2018年02月

朝日山平等院


同じ飯能市の真言宗寺院でありながら、つい最近まで知らなかったお寺です。
私は飯能地区仏教会の事務局をしていたこともありましたので、会員の寺は全て出かけ場所だけは確認しています。
しかし、その中にはありませんでした。

美杉台団地の一番北側に位置しています。
御本尊は薬師如来様です。

総本山善通寺の関東別院で、昭和9年創建、平成7年にここに移転したと書かれていました。

真言宗寺院総覧にはありました。
 
有名な宇治の平等院も朝日山平等院です。

 



奥多摩新四国75番の札所です。
本堂廊下の向かって右に札所のお薬師さま。




向かって左にお大師さま(弘法大師)が祀られていました。


奥多摩新四国札所は、ほとんどお参りがありません。
住職の住んでいない寺や農家の方が御朱印を押してくれるところなどがあり、いないのが当たり前のつもりでないといけません。
御朱印帳も特殊です。何処でもあるわけではありません。

西側には回廊で庫裡と結んでいます。

朝日山平等院
埼玉県飯能市美杉台5丁目16-3  地図


追記 2018/02/25
桜沢幸平著「新四国奥多摩霊場八十八札所」(昭和53年刊)がありましたので、平等院のページを見ました。
当時は派飯能市大河原にあり、現在の飯能キリスト教聖園教会の向かいを上る道を登った所にありました。
無住で相当荒れていたようです。

いつここに移ったのかは分かりません。

この札所は無住の寺、廃寺、農家、旅館、実在しない、などがあり、お参りには向きません。

「ここの札所はどこに行けば御朱印をもらえるんだ!」と以前言った人がいました。私は「活動していません」としか言えませんでした。

今はネットの時代ですから、よく調べて欲しいと思います。

 

摩利支天 埼玉県・東京都・群馬県などの寺社

摩利支天

円泉寺

 

摩利支天(まりしてん)は陽炎を神格化した仏さまで、日天の眷属です。当寺の日天月天掛軸ブログlink

護身や蓄財などの神として信仰され、猪に乗った姿で知られています。

 

 

この図は当寺の摩利支天掛軸 北斎漫画模写です。

昭和バブル末期に熱海市在住の佐藤さんが、描いていただいたそうです。以前は中野区に住んでいました。

御親戚の方から情報をいただきました。

 

摩利支天を調べると、飯能市に七カ所の摩利支天のお堂、社がありました。興味を持って、埼玉県の摩利支天を祀る寺社を調べてみました。

併せて、東京都も入れました。


摩利支天Wikipedia

 

 

とても小さい掛軸です。現在は都内友人の手元にあります。

かなり丁寧に描かれています。

 

 

新しく迎えた摩利支天像です。

本来、摩利支天は女性像だったのが、後に男性の像に変わりました。

戦国の武将にとって、求めた姿だったのです。

 

摩利支天ブログ①                      摩利支天ブログ②

 

中国で制作され、国内の通販で求めた巧芸品の掛軸です。

摩利支天は本来女形ですので、インド・中国ではこのような姿なのです。

この図はネットで検索すると、時折出てきます。

 

 

イラストの摩利支天です。

こちらも女性像です。

埼玉県の摩利支天

武将に信仰されたためか、日本全国に祀られています。

埼玉、東京、群馬を中心に、長野など他の地域も掲載しています。

 

 

摩利支天社 飯能市美杉台5-16  平等院の西、防災倉庫から山に向かい約100メートル。ブログ

 

摩利支天尊    飯能市長沢  顔振峠(こうぶりとうげ)の平九郎茶屋(長沢1562)の東脇を降りてすぐ。ブログ

 

八耳堂  飯能市大河原582  軍荼利神社 摩利支天社   ブログ

 

円泉寺  摩利支天掛軸  飯能市平松376   ブログ  

 

御嶽神社  飯能市中藤中郷四郎寺 石仏  ブログ


熊野神社(洞雲寺裏山)  摩利支尊天文字碑  ブログ
   洞雲寺  飯能市下名栗368

 

飯能御嶽神社 摩利支天碑   ブログ

 

摩利支天神社  埼玉県日高市久保51  ブログ

 

