2019年05月31日

畠山氏の勧請した井椋神社 深谷市畠山

天治2(1125)年に畠山重忠の父・重能が畠山庄司となり移り住み、祖父の重綱が秩父郡吉田郷芦田村の椋神社をここに勧請しました。

後に井椋神社に改称しました。

満福寺の東脇が参道になっています。もともとは一体の敷地でした。

 

廃仏毀釈までは、満福寺が別当でした。

 

蚕影神社

 

井椋神社 埼玉県深谷市畠山942 場所

畠山重忠菩提寺 満福寺

畠山重忠菩提寺の満福寺です。

畠山重忠公史跡公園にある重忠公の墓は、江戸時代ここに移され、明治に畠山氏の館跡だった元の場所に戻されました。

 

格式を感じる立派な御本堂です。御本尊はお不動様のようです。

重忠公・実山宗真大居士位牌も祀られています。

 

観音堂と御本堂

 

観音堂には、重忠公の守り本尊・千手観音像が祀られています。

 

観音堂右脇には重忠廟がありました。かなり以前お参りに来たときは、外柵がなかったように思います。横並びでした。

重忠廟石塔

梵字キリーク(阿弥陀如来)の板碑

立派な宝鏡院塔の後ろに重忠廟の石塔があります。

 

 

 

馬頭尊、金比羅大権現、畜霊之碑などが並びます。

 

馬頭尊の後ろには、荒神様、如意輪観音様の石仏がありました。

 

 

畠山重忠墓 埼玉県深谷市

かなり以前にここに来ました。また今から8年ほど前にも訪れています。

三度目の参拝になると思います。

 

一ノ谷の戦いでの「鵯越の逆落とし」で、よく知られる愛馬三日月を背負って降りる像です。

 

駐車場から少し歩くと五輪塔が六基あります。

初めて行ったときは、小屋がなかったと思います。記憶定かではありませんが。

 

この地に館があり、北条氏に卑怯な手で討たれた後に、五輪塔が建てられたことが書かれています。

中央が重忠の五輪塔のようです。

一時、近くの畠山氏の菩提寺・満福時に移されたこともあるそうですが、再びここに祀られました。

 

重忠の百年忌に建立された板碑だそうです。キリーク(阿弥陀如来)の梵字が彫られています。

 

重忠産湯の井戸だそうです

この後、畠山氏菩提寺・万福寺に向かいました。

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