仏像

薬師如来

30年ほど前にバラバラになっていた御尊像を修復し、お厨子も新調致しました。

 

東方浄瑠璃世界の教主と言われています。
病気平癒、健康祈願の仏様として信仰されています。また十三仏の内、49日忌の担当の仏様ですので、法事の折には必ずお薬師様のお話をしています。

 

以前あるセミナーに行きました。

最期に受講者の質問があり、「曼荼羅に薬師如来が描かれてないのは」「なぜ国分寺に薬師如来が祀られているのか」の二点質問がありました。

  1. 薬師如来が信仰されたのはシルクロードの国々である。インドでは信仰されなかったために曼荼羅に描かれなかった。
  2. 国分寺に祀られたのは、「鎮護国家」のためである。

1.は全く気がつきませんでした。五仏の内、東方の阿閦如来が信仰されなかったのは、お薬師さんの世界と重なるためだったようです。そのためか阿閦如来が祀られているお寺は少ないです。奈良の薬師寺では、お薬師さまの台座に葡萄唐草文があしらわれています。

2.は高校の授業で教わったことがありましたが、すっかり忘れていました。その当時のお薬師様の役割と後世の信仰とは、違いが大きすぎます。

 

以前山梨県甲州市の大善寺のお薬師さまがブドウを持ったお姿であるのを知り、その訳がシルクロードにあったとは思いも寄りませんでした。古くは他にも葡萄を持ったお薬師様があったようです。

甲州葡萄の歴史も大善寺のお薬師さんが関連しているように書かれていますが、史実かどうかはともかく甲州にふさわしい仏様ですね。

明治になり大善寺をお参りしたお公家さんが、「薬師如来が手に葡萄を持つのは間違いだ」と葡萄を外させたことがあったようです。十数年前にはその人達の名前がネットに出ていました。

 

話は変わりますが、「逃げるは恥だが役に立つ」で大善寺が撮影に使われ、参拝者が3倍に増えたそうです。

 

大善寺お薬師さまのご開帳は5年に一度です。次回は、平成30年10月1日~14日となります。

大善寺薬師如来        大善寺Wikipedia

 

午頭天王のお姿

別当 石宝院のお姿

山形県東根市の若木神社(おさなぎじんじゃ 旧別当石寳院)江戸期のお姿です。
 
 
 

羽黒山橋本坊

これも山形県です。江戸期に発行されていたものです。
 
 
 
牛頭天王の部分
 
 
 

廃仏毀釈

仏様ではありませんが最も廃仏毀釈のやり玉に挙がった神でした。
全国の牛頭天王社や祇園社は、八坂神社や須賀神社など名前を変えられ、祭神は同神とされる素戔嗚尊に変えられています。
 
当寺境内の八坂神社は、天王さまと呼ばれています。地元の人はなぜ天王様と呼ばれているのか知りませんでした。
 
各地の神社で行われている夏越の祓の「茅の輪くぐり」は、本来牛頭天王と関連があります。
全てを消すことが出来なかったのは、それだけ広く信仰されていたことを物語っているのでしょう。
 
以前午頭天皇社であった伊勢二見の松下社のブログ      ブログ1         ブログ2
 

毘沙門天

毘沙門天像

縁あってお迎えした毘沙門(多聞天)様が、後背・宝棒・宝塔を加えてたくましくなって御本堂に祀られています。

古く見せていますが、結構新しい御尊像のようです。北方の守護神として、円泉寺を守って下さるでしょう。

 

 

毘沙門天掛軸

 

 

以前お招きした毘沙門天の掛軸です。結構気に入っています。

以前見つけた他の掛軸は、怖そうに書いてあるだけで、平面的な作でした。あのとき買わないで良かったと思っています。

それに比べると、この掛軸は遙かに立派です。

 

鞍馬山の毘沙門天

 
 

 

 