下野上神社  摩利支天碑 秩父郡長瀞町野上下郷字横丁2046 

摩利支天社  小鹿野町藤倉日尾

摩利支天石碑   秩父郡長瀞町上野上

奈倉館跡 摩利支天跡  秩父郡小鹿野町下小鹿野納蔵  ブログ

父不見山(ててみずやま)の南 石祠 秩父郡小鹿野町藤倉の寺平

日本武神社(十六様)   秩父郡小鹿野町般若  新編武蔵野風土記に本地仏として愛染・文殊・千手観音・不動・馬頭・薬師・烏蒭瑟麼・普賢・地蔵・大日・摩利支天・軍荼梨・勢至虚空蔵大威徳・弥勒とある。「秩父三大修験」

能気神社 摩利支天碑 埼玉県秩父郡東秩父村安戸382  ブログ

 

摩利支天堂  深谷市江原84-1  木曽御嶽信仰の神社。丸江講の元拠点。ブログ

 

摩利支天堂  秩父郡横瀬町大字横瀬5108番地 地図  個人の所有  ブログ

 

剣ヶ峰  摩利支天石碑  比企郡ときがわ町  堂平山からテレビ中継受信塔のある山頂町

八宮神社  摩利支天像  比企郡嵐山町廣野927  ブログ

 

大行院  摩利支天石仏  比企郡嵐山町大蔵558

宝城寺 摩利支天石仏   嵐山町志賀1478

 

石仏群の内 摩利支天  本庄市児玉町小平  秋本橋(小山川) 近くの県道287号線脇の崖下(日本神社のある山裾)   ブログ

 

下浅見八幡神社の石碑  本庄市児玉町下浅見879  ブログ

摩利支天大神の石碑  本庄市児玉町稲沢  ハイキングコース(尾根)

摩利支天社と摩利支天碑(文字)  大里郡寄居町西ノ入り  仙元山

花園御嶽城跡  摩利支天碑   大里郡寄居町末野2185  「御嶽山大神、八海山大神、三笠山大神」以外「妙見尊神」など  ブログ

 

摩利支天  埼玉県羽生市弥勒   ブログ

 

摩利支天堂  入間郡越生町  五大尊つつじ山から大高取山への登山道  ブログ

 

摩利支天王  あじさいやま公園 入間郡越生町麦原 越生町麦原528 ブログ

 

摩利支天塚古墳?   坂戸市

土屋神社 摩利支尊天石碑   坂戸市浅羽野2-2-11  ブログ

 

東印寺 摩利支天石仏   加須市中種足1378ブログ

 

稲荷神社摩利支天社  越谷市北越谷4ー12ー3

摩利支天堂  川越市寺尾 勝福寺(寺尾640)の東 パールメゾンの前  地図

本応寺番神堂 日天子・月天子・明星天子・摩利支天  川越市石原町1-4-10

熊野神社  摩利支天碑  川越市岸町2-21-7

御嶽神社  摩利支大神  東松山市下唐子  下唐子1号墳の上  ブログ

 

摩利支天神社   南埼玉郡宮代町本田4-5-32  屋敷神  ブログ

 

治子神社  埼玉県行田市下中条1655

長久寺 猪に乗った将軍地蔵  坂戸市浅羽1486

※久邇カントリークラブ内  猪に乗った将軍地蔵  飯能市平松

※安立院  猪に乗った将軍地蔵   東京都台東区谷中 ブログ

 

東京の摩利支天

徳大寺 台東区上野4-6-2  摩利支天が本尊  ブログ  ※摩利支天だけの御朱印を受け付けているのは、ここだけだと思います。

摩利支天横町  現在の江東区富岡一丁目、門前仲町二丁目

玄静院 摩利支天堂  豊島区南池袋3-6-16  ブログ

感通寺  新宿区喜久井町39  ブログ

裏宿神社 青梅市裏宿町776  中世は摩利支天宮  裏宿神社に変えた。ブログ

常福院仁王門  摩利支天像  東京都青梅市成木7丁目1192   ブログ   

正福寺  摩利支天石像  東京都青梅市今井2丁目1045    ブログ
 
泉岳寺  摩利支天像(秘仏)  東京都港区高輪2-11-1  ブログ
 
妙善寺  摩利支天像  東京都港区西麻布3-2-13  ブログ

豊川稲荷東京別院  摩利支天石像  東京都港区元赤坂1-4-7   ブログ
 
西方不動尊 摩利支天石仏  東京都北区上中里1-47
 
日ノ先神社(元摩利支天宮)  江東区猿江1-22-12
 
本立寺 摩利支天像 東京都八王子市上野町11-1 ブログ  ※ここの摩利支天御朱印は、朱の三尊の押印だけのようです。
 

 

