諏訪の北斗神社と物部連

以前諏訪大社にお参りかたがた、妙見菩薩関連の神社仏閣を訪ねました。平成22(2010)年の6月3日でした。

その中に北斗神社があります。

北斗神社   長野県諏訪市神宮寺    

 

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北斗神社  真北を向いています。

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祭主 物部安貞(守屋安貞)と彫られた石灯籠

 急な階段は約200段、斜面は約45度の所もあるそうです。高所恐怖症の人には参拝は無理です。友人は20段あたりで退却しました。

 

2015722205936.jpg北斗神社の階段

 

最近当寺の妙見様にお参りに来られた「守矢」さんが、諏訪大社の守矢神長官(じんちょうかん)家の末裔でした。

その折、北斗神社の石灯籠に「物部」の名が刻まれていたのを思い出し聞いてみると、「物部守屋」との関係ですと言われました。(江戸時代までは守矢の姓は、本家しか名乗れれず、守屋は分家筋となる)

その時もっと聞いておけば良かったのですが、他に妙見菩薩と千葉氏総本家の話を聞くだけで、かなり時間がかかってしまいました。

八ヶ岳原人さんのブログリンク

 

いろいろ調べてみると、蘇我氏に敗れた物部守屋の次男武麻呂が逃れて諏訪に土着したと伝えられ、その子孫が守矢一族の先祖なのだそうです。

「神長家裏古墳」は、守矢家の伝承によれば物部武麻呂の墳墓ということになっているそうです。

 

守矢家敷地にある施設

 

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神長官守矢家祈祷殿

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御左口神社(みさく神)

20157246348.jpg神長官守矢資料館の展示資料 「御頭祭の再現」

 

神長官守矢家祈祷殿  みさく神  茅野市神長官守矢史料館    長野県茅野市宮川389-1      

 

諏訪には他の地域と異なる独特の信仰、御柱、神長官守矢家の伝承などが伝わっています。どのような繋がりがあるのか、この地独特の古墳なども興味が涌きます。

明治維新の時、廃仏毀釈だけでなく、地域独特の信仰も廃絶させられました。つくづく残念に思います。

守矢神長官も諏訪大社から排斥され、七十七代続いた歴史から降ろされてしまいました。

 

2015722222653.jpg当山妙見堂と神長官子孫の守矢氏夫妻

 

〒357-0014   埼玉県 飯能市平松376番地   円泉寺   電話042-973-5716    

 

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