2022年02月04日

三嶋神社と珍しい地蔵菩薩?石仏 埼玉県鳩山町 三島神社

真光寺から車で、すぐ北側にある三嶋神社に向かいました。

今は公道になっているのでしょう。長い参道には桜が植えられています。

 

 

鳥居の脇には馬頭観音石碑がありました。

 

 

 

三嶋神社は新編武蔵野風土記に「‥‥応永24年(1417)10月24日足利持氏より、豆州三嶋社へ寄進し文書に、武蔵野国比企郡大豆戸郷明石左近将監跡とあり、‥‥」とあります。

伊豆の三嶋神社を勧請した神社で、さらに古い歴史があるようです。

 

 

 

本殿の裏にも小さな社が祀られているようです。

 

 

境内入り口には、珍しい石仏が祀られていました。

たぶん地蔵菩薩と思うのですが、錫杖ではなく唐団扇を右手に持っています。

 

 

 

東京都青梅市今井の時宗・正福寺に祀られている、天女形摩利支天も唐団扇を持っています。正福寺ホームページlink

 

境内には大豆戸公会堂がありました。

社務所も兼ねているのかも知れません。

 

 

 

境内は公園となっています。

 

三嶋神社  埼玉県比企郡鳩山町大豆戸788 地図リンク

 

 

他の場所ですが、近くには仁王の石仏がありました。

 

 

左の石仏の胸には、梵字の阿が彫られています。阿吽像と思います。

 

 

真言宗智山派 真光寺 埼玉県鳩山町

境内南側の駐車場に駐めさせていただき、六地蔵様に手を合わせて御本堂に向かいました。

ずっと以前に御住職に会ったはずです。

もう代替わりをしているでしょう。

 

 

 

御本堂が開けてありましたので入らせていただき、小声で般若心経をあげさせていただきました。

御本尊は大日如来様でした。

 

水天画像が鳩山町の有形文化財となっています。

雨乞いに使用されていました。

 

 

各地でため池や用水を整備してしています。昔も今も干ばつは恐ろしい災害です。Googleマップを見ると、近くにため池があるようです。

今は温暖化の時代です。海外では酷い干ばつで苦しんでいる人々がいます。

 

 

御本堂には車椅子で上がれるようになっていました。

これからの時代は、このような通路が必要です。

 

 

 

墓地には3体の地蔵菩薩が、並べて祀られていました。

 

 

 

真光寺から北側の三嶋神社に向かうと、裏にも駐車場がありました。

かつて真光寺は三嶋神社の別当でした。

 

入口の看板には大きく書道教室と書かれています。

 

 

墓地や永代供養の案内が掲示板に貼られています。

特に永代供養施設は必要な時代になっています。

 

真光寺 埼玉県比企郡鳩山町大豆戸340  地図link

 

おしゃもじ山公園 埼玉県鳩山町

鳩山町の「おしゃもじ山公園」です。

近くを通っても寄ることはありませんでした。

山道の途中に「杓子母神(おしゃもじ様)」の祠が祀られています。

 

よく調べずに行ってしまい、おしゃもじ様が祀られている事を知らずに通り過ぎてしまいました。

 

 

車で近くまで上ることが出来ますが、駐車場があるわけではありません。

春の桜やツツジのころは賑わいますので、車で来るのは無理のようです。

 

 

展望台に登って南側を眺めていると、今宿交差点に消防車がサイレンを鳴らしてやってきました。

しかし、4台の車が通過していました。あれあれ !

左側にはサイレンを鳴らしている消防車が見えているはずです。

 

 

広場には四阿や公衆トイレも完備してありました。

 

 

麓の今宿コミュニケーションセンターから見た「おしゃもじ山公園」です。

 

 

それほど高い山ではありませんが、坂戸市や毛呂山町などが遠望できます。

 

おしゃもじ山公園  埼玉県比企郡鳩山町赤沼2430 地図link

 

 

浅間神社 埼玉県坂戸市北浅羽

万福寺から約200メートル東の浅間神社に向かいました。

廃仏毀釈以前は万福寺が別当でした。

 

先ほど参拝した万福寺とおなじく、児玉党浅羽氏関連の神社です。

鎌倉初期に鶴岡八幡宮を勧請しました。

 

 

中には車では入れませんので、道路の端に駐めさせていただきました。

 

 

参道をまっすぐ進み、二礼二拍手一礼。

この二礼二拍手一礼は戦後広がったそうです。

多くの神社には本殿に参拝の仕方が表示してありますが、かつてはなかったように思います。

 

このあと末社を詣でます。

 

 

 

毎年秋には獅子舞が行われているようです。

 

神楽殿

 

 

境内には高良神社、三峯神社、若宮八幡宮の祠が祀られています。

 

 

廻りは田んぼや畑が広がります。

北側100メートルには越辺川の土手があり、桜並木になっています。

約200メートル南側には「にっさい花みず木団地」がありますが、私の高校時代のイメージと異なり、かつて団地は一面の田畑や林でした。

 

万福寺ブログlink

 

浅間神社  埼玉県坂戸市北浅羽262 地図link

 

万福寺の大型板石塔婆 板碑 埼玉県坂戸市

坂戸市北浅羽の真言宗智山派万福寺に板石塔婆(板碑)があります。

坂戸市浅羽は知っていましたが、北浅羽は知りませんでした。浅羽は高麗川の南側、北浅羽は越辺川の南側てで入西地区になります。

 

 

本堂前の建物に板碑が祀られていました。

 

 

高さが2.2メートルあり、大きく胎蔵界大日如来の梵字が彫られています。埼玉県の史跡に指定されています。

 

 

 

 

 

鎌倉時代の徳治2年(1307)に北浅羽中心に勢力を持った武蔵七党の内・児玉党浅羽氏が、先祖の小太夫行成の菩提を弔うために建立しました。

小太夫行成から浅羽氏を名乗りました。

 

このあたりに浅羽氏の館があったようです。

 

 

小屋の脇にも板碑が重ねてありました。おそらく、かなり劣化しているのだと思います。

文字が読めたならば、これらも貴重な資料となっていたでしょう

 

板碑と宝篋印塔の脇には、地蔵菩薩とおそらくお釈迦さま石仏が祀られています。

 

 

坂戸市役所1階ホールで、「万福寺の板石塔婆」などの資料が展示されています。令和4年8月までの予定。リンク

坂戸市立歴史民俗資料館にも貴重な板碑が展示されていますが、コロナのために休館中です。

 

次に浅間神社に向かいました。 浅間神社ブログlink

 

万福寺 埼玉県坂戸市北浅羽193  地図link

 

坂戸市小坂 平山氏陣屋跡の板碑群

近くの龍光寺と入西神社に向かいましたが、あいにくの工事中で通行止めでした。龍光寺 地図link

仕方がなく抜け道で広い道に向かいましたが、十八基の板碑が並んでいました。

 

 

なにも説明がありません。

 

隣には古びた長屋門がありました。

戦国時代の平山氏陣屋跡だそうです。左馬助 さんのブログlink

 

板碑は貞和2年から康正2年の期間だそうです。

比較的小型のばかりです。

特に梵字の阿弥陀三尊が多く祀られています。

 

 

 

板碑群  埼玉建坂戸市小坂54

 

 

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