群馬県の摩利支天

奥原の摩利支天尊  群馬県前橋市下増田  川崎大師分院蓮花院駐車場より東に100メートル  ブログ

 

八千矛神社(摩利支天宮) 群馬県佐波郡玉村町川井1192  ブログ

 

高崎観音 摩利支天 群馬県高崎市 ブログ

 
 
真庭念流道場    ブログ
 
 
 
宮子神社  群馬県伊勢崎市宮子町1710 ブログ
 
 
 
大国神社  群馬県伊勢崎市境下渕名2827 ブログ
 
 
 
火雷神社  群馬県伊勢崎市香林町2丁目甲789 ブログ
 
 
 
白龍神社  群馬県伊勢崎市東小保方町2944 ブログ
 
 
 
他の摩利支天
 
 
摩利支天塚古墳と台林寺  栃木県小山市飯塚   ブログ
 
 
 
善光寺 世尊院釈迦堂  摩利支天像  長野市長野元善町475  ブログ
 
 
 
小坂神明社 摩利支天石仏 長野県岡谷市湊4-15-29  ブログ
 
 
 
将軍山 摩利支天  秋田県大仙市  ブログ
 
 
高野山常喜院 摩利支天 和歌山県 ブログ
 
 
別:普寛神社  埼玉県秩父市 ブログ
 
 

※意外だったのは、埼玉県では飯能市が一番多かったことです。出かけるにも近場が多いので、結構回ることが出来ました。青梅市は飯能とは隣接しています。

関東全域、日本全域は調べるのを止めました

他にも寺院神社、故人蔵など、多く祀られているはずです。
 
 
 
北斎とジャポニズム展 国立西洋博物館
 
北斎漫画の摩利支天と当寺掛軸
 
国立西洋美術館でのジャポニスム展で、一番最初にシーボルト作の摩利支天(まりしてん)の画がありました。
当寺掛軸の大元が北斎漫画(六編)だったのです。
 

北斎漫画(六編)

円泉寺の摩利支天図

シーボルト作 

 

 
 
 
 
 
摩利支天
 
 

東京国立博物館表慶館 アラビアの道-サウジアラビア王国の至宝展

 アラビアの道-サウジアラビア王国の至宝展

「仁和寺と御室派のみほとけ-天平と真言密教の名宝-」を楽しんだ後、表慶館に向かいました。

仁和寺展の券でご覧になれます。

 

王族の継承で権力争いも伝えられた国です。没収された王子達の財産額が桁違いでしたね。

 

最初に石像が迎えてくれます。紀元前3000年前後の人形石柱です。

 

彩紋鉢などの土器

 

ダーダン王国の男性像、イスラム教徒に頭部を壊されたのでしょう。紀元前4~3世紀

 

ヒトコブラクダの像  紀元前2~3世紀ごろ

 

緑彩双耳壺  1世紀前後

 

少女の葬送要のマスク  1世紀頃

 

ダーダン文字碑

 

その他沢山の秘宝が楽しめました。

 

仁和寺展は大勢来られていましたが、ユックリ楽しめます。

 

特別展「仁和寺と御室派のみほとけ-天平と真言密教の名宝-」3月11日まで

東京国立博物館平成館で開かれている特別展「仁和寺と御室派のみほとけ-天平と真言密教の名宝-」に行って参りました。

国宝三十帖冊子など貴重な文物が展示されています。  link

ほとんどが撮影禁止なのですが、観音堂の仏様と内部を再現した場所は撮影可能です。

 

葛井寺の千手観音像は素晴らしいですよ。他にも沢山の仏様に会えます。

摩利支天徳大寺 台東区 アメ横

昨日は都内の上野など数カ所に行く用があり、途中に日蓮宗徳大寺にお参りしました。

御本尊は摩利支天です。

アメヤ横町の一角にあり、山手線からも真っ赤な伽藍を確認することが出来ます。

 