鞍馬山の毘沙門天お姿です。

『七難即滅 七福即生』の文は仁王経に説かれています。

室町時代になると、この文に即した神仏を当てはめた七福神信仰が生まれました。

しかし、今のように恵比須、大黒天、弁財天、毘沙門天、布袋、福禄寿、寿老人になったのは、江戸時代になってからのようです。八王子七福神のように、弁財天で無く「吉祥天」入っている札所もあります。

 

鞍馬山の毘沙門天信仰が盛んになり、七福神の中に入れられたのだそうです。

 

 

 

 

鞍馬山の天狗さんです。

「僧正坊」として知られ、全国の天狗の総元締めだそうです。

 

色々な伝承が有りますが、特に源義経の話がよく知られています。

皆さんも良くご存じだと思います。

まだ二十代のころ、先輩と鞍馬口から貴船神社まで歩いたことを思い出します。

本堂の七福神

当寺は武蔵野七福神(福禄寿)の札所ですが、本堂内に別の七福神を祀りました。全て新しくお招きした御尊像です。
 
この七福神様はお正月七草頃までのご開帳と致しました。
行事のたびに内陣にお移しするのが大変なためでもあります。
このために内陣は、ゴチャゴチャしています。

ご開帳期間外にこの七福神目当てにお参りに来られた方が何人もいます。
改めて来ていただくしかありません。

お寺に祀られているから、さぞかし高価だったと思う方もいるでしょうが、毘沙門様は光背と持ち物を新たにした方が遙か数倍も高額でした。
大黒様などは安いランチ二食分です。でも好きなご尊像です。
 

善光寺式阿弥陀三尊図と他の三尊図

当寺の善光寺式阿弥陀三尊図です。掛軸になっています。

 

一つの光背に中心が阿弥陀如来立像。向かって右が観世音菩薩。左が勢至菩薩です。
 善光寺でお参りできるのは、お前立本尊であり、ご本尊様は秘仏となっています。

下は善光寺で発行したお姿だと思います。この図をもとに描かれた掛軸です。

下の台座の二人は信者で、毘舍離国の月蓋長者と娘の如是姫だそうです。
善光寺で発行したお姿札にも、このお二人が描かれています。

 

善光寺以外の三尊図です。これらも掛軸です。普通はこのような来迎図が多いと思います。

 

 

復刻された屏風図です。

 

日天月天の掛軸

40年前ですが、先輩に十二天の版画を見せていただいたことがあります。いずれ彩色を施して屏風にすると話していました。

私もと思ったことがありましたが、高価すぎてあきらめていました

十二天 Wikipedia          

十二天は無理でしたが、運良く「日天月天」の掛け軸をお招きすることが出来ました。

 

 

日天

 

月天

手には八咫烏(やたがらす)とウサギの玉を持っています。

十二天はインドの神々ですので、この掛け軸の絵は、明らかに日本的な考えを取り入れた図です。

 

三面大黒天(摩訶迦羅天)の掛軸

最近求めた掛軸です。

妙見菩薩・摩多利神(またりじん)・摩多羅神(またらじん)の関連を調べる過程で、お寺にお招きできました。  摩多利神と三面大黒天の関係 ブログlink

三面大黒天は天台宗系の大黒天、毘沙門天、弁財天が三体合体されている御尊像が知られていますが、この図は三面とも憤怒相のお顔です。胎蔵界曼荼羅にある大黒天(摩訶迦羅天 マカカーラ)と同じです。

 

 

Wikipediaの大黒天の説明に「胎蔵界曼荼羅での大黒天は、シヴァとその聖なる白牛ナンディン(白い水牛が中国や日本で認識されずに、山羊や兎の姿で誤描写)を降伏させている立像で身の丈は通常は五尺である。」とあります。

この三面大黒天(摩訶迦羅天)は天部の神で、三面六臂の憤怒相、象の皮を背後に広げ、羊と人間を両手でぶら下げ、剣を横に持ったお姿です。

 

三面大黒天

 

下は摩多利神のお姿です。前橋市金剛寺

 

