2016年02月10日

麻賀多神社ー成田市台方

法華経寺参拝の後、成田市の麻賀多神社に向かいました。    麻賀多神社

延喜式の神明帳にも記載されている古い神社です。

宗吾霊堂前を通りすぎ、右手にみえるのが麻賀多神社です。人数は少ないですが途切れることなく参拝者が訪れています。

 

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麻賀多十八社の本宮とのことでしたが、思ったよりも規模が小さい神社でした。

しかし豊かな緑の境内は、かなり広いようです。

鳥居をくぐる前から、洗われるような気を感じます。法華経寺で感じた不安感が一気になくなりました。

一緒に参拝し、薦めてくれた友人が、ここはパワースポットだと言うのが実感できました。

御本社参拝の後、右回りに巡拝し、小さなお社、樹齢千三百有余年日本一の大杉(ご神木)と順にお参りします。

 

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御神木

 

大杉の周りを回り、杉の気をいただこうとする方が多いようです。

 

次に境内の天日津久神社です。

心ない新興宗教の信者に放火されたのだそうです。

 

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 ここは特に知られた場所のようです。ここを目当てにお参りに来られる方が多いそうです。

 

最期に祓戸の神にお参りし、宗吾霊廟に向かいました。

 

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祓戸神

 

真言宗豊山派別格本山 宗吾霊堂東勝寺-成田市宗吾

麻賀多神社神社の次に近くの宗吾霊堂をお参りしました。  宗吾霊堂

 

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宗吾を祀る本堂

 

義民・佐倉惣五郎を祀る寺院として有名です。

本名は木内惣五郎といい、下総国印旛郡君津村(現・成田市台方)の庄屋をしていました。

年々年貢の取り立てが厳しくなり、藩や幕府の老中にも直訴をしても聞き届けられず、承応元年(1652年)に四代将軍・徳川家綱に直訴をし、過酷な年貢は無くなりました。

しかし、惣五郎夫妻は磔となり、子供も死罪となったそうです。

 

2016210212243.jpg宗吾父子の墓
201621021262.jpg参道

 

義民宗吾として特に有名になったのは、歌舞伎や浄瑠璃で取り上げられたためのようです。

東勝寺には宗吾御一代記館があり、芝居の場面を人形により展示しています。

 

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宗吾御一代記館

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案内板

市川小団次が向上で、「神田明神の祭礼の際に当たり狂言を祈願したところ、夢に白髪の老人が現れ、自分は平将門の霊である。自分の子孫に佐倉惣五郎というものがいて、万民のため命を落とし神と祀られている。」と述べたと伝えられています。

平将門を調べている私としては、ここは一度は行ってみたい所でした。

 

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佐倉惣五郎のお姿

 

 話は変わりますが、参道のお店に相馬焼の茶碗などを売っていました。窯元も震災のため被害にあったそうです。

一緒に行ったAさんは相馬の出身で、今でも実家は原発の近くのため、近付くことも出来ません。お土産に相馬焼の茶碗を買っていました。

相馬氏も平将門の子孫と言われています。相馬焼には繋ぎ駒の文様がはいっているのが特色です。

大堀相馬焼

 

近くで昼食後、反将門の代表でもある成田山新勝寺に向かいました。

 

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