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廃仏毀釈・神仏分離の影響

  1. 古事記、日本書紀にただの一度だけ記されている神である天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)は、道教の天帝の思想を取り入れた神とされているようだ。天の真ん中の神(北極星)。
     
  2. 明治維新において、平田篤胤の国学の影響は大きく(彼の国粋主義思想だけがとくにとりあげられ、明治政府の国家神道をささえる思想的柱となった。先祖は平将門とし、篤胤が祀ったの将門像は神田明神にある。)、廃仏毀釈の嵐は想像を絶するものであったようだ。神仏分離の布告(明治3年・1870)により、多くの寺院が破壊されたり神社に変えさせられた。神社の仏像仏具は破棄されるか、ひっそり祀られていたり、近くの寺院に納められた。修験や普化宗(虚無僧)は廃止させられた。

    伊勢神道では妙見菩薩(みょうけんぼさつ)を天御中主神に配当し、渡会(わたらい)家の氏寺である伊勢の常明寺の境外仏堂に祀っていた。(現在はよみうりランドの妙見堂に祀られている。東京都稲城市矢野口)天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)を本居宣長(1730-1801) 天の真ん中の坐々して世の中の宇斯(うし・家のような?)たる神平田篤胤(1776-1843) 天地万物の主宰神、北斗七星の神としてとらえた。復古神道においては天御中主神は最高位に位置づけられている。明治に大教院が祭神と規定し、妙見菩薩は、天御中主神などとして祀られた。妙見堂は、地元の名を冠した神社や星宮神社などと呼ばれるようななったり合祀された。福島県の相馬藩内では、初発(はじめ)神社と改名された。

    ※星宮は古くからあるが道教の星宮(せいきゅう)も関係しているのではないだろうか。(例・永楽宮壁画) 「勾陳、即勾陳星宮天皇大帝、也稱紫微天皇大帝、是後世用以代表(赤極)的. 顆星、居北極前隅、…」

    ◎埼玉県山西省友好記念館「神怡館」(しんいかん)に永楽宮壁画の模写があります。入れ替えがありますので 確認を取ってください。仏宮寺釈迦塔縮小建築模型など、すごい展示品ばかりです。いつもすいています。 埼玉県秩父郡小鹿野町薄2245 TEL:0494-79-1493 休館・火曜日

    ※福岡県久留米市の水天宮は、廃仏毀釈後に水天から天御中主神に代えられた。祭神として現在水天としては祀られていない。ここより全国に勧請された水天宮も同様である。また、天御中主を祀る神社では、妙見菩薩とまったく関連がない神社〔例:日野市の日野宮神社(日野宮権現:本地仏・虚空蔵菩薩)〕も多い。元の祭神・本尊がわからなくなっている場合もある。なかには創建当時から天御中主神を祭神として祀ったように記載している神社がある。天御中主神を祀ったのは、廃仏毀釈以降がほとんどのはずで、それ以前に祀ったところがどれだけあったのだろうか。妙見菩薩との関係を意識的に隠している神社もある。
     

  3. 星宮神社は栃木県が一番多いようだが(祭神は天御中主神・いわさく・ねさくなど)、日光修験の関係で元は虚空蔵菩薩です。水戸学の影響が色濃く残ったところに星宮神社が多くあるようです(栃木県神社庁HPの質問に対する答えの一部)。※ウナギが虚空蔵菩薩の使いとして、氏子や信者は食べないという習慣が残っているところが多い。

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