色々なお店が建ち並ぶ中、赤い伽藍はひときわ異彩を放ちます。

沢山の信者さんがいるのでしょう。

 

修学旅行中の生徒さんと思われる方々が、記念写真を撮っています。

 
 

 

信者さんがいたわけではありませんが、ご本堂では若い僧侶が二人、大きな声で読経中でした。

友人がいただいた御朱印です。日付は消しました。

 

 

徳大寺 台東区上野4丁目6−2

薬研堀不動院と講談

 

 

川崎大師東京別院・薬研堀不動院にお参りと講談を聞きに行きました。

講談発祥の地とのことで、本日は有料ですが、毎月28日のお不動様の日は無料になります。

円泉寺檀家の姪御さん・宝井琴柑さんが出演しますので、早く到着の予定が1時間遅れとなってしまいました。残念ながら金柑さんの番に間に合いませんでした。

一竜斎貞寿師匠とトリの宝井琴星師匠は、タップリ堪能することが出来ました。

宝井金柑さんには、いろいろ気配りしていただき、申し訳なく思っています。

金柑さんに「ここのお寺は円泉寺と同じ真言宗智山派なのです」と言ってしまったために、主監をお呼びすると言われてしまいました。

慌ててお断りしたのですが、直ちに迎えに行ってしまい、弱ったな~と思っていると、主監が先に「○○さんですよね」と言われました。

なんと後輩の渡辺さんでした。

金柑さんにも成り行きに驚いていたようです。主監と話している間も、ずっとつきあっていました。気配りを大切にする芸人さんですね。

宝井金星師匠のしつけを当然のごとく守っているのでしょう。他の講談師の方も同じようにお客さんを大事にしていました。

 

※宝井金柑さんは、後日5代目 宝井 琴鶴  となりました。ホームページlink

 

 

 

 

講談は本堂の下他のホールで行います。

本堂脇には、弘法大師像と向かって右側が、講談発祥の地の碑、向かって左側が、順天堂発祥の碑があります。

 

 

渡辺主監から地元の名物、七味唐辛子をいただきました。申し訳ありません。

主監も職員も気配りが行き届いています。

寺の住職だと、ふんぞり返っている時代ではありません。特に祈願寺は、お客さん、信者さんには、このような気配りを大切にする必要を小僧時代から、しつけられているのでしょう。

川崎大師の前御貫首猊下も腰の低い方でした。

 

薬研堀不動院 東京都中央区東日本橋2丁目6−8 地図link          ホームページlink

 

戒名説明書 通夜の時に戒名のお話をします

 

今から20年ほど前、通夜の折たまたまメモ用紙のつもりで置いていたものを葬儀屋さんがコピーし、参列者に配ってしまったことがありました。

おばあちゃんの思い出、戒名についてお話ししました。大変評判が良く、ただの田舎寺住職と思われていたのが、少し評価が上がったようです。

その折りの説明したことが、静岡の戒名「上座」です。興味のある方は、ブログをlinkしますので、是非お読みください。ほぼ毎日誰かしら検索する方がおり、読んでいただいているブログです。link

 

今では、かなり凝った内容になっています。

  1. 戒名にカナが振ってあり、一文字一文字の意味、全体の意味を説明します。
  2. 通夜、葬儀、初七日、七七日忌の意味合いなどを説明し、通夜の読経に移ります。特に浄土真宗の方には、とんでもない説と怒られそうなお話です。

 

戒名については、ホームページにありますので、リンク先をお読みください。link

 

お寺の立場で夫婦別姓を考える

新聞に気になる記事がありました。
内閣府調査10日付の発表によると「賛成派(42.5%)が反対派(29.3%)」となったそうです。

 

今では子供は娘ばかりの家も多く、○○家の墓となっているお墓では、お墓の継承が難しい場合があります。
長女のご主人が跡取り息子である場合もあるわけです。


以前ですが、あるお寺では両親とは別姓のご主人の葬儀を行いながら、いざ納骨の段にになると、「姓が異なるので納骨はさせない」と言われたことがあるそうです。
お墓は永代供養にし、別にお墓を求めるよう言われたそうです。