しかし、この掛軸にある大黒天図周囲八体の御尊像は、今まで見たことがありませんでした。香川県三豊市の天台宗長林寺の摩怛羅神曼荼羅図とほぼ同じでした。

民俗学伝承ひろいあげ辞典の資料に、三面暴悪の大黒天を中心に周囲に八天女を配した曼荼羅、この八天女を七母女天(摩怛利神)・梵天女とし、摩多羅神を摩怛羅神として供養する摩怛利神法が修法された。とあります。

八天女の内七天女は、打ち出の小槌を持っています。ほとんど同じお姿をしています。大黒天と意識的に関連づけたように思います。

 

七母女天の内、下中央は四面で上部を除き三眼です。あるいは梵天女なのかもしれません。

川村湊氏の「牛頭天王と消された異神たち 蘇民将来伝説」によると安楽騒動で天台宗が否定した摩多羅神(またらじん)を再度正当化するために、仏教の正当な神である七母女天(摩多利神)と同じとされたようです。
このことから、この図は天台宗の安楽騒動以降の作品だと思います。
 
福島市の観音寺さんのブログに憤怒相の三面大黒天が紹介されています。link
 
 

弁財天十六童子像が修復されました。

ご本堂にお祀りしている弁天様をご紹介します。十六童子を従えている御尊像です。最近修復致しました。

修復前のお顔が黒いのは、お顔に銀箔を貼っていたために、酸化して黒くなったのだそうです。
今回も以前の状態で復元致しました。いずれ酸化し黒くなるのだと思います。
このような技術があったことを初めて知りました。
 
しかし、明るい照明の下では、お顔が銀色で異常な色合いでした。
ふと昔だったら、どのように祀られているのだろうと思い、ロウソクだけにしました。

 

穏やかなお顔です。
さらに夕方になると、不思議な雰囲気になりました。
お顔を銀箔にしたのは、暗いお堂の中で拝むことを計算しての方法のようです。
 

 

中央に坐す仏様は八臂弁才天様です。八本の手には弓、矢、刀、独鈷杵、羂索などを持ち、回りには、角髪を結った十六体の童子像を従えています。弁天様の頭部にある像は、宇賀神様です。

下の画像は、明るい電気の下での撮影です。

童子像の衣服は金箔の上に朱で描いています。
 

修復前の像

 
回りに十六童子が祀られていますが、以前は十四体だけでした。
 
印錀童子、官帯童子、筆硯童子、金財童子、稲籾童子、計升童子、飯櫃童子、衣裳童子、蚕養童子、酒泉童子、愛敬童子、生命童子、従者童子、牛馬童子、船車童子、大黒天善財童子
を従えています。
 
弁天様と十六童子の功徳を見ると、家内安全、ペット安全、商売繁盛、学業成就、恋愛成就、五穀豊穣など、あらゆる功徳を授けて下さる神様です。
 
一般の方々の参拝は、お正月七草頃まで武蔵野七福神福禄寿様のお参りと併せてお参り可能です。武蔵野七福神 link
 
掛軸とお姿で見る十六童子・十五童子

弁財天十六童子

江島神社 弁財天十五童子   神奈川県藤沢市江の島

本来、弁財天だけでしたが、日本的展開を見せ、十五童子が加えられ、さらに善財童子が加えられたのが十六童子です。

信州・戸隠神社旧本坊勧修院 久山館  にも祀られています。

 

当寺の二臂の宇賀弁才天様

これらの弁天様は、普段は本堂の奥に祀られており、お参りすることはできません。

 

阿弥陀堂の辨財天

以前にもご紹介した、阿弥陀堂に祀られてい弁天様です。歯や指の関節まで再現されています。

 

こちらの弁天様は、お近くでお参りできますので、気軽にご参拝下さい。

銭洗い弁天様も祀りしています。 リンク

ホーム

 

〒357-0014   埼玉県 飯能市平松376番地   円泉寺   電話042-973-5716  

 

宇賀神像がBS TBS「諸説あり・縄文時代の文明」に使用されました。

先月BS TBS「諸説あり・縄文時代の文明」に、ほんのわずかですが、宇賀神(うがじん)像が出てきます。 link
 
縄文時代には高度な建築技術が存在した!?
縄文時代には高度な航海技術があった!?
縄文時代にはピラミッドがあった!?
 
