某新聞社の社員が、父の戒名を院号居士にして下さい !

日頃私も読んでいる某新聞社の社員さんに
「父親の葬儀で信士ではみっともない、院号居士にして欲しい」
と依頼されたが断ったと、ある寺の住職が話していました。
 
その新聞には、お葬式やお墓に関して、きれい事が書いてあるのを何度も読んでいます。
 
部下があれだけのことを書いているのに、上司たる者が親の戒名に「院号居士」とは!。
 
当寺でも檀家さんから院号居士にして欲しいと言われ、二度断ったことがあります。
 
二件とも他の寺に移り、後で数百万円の御寄付を依頼され、大変なことになったようです。
 
注 : 山梨県・長野県・新潟県では、院号居士がほとんどという地域もあります。3万円で全ての宗旨に院号を授ける寺もありますが、儀式を伴わないただの授与証が送られてくるだけです。
 
きれい事を後押しするNPO団体の紹介記事もなにかで読みました。
 
そのNPO団体の言葉 「お墓」 「寺」 「葬式」 などを「国家」 「権力」に置き換えると、まるでかつての「新左翼」の発言に聞こえます。
「全て自分たちが正しい」
 
全ての古いしきたりは、悪だと言っているように思いました。
しかし、お金のかけ過ぎは、良くないとは思います。
 
更に深読みすると、その団体のバックは「葬儀社」かもしれません。
自分の関連の葬儀社に仕事を依頼する。
考えすぎでしょうか。
 
「お葬式はしなくて良い」 「散骨・樹木葬」 「直葬(火葬のみ)」「0葬」
その他いろいろ。時代は変わりました。
 
話は変わりますが、今お寺は存亡の危機に立っています。
 
人口の減少した地域では、廃寺が増えています。
本堂を取り壊す経費もなく、朽ち果てるままになっている寺も何ヶ寺か見たことがあります。
 
お寺が朽ち果てることは、その地が朽ち果てていくことに繋がっています。
 
ヤフーオークションを見れば、廃寺から出た仏像・仏具がたくさん出ています。
これほどとは思いませんでした。
 
ある親しい骨董屋さんが、
「仏像・仏具はお寺から出てるんですよ」
と言っていました。
その仏像仏具が何点かがお寺に来ています。
 
 
当寺も100年後残っているでしょうか。
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