このようなことで当寺に来られたことが二度ありました。
1件は菩提寺が遠方でしたので、当寺の永代供養塔に先祖と一緒に納骨されました。
2件目は、相談者近くの断った同じ宗旨のお寺を私が薦め、先祖代々之墓と彫り引き墓をしました。

当寺にお墓を建立する前に、奥さんの実家菩提寺にあるお墓を永代供養とした家も何軒かありました。

今は時代が違います。
当寺でも子供がいない、娘ばかり、結婚しなかったなどの家では墓じまいをして、永代供養に変更した檀家さんもいます。ますます増えるでしょう。
廃寺とならないようにする為には、或いは遅らせるには、今までと同じ様な感覚でいるわけにはいきません。

娘婿の了解が取れれば、お墓の文字は「先祖代々之墓」と彫っていただくようにしています。
しかし、あくまでも苗字を入れることにする親御さん多いですね。

霊園などでは、「愛、憩い、雲」など自由に出来るメリットもあります。
しかし、近くの墓の方が新興宗教に入っていたため、ずっと団体で拝んでいることがあり、お墓参りに行っても、いやな気分で帰ることもあると話していました。


当寺の檀家さんですが、一件で三件のお墓を継承した家があります。
自分の家、奥さんの実家、叔母さんの家です。
どこも親戚が一緒にすることや、永代供養にすることを反対しています。

お墓を引き継ぐ人だけでなく親族も、苗字、お墓にこだわる人が一杯います。

夫婦別姓が当然の時代になると、お寺の過去帳は大変なことになるとおもいます。
一家三代に苗字が異なる人が4名、祖母、母、嫁さん。
子供はどちらの姓を名乗るのでしょう。

さらに子連れで再婚、苗字を替えなかったらば?
郵便屋さん、宅配屋さん、学校、役場などなど、お寺でなくても混乱するでしょう。

もし先祖が有名な武将であり、その苗字を受け継いていなければ、まったく信憑性がありません。渡辺家の家紋・渡辺星であるはずが七曜星であったら、藤原家の紋が渡辺星だったら、などなど、あり得ない?家紋を使用するのでしょうか。

廃寺墓地から引き墓・墓じまい

昨年、永代供養塔に納骨された方の元菩提寺が、建物を取り壊して廃寺(はいじ)となっていたそうです。



日帰り出来ないほど遠方の檀家となっていたわけですが、兄弟全てが関東とその近辺に住むようになり、生まれ育った地はお年寄りの家があるだけになりました。

とにかく維持管理も出来ないほど檀家数が減り、本堂の痛みも激しく、取り壊し廃寺とするほかなかったようです。
お墓はあってもお寺が無い状態でしたので、引き墓を決意したのだそうです。

中には廃寺にせず、プレハブを本堂にしたところもあります。
みっともなくても雪の重みにも絶えるプレハブなら、廃寺にしなくとも維持管理できますからね。

私も県内の山中にあるお墓の引き墓を手伝いましたが、その内二ヶ寺がかなり昔に廃寺となり、菩提寺が無い状態でした。



一件は戒名も途中から宗旨違いになっており、葬儀は役場や学校などに勤める僧侶、神職に頼んでいました。
当寺に移すに当たり、無料で戒名を付け直しました。

ここ数十年でお寺が三割とも半分とも言われるほど廃寺になるそうです。
今は良いですが、将来の事を思うと不安になることも多々あります。

振り込み詐欺ではありません

都下の警察署から電話がありました。
檀家さんが墓石代の振り込みに手こずったために、銀行から警察に連絡が行ったようです。

 

 

 

石屋さんが電話中だったために、お寺にかかってきたわけです。慎重を期すために両方にかけたのかもしれません。

墓石代であることは明らかなのですが、やはり念のため石屋さんの携帯番号をお教え致しました。

でも、電話に電話番号が表示されますが、確認しないで番号を教えてしまいました。
末尾が「0110」でしたので、ホッとしました。

警察と言われても、警察署の電話番号を確認して、こちらから電話するようにしないといけませんね。
さらに 末尾 0110 は忘れないようにします。
 
 
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