2006年06月20日

稲荷神社 群馬県館林市田谷町

板倉町の雷電神社から他の神社を探していて、たまたま見つけた神社です。

 

 

このあたりにも富士講があったようです。

食行霊神・角行霊神

 

稲荷神社 群馬県館林市田谷町  地図

渡良瀬遊水池+雷電神社

渡良瀬遊水池と雷電神社は、共に水に関する所です。

渡良瀬遊水池は水を制御するための施設、雷電神社は雨を降らせる神社です。

 

渡良瀬遊水池

渡良瀬川に流れ込む足尾鉱毒事件の鉱毒を沈殿するために作られた人工の遊水池です。

 

この遊水池造成するために旧谷中村はなくなり、藤岡町と合併しました。

 

渡良瀬遊水池 地図            ウィキペディアlink

 

雷電神社

関東の雷電神社の総本宮とあります。

各地の雨乞いでは、ここから水を分けていただき、雨乞いをする所が多くあります。

例えば鶴ヶ島市脚折町の雨乞いまつりは、白鬚神社から雷電池(かんだちがいけ)まで水を運ぶ祭礼です。

巨大な蛇体が練り歩き、雷電池まで進みます。雨折雨乞い

 

一度お参りしたい神社でした。

 

境内は広く、自然が広がります。

門前で昼食としました。

 

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将門神社(御門神社) 栃木県岩舟町静(栃木市)

御門神社と地図上にはありましたが、扁額には将門神社とありました。

将門公子孫の方々のこだわりがうかがえます。

石灯籠は将門宮の文字が刻んでありました。

 

 

宮司さんが住んでいない神社ですが、きれいに掃き清められています。

ここは本山派修験の正門院でした。(旧名将門院・御門神社)

 

将門神社の扁額

 

狛犬

 

大黒天

 

他にも石祠などが祀られていましたが、詳細は分かりません。

 

たまたま声をおかけしたのが、針谷浅一でした。

この地の針谷家は平将門の子孫と伝えられています。ご本家の針谷浅一家のお位牌、お墓を拝見させていただきました。  院殿大居士でした。お墓は針谷大本家となっていました。

この地は将門方の大事な拠点でしたが、佐野の藤原秀郷の勢力によって敗れてしまいました。神社には以前は神社の東、北に濠が巡らされてあったそうです。

浅一氏のお話しによると佐野市の唐沢山には行っても良いが、唐澤山神社はお参りしてはいけないと、子供の時に言われたそうです。

 

将門神社  栃木県下都賀郡岩舟町静字御門 地図

岩舟町は2014年栃木市に編入しました。

 

十王十仏板碑 群馬県板倉町

閻魔様の石仏は見たことがありますが、十王の板碑は初めて見ます。

 

御本堂の前に板碑と石仏が祀られていました。

下の掲示板にあるように十の仏様の梵字が彫られていました。鎌倉期の板碑です。十王の本地仏の梵字です。

まだ十三仏の確定していない次期ですので、十仏として阿弥陀信仰まででした。

 

双体道祖神の石仏ですが、お酒を杯についているのは、初めて見ました。

双体道祖神

 

青面金剛の庚申塔

 

浄蓮院 群馬県邑楽郡板倉町

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