2018年08月

當麻曼荼羅(観経曼荼羅)

當麻曼荼羅は、奈良県の當麻寺に伝えられた、観無量寿経の世界を描いた刺繍の図です。

中将姫が蓮の糸を染め、作られたと伝えられています。(実際には綿糸のようです)

この曼荼羅図は原本からではなく、當麻寺の中之坊に伝えられた掛け軸の工芸品です。

當麻寺中之坊           當麻曼荼羅Wikipedia

 

 

阿弥陀如来

 

勢至菩薩

観音菩薩

 

 

当寺で迎えた勢至菩薩像は、この図と同じ形でした。そのような縁もあって迎えた掛け軸です。

一周忌法要には勢至菩薩のお話をしますが、當麻曼荼羅の話が中心になっています。

 

當麻寺には行ったことがありませんが、奈良市内に中将姫誕生地と言われる誕生寺前を通ったことがあります。

もう7年も前のことです。

 

朝の8時半頃でしたので、中ではお参りできませんでした。

誕生寺  奈良市三棟町2   地図

大宮神社 小山氏大宮城 栃木市大宮町

下野市に向かう途中、カーナビに大宮神社がありました。
気になるので、お参りをすることに致しました。
 
 
ガソリンスタンドの先を左折すると、鳥居が立っています。
この道が、かつては参道だったのでしょう。
 
 
 
行ってみると、いくらでもありそうな神社でした。
神社の前を右に折れても、かなり先に鳥居があるようです。
 
大宮神社
 
おおみや幼稚園児の元気な歌声が聞こえます。
 
 
 
碑の文字を読んでいくと、神社の南が小山氏の支城だったことが分かります。小山(おやま)氏
 
江戸時代には、大老堀田正俊の三代で、堀田正虎の陸奥福島藩・上野安中藩と共に、下野大宮藩2万石がありました。堀田正虎
その陣屋がこの神社の南東に置かれていたようです。
 
駐車場から、神社に向かう途中にも、土塁や掘と思われる跡が残されており、明らかに境内も含む広範囲が、城跡だったのだと思いました。
大宮藩陣屋跡も城跡と重なる部分があったと思いますが、伝承が取り違えられたのかもしれません。
 
 
 

南側からの参道
 
 
拝殿と本殿
 
お参りの後、神社の周りを散策致しました。
 
神社の四方に、堀と土塁跡と思われる所が、残されていました。
 
 
 
 
西側と南側は川が流れており、平地ながら高低差は、かなりあったと思われます。
 
 
 
神社の裏側の土塁の外側は、埋め戻されているようです。
 
実際には、神社境内を含むもっと広い範囲が、城跡だったのだとのだと思います。
神社の杜があったために、境内部分だけの遺構が残されたのでしょう。
 
 
稲荷神社の彫り物は、見事でした。
 
 
愛宕社
 
 
南からの参道を通ったときは、古墳と思ったのですが、調べてみると大宮藩陣屋の櫓台の跡とする人もいます。
この右手に陣屋が置かれていたようです。
 
大宮神社 栃木県栃木市大宮町1638   地図       
 
 

立山曼荼羅と布橋灌頂会

かなり以前、テレビで布橋灌頂を放映していました。

それまで立山曼荼羅や芦峅寺(あしくらでら)は知りませんでした。芦峅寺Wikipedia

毎日新聞布橋灌頂記事            布橋灌頂会ユーチューブ

 

立山は女人禁制でしたので、極楽往生を願い、女性のための布橋灌頂会(ぬのばしかんじょうえ)が行われたそうです。

廃仏毀釈で神社になったあとも、憲法上の問題もあり、町としてはイベントとして真言宗豊山派・天台宗僧侶が協力して、声明(しょうみょう)の演者として行っているのだそうです。

この曼荼羅は、有名な和宮(静寛院宮)の寄進です。芦峅寺の吉祥坊に伝えられました。

本物はかなり大きな曼荼羅のようです。

 

この面には阿弥陀如来二十五菩薩来迎が描かれています。

 

内容は立山の開山縁起、地獄図、女人往生の布橋灌頂会の様子などが描かれています。

 

 

 

 

布橋灌頂会

立山参詣  布橋灌頂会 奪衣婆

 

元が和宮の寄進だけあって、工芸品の小さな掛け軸でも、素晴らしい作品であることが分かります。

 

 

立山縁起絵巻の漫画は、立山曼荼羅図を理解するのに役立つでしょう

※追記

先日、あるお寺の施餓鬼会で、布橋灌頂会の導師をされた新井弘順師に、お話を伺う機会がありました。

芦峅寺(あしくらでら)が神社にされて、儀式がなくなった後、布橋灌頂会再興に尽力された方です。

 

地元では、宗教でなくイベントとして開催したかったようです。

新井師は地元の意向に沿って、イベントとして行うことに同意したそうです。

 

しかし、やるべきことは真言宗の僧侶として、恥ずかしくないように行っていたそうです。

私も「あれは結縁灌頂(けちえんかんじょう)ですよね」と伺うと、同意されていました。

 

資料館の学芸員は、立山曼荼羅にあるように、あくまでも昔のままで再開したかったようですが、あくまでも、真言宗としてのこだわりを通したそうです。

 

たとえば曼荼羅図の中の布橋灌頂会の場面を見ると、目隠しをしていません。着ている物も普段着に裸足のようです。

ユーチューブを見ていただければ、全女性が目隠しをしています。私もここが大事だと思いました。

目隠しを取り、暗いお堂の扉を開くと、眼前に立山の山並みが見えることは、感動深い経験を生むことになる訳です。結縁灌頂に使用する曼荼羅が、立山の山々なのです。

 

慈母観音の掛け軸 工芸品

工芸品の慈母観音掛け軸です。

実物は、かなり色あせた状態ですので、かなり画像をいじくりました。

 

 

 

 

元々の絵を撮影し、印刷した画像を使用していましたので、かなり眠い絵でした。

狩野芳崖の作品だったと思います。

 

以前、他の慈母観音掛け軸のパンフレットが、送られてきましたが、高価すぎで買えませんでした。

仏具屋さんで見た掛け軸も同じく高価でした。

 

修正した画像をA3で印刷し、額に入れようかと思っています。

 

百日紅

境内の百日紅が、まだまだ元気です。

お盆には、ますます暑さを感じそうです。

中門の前

 

永代供養塔前

 

お墓の紫がかった 花

 

ピンクの花は、そろそろ終わりです。

 

蝉の脱皮 大丈夫かなあ !

夕5時に蝉が脱皮していると教えてらいました。地面から約30センチです。

しかし、普通脱皮は朝の内だったと思います。

 

6時を過ぎました。

ほとんど変わりません。

以前、このまま脱皮できずにいる蝉がいました。

翌日は落ちて、蟻がたかっていました。またそうなるのかもしれません。

 

 

6時半、全く変わりません。

明日には、飛び去っていますように!

 

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