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ここで紹介されている宇賀神の説は、Wikipedia(宇賀神)などで書かれている考えとは異なります。
 
縄文ピラミッド説に秋田県鹿角市の「黒又山」(通称クロマンタ)は人工的に石を敷詰めてあり、頂上に祭祀跡があります。縄文のピラミッドとも言われるお山です。
近くにある「大湯環状列石」も紹介されていました。
 
夢枕獏氏によれば、この三角形の山が、蛇がとぐろを巻いている姿に似ており、蛇信仰があったのではないかと述べています。
似たような山がいくつか信仰の対象になっています。
青森県のモヤ山、富山県の尖山(とやま)が、人工的に手を入れられた可能性があるようです。
(靄山の南方には中世に繁栄していた十三湊があります。気になる場所です。)  青森県靄山グーグルマップlink
 
 
 
奈良の三輪山の祭神である大物主は蛇の姿で現れています。日本には古くから蛇信仰があったのでしょう。大物主Wikipedia link      三輪山Wikipedia link
 
古くからの蛇信仰があり、宇迦之御魂神(うかのみたま)と習合したのかもしれません。
 
昔歴史の授業で教わった縄文時代観が、三内丸山遺跡の発掘以来かなり変わってきていることを強く感じています。
今も縄文時代の文化が脈々と日本人の中に残されているのを感じました。
 
今回の番組とは関係ありませんが、三途の川の概念は縄文の遺跡「奥三面遺跡」があります。 『日本人の他界観を探る―三途の川―』
 
この奥三面遺跡群には環状列石があり、三内丸山遺跡と同じ様な掘立柱建物跡が発掘されています。
 
 
 
いつ頃のことか忘れましたが、人は死ぬと魂は近くの山に移って、山の神となると言われていました。山の神の語源だと思います。
山の神=ご先祖様=氏神だったわけです。後に大陸から伝わった西方極楽浄土や天国とは異なる世界観です。
関東では筑波山が知られています。三輪山などもそうだったのではないでしょうか。
伊勢の奥の院と言われる朝熊岳「金剛證寺」の岳参り(たけまいり)も関係あるような気がします。
 
霊山とは富士山のような高い山でなく、近くの山でした。
山が無いところでは、少し高くなった林の中がそうだったのではと思います。当寺境内の山の神の社は、そのような場所から移されています。
 
ご先祖様であった氏神様に、有力な八百万神が祀られ、名も無い神社が諏訪神社、八幡神社、稲荷神社などになっていきました。
黒又山も神聖視され、勝手に山に入ることはタブーだったようです。
この番組の内容では、宇賀神とお山の関係が、どのように結びつくのか、私には分かりませんでした。
しかし、古代信仰との関連はあったように思います。
 
 
 
最後のテロップに圓泉寺の文字もでました。
 
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BSが見られないので、録画していただいたブルーレイディスクでの視聴です。
気になるところを何度か見直ししています。
 
その後、制作会社からDVDビデオが送られてきました。
 
 
追記  2017/06/07
 
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吉野裕子著「日本人の死生観 蛇 転生する祖先神」河出文庫によると、世界中で蛇は祖霊であったようです。
「古代日本人は、木や山を蛇に見立てて神とした。そして、人の誕生は蛇から人への変身であり、死は人から蛇への変身であった・・・・・・」
とあります。
円錐の山は蛇がとぐろを巻く姿であり、先祖神として映りました。
古くは出産のその日のためにだけ建てる産屋の屋根が三角錐で、とぐろを巻く蛇の胎内なのだそうです。円錐形の三輪山(奈良県桜井市)、宇迦山(西南麓に出雲大社がある)、カンナビ山はいずれもトグロを巻く蛇神の姿そのものとしてとらえられ、信仰の対象となっている・・・・・・・
 
