平安時代は吉祥天と同じお姿の妙見様も祀られていました。

 
日本の美術『妙見菩薩と星曼荼羅』林温著に、平安時代の恵什の「図像抄」に霊巌寺(京都北山・廃寺)の妙見像は等身大で、左手は宝珠を持ち胸のあたりで支える。右手は与願印で、吉祥天に同じと書いてあります。
 
本当かなと思っていましたら、ある方から資料を頂き、どうも事実らしいことが分かりました。
羽黒の荒沢寺正善院にある元羽黒山五重塔にあった懸仏の御尊像の内、妙見菩薩は三井寺の吉祥天そっくりだそうです。フェースブック
 
羽黒山(羽黒彦命・玉依姫命・九頭竜王)は聖観音菩薩、軍荼利明王、妙見菩薩と神仏習合をしています。
 
 
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羽黒 正善院の懸仏
軍荼利明王 聖観音菩薩 妙見菩薩
 
-滋賀県立安土城博物館学芸員山下立氏の研究論文より- 
 
 
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東大寺などにもかつては妙見菩薩が祀られていました。現在祀られている吉祥天も妙見菩薩だった可能性があるようです。
 
この時代には、密教の図像集にあるような御尊像も祀られていました。
 
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画像集にある妙見菩薩

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耶馬溪の妙見菩薩

やはり三井寺の御尊像・北辰尊星王は上の画像のようなお姿をしています。
 
当寺の掛軸・三井曼荼羅図(江戸期)の一部にある尊星王です。
 
 
2015625194218.jpg当寺の掛軸より
 
 
広く知られている童子形、能勢形の御尊像とかなり異なります。
 
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童子形妙見菩薩

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能勢形妙見菩薩

 
よみうりランドの妙見様、群馬県少林寺の北辰霊符神鷲妙見菩薩など、それぞれ異なったお姿です。
 
知らなければ妙見様とは分からないでしょう。
 
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