそうです。また、ユダヤ人には特有の遺伝子を持つことが分かったそうです。アジア、ヨーロッパ、アフリカなど各地に移動した人々の中に、同じ遺伝子を持つ人がいるようです。秦氏につながる子孫に同じ遺伝子があったとの話は聞いたことがありません。ユダヤ人と縄文人が同じ遺伝子を持っているようですが、時代が違いすぎます。

 

つくば市神群の蚕影神社のお姿

蚕影山桑林寺が廃仏毀釈後に蚕影神社となりました。全国にある蚕影神社の総本社だそうです。

 

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蚕影神社 茨城県つくば市神群1998

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東京都福生市の永昌院に金色姫蚕影山幣束ともう一つの金色姫幣束が伝わっています。

蚕影山桑林寺より伝わりました。現在の蚕影神社(つくば市神群)です。

かなり手の掛かる幣束です。

養蚕神の幣束[福生市永昌院に伝わる蚕影山の幣束] 佐治靖

 

4ページありますので、最後までクリックして下さい。

 

駒ヶ岳神社のお姿

駒ヶ岳神社は信州において御岳神社と並ぶ山岳信仰の地です。養蚕農家、馬を飼育している農家の人々の信仰の神でした。

麓の駒ヶ根市は明治から大正時代にかけて国内有数の養蚕エリアでした。「駒ヶ根シルクミュージアム」があります。ここは行ってみたいですね。

  駒ヶ根シルクミュージアム リンク

 

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駒ヶ岳神社里宮

長野県木曽郡上松町東里2区

出羽国雄勝群山田村 地福寺のお姿

現在の秋田県湯沢市です。山田は中世に鎌倉街道が通っていたため、かなり開けていたようです。

地福寺の詳細は全く分かりません。廃寺でしょうか?。あるいは廃仏毀釈で神社になっているかもしれません。山田字下六日町の八幡神社には、境内神社に蚕養社がありますが、関係あるのでしょうか。

藩政末期から明泊、大正時代にかけて秋田でも養蚕と製糸が盛んな時期があり、中心は湯沢町だったそうです。

現在の湯沢市山田がありますが、もっと広域だったようです。

明治8年には雄勝製糸場ができたようです。

  山田村

 

20164139543.jpg秋田県湯沢市 地福院

秩父神社妙見様のお姿

何でここに秩父神社が出てくるの?、と思うかもしれませんが、手に桑の枝を持っているのが分かると思います。

秩父地方はかつて養蚕が盛んでした。この神社の秩父夜祭りは、「お蚕祭り」とも呼ばれていたそうです。

ここも埼玉県内の養蚕神としての信仰があったことが知られます。秩父では妙見様は女の神様と言われていますが、男神の妙見様が髪の長いことから、養蚕神として習合が行われたのかもしれません。   秩父神社

 

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秩父神社  埼玉県秩父市番場町1-3

 

当寺の妙見菩薩のお姿札

どこに養蚕神との関連が見られるの?、と思うでしょう。秩父神社と姿は違いますが、こちらも妙見菩薩です。

当寺以外は桑の枝を持っています。

昔は飯能も養蚕が盛んでした。織物の工場も結構ありました。残念ながら過去形ですね。

地元の人もほとんど知らなかったことですが、遠方から来られる方は養蚕神として信仰していました。秩父神社と同じ日に祭礼を行っており、同じように思われていたようです。

 

 

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円泉寺妙見堂

妙見菩薩資料集リンク

 

 

手書きの養蚕祖神絵馬

以前当寺の絵馬をお願いしていた飯能市にあった絵馬屋さんの手書きの養蚕神絵馬です。

養蚕神の絵馬は小槻正信さんが書かれました。販売していたわけではありません。

特別に書いていただいたきました。亡くなられて数十年経ちます。貴重な絵馬です。

 

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養蚕祖神絵馬

 

 

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