同じく吉野裕子著「山の神 易五行と日本の原始蛇信仰」講談社学術文庫にも、同様な事が書かれています。
 

※吉野裕子氏の面白い記事がありました。link

 
 

※縄文土器には、蛇のデザインが数多く見られます。 Yahoo!画像link

 
※兵庫県たつの市新宮町の香山(かぐやま)は「播磨国風土記」に鹿来墓(かぐはか)と言いました。久野昭著「日本人の他界感」(吉川弘文堂)より。(ここも綺麗な円錐形の山です。グーグルマップlink)
同書に書かれた山田秀三著「北海道アイヌ地名を尋ねて」楡書房に「モイワは道内の諸所にある山の名前である。モ(小さい)・イワ(山)なのであるが、小山なら何処にでもある。併しこの名でよばれる山を見に行くと、版で押したように、円頂は円錐形の目立って美しい、印象的な独立丘である。特別な山の名であるようだ。問題はアイヌ語のイワに在るらしい。『小辞典』には、今はただ山の意に用いるが、もとは祖先の祭場のある神聖な山をさしたらしい。‥‥。日本人は‥‥神奈備山を崇敬していた。‥‥札幌の円山も、大和の神奈備山と同じような意味で、アイヌの霊域だったのではあるまいか。」とあります。
 
 
これらのことだけでなく、日本各地の独立した円錐形の山は、蛇信仰が残されているようです。
ネットで調べてみると、黒又山周辺の神社にも龍神、蛇への信仰がありました。
 
縄文時代には高度な建築技術が存在した!?
縄文時代には高度な航海技術があった!?
縄文時代にはピラミッドがあった!?
 

馬頭観音様の石仏

境内にはかなりの数の石仏が祀られており、妙見堂に登る東側階段入り口に馬頭観世音の石仏があります。
 
境内の石仏の中で、一番好きなのが、この石像です。
市内の石仏愛好家には、よく知られているそうです。
 
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宝暦年間に祀られました。
昭和初期までは、現在の観音堂がここの前に東向きに立てられており、祭りには馬を引き、お堂を回ったそうです。
現在でも近在の下川崎・普門寺では、実際に馬を借りてお祭りをしているようです。
 
観音堂のあった場所には、現在ペット供養塔があり、木造の馬頭観音がご本尊として祀られています。
こちらは馬頭観音様らしく怖いお顔をしています。 馬頭観音Wikipedia
 
 
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埼玉には、あまり優れた石像は少ないようです。
群馬や長野には、確かにあちこちに良い石仏があります。
良い石があり、石工も優れた職人が多かったのだそうです。
 
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近在の馬頭観世音です。
 
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第二用水の橋の近くに、用水に面して祀られています。
 
どこに祀られているのか分からなかったのですが、たまたま石屋さんが倒れてしまった馬頭観音様の場所を整地しなおし、真っ直ぐしたと聞き、行ってきました。
時々通る道脇でも一段低くなっており、分かりづらい場所でした。
お参りするにも用水の反対側からしか拝めません。
 
 

絵銭2 成田山 金毘羅大権現 弁天 天神 役小角

絵銭収集は終わりにする予定でした。

成田山の絵銭を見つけ、他に当寺に祀られている仏様などもありましたので、まとめて同じ所から求めました。

 

成田山不動明王

当寺の御本尊様もお不動様です。

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金毘羅大権現

妙見堂にお祀りしています。

同じ図柄ですが、程度に違いがあります。

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弁財天

御本堂、阿弥陀堂と銭洗い弁天がまつられています。

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天神(菅原道真)

天神社が境内にあります。

表が梅と松に天神様の図柄です。当寺の山号は梅松山ですので、気に入っています。

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役小角

祀られてはいませんが、あちこちでご縁をいただいております。

表には行者の文字があり、裏面には前鬼と後鬼の図柄となっています。

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絵銭1,2共にスキャナーでの画像です。

性能の良いカメラであれば、もっと鮮明になったのですが、大きさがまちまちの上、ボケボケのが多く仕えませんでした・

 

 

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