2020年09月

ホオズキのスケルトン

境内阿弥陀堂にいる石屋さんが、お盆に使用されたホオズキをスケルトンにしました。

ただ水につけておくと表面が柔らかくなり、皮が溶けてきました。

ブラシで皮を取り、漂白剤を入れるだけで完成です。

 

 

白とオレンジが見事に調和しています。

 

 

 遠頼の画像                福禄寿画 作者不明と藤原伊剰作の掛軸→

 

遠頼の画像

遠頼(よりとお)は、歴史上知られた人が何人もいます。

右脇にマスクがありますので、写経が終わりったところのようです。

 

 

にこやかなお顔をしていますので、満足する写経が書けたのでしょう。

 

 

藤原信實の絵を元に描かれた写しのようです。 藤原信實 wikipediaリンク

これを写した画家も、優れた力量の方だったと思います。

 

←聖観音と空也上人の掛軸          ホオズキのスケルトン→

 

聖観音と空也上人の掛軸

二十代のころ、二度ばかり京都の六波羅蜜寺をお参りしました。六波羅蜜寺は当寺と同じ真言宗智山派に属しています。

その時の目的は空也上人立像と平清盛坐像です。教科書にも掲載されていましたので、ご存じの方も多いと思います。

 

聖観音菩薩と空也上人が描かれた小さな掛軸です。小さな画像ですが丁寧に描かれており、力のある画家が描いたことが分かります。時代、作者名共に不明です。空也上人 wikipediaリンク

寺院ではなく、一般の信者さんが持っていたのかも知れません。

 

 

文字が崩してありますので、大体の意味しか理解できません。観音様と空也上人像を写し、由来を述べた作品です。

共に二尺の大きさの像と書かれています。

「朱雀天皇(923~952)の后宮が天慶元年(938)に作らせた観音像に、子内親王が出産のおり、空也上人に安産祈願をしていただいた。空也像は安和年中(968~970)、??寺の成清が刻んだ像である。」と書かれているのかも知れません。

いかに勉強していなかったか分かってしまう内容で、大変申し訳ありません。まったく違っている可能性もあります。

 

 

空也上人

聖観音

 

六波羅蜜寺などの南無阿弥陀仏と唱えている空也上人像は、鎌倉時代と言われていますので、このような伝承があった寺院で作られた掛軸と思います。

 

二体の仏像が、どこで祀られていたのかは書かれていません。

六波羅蜜寺の空也上人像は、1メートル以上ですから小ぶりの像です。六波羅蜜寺wikipediaリンク

口から出て来る阿弥陀如来は三体だけです。南無阿弥陀仏まで唱えない内の南無阿ですが、略されているのでしょう。

 

空也上人は一宗旨にこだわらなかったそうです。念仏聖の先駆けとなり、一遍上人に大きな影響を与えました。

お墓は六波羅蜜寺近くの西光寺にあります。

 

追記

「空也」で検索すると和菓子店が出てきました。他にも有名な僧侶名や歴史上著名な人の名を利用した所もありました。

私には感心できません。

 

 

←アジサイの狂い咲き               遠頼の画像→

 

アジサイの狂い咲き

永代供養塔脇に阿弥陀さまの石仏があります。

後ろに昨年植えた紫陽花が、狂い咲きしていました。

 

 

他の花は終わりなのが分かると思います。昨年も狂い咲きしていました。

もう9月ですから、すでに猛暑の時から咲いています。

 

 

来年は、もっと咲くでしょうが、狂い咲きすることはないと思います。

 

←小さな薄緑の花               聖観音と空也上人の掛軸→

 

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