他の寺社

鎧神社 新宿区北新宿

円照寺の後に鎧(よろい)神社に向かいました。

日本武尊が甲冑などを埋めた。あるいは平将門公が鎧を埋めたなどの伝承があります。

ここでは将門公は大事に祀られています。

近々祭礼があるようです。道路から神社に至る町内の通りに提灯が掛けてありました。

参道脇の天神社

 

稲荷神社

 

鎧神社  東京都新宿区北新宿3丁目16−18 鎧神社リンク       Wikipedia

妙見菩薩 平将門 資料集 リンク

 

←真言宗豊山派円照寺 新宿区北新宿         稲荷鬼王神社 新宿区歌舞伎町→

真言宗豊山派 円照寺 新宿区北新宿

円照寺は真言宗豊山派の寺です。写真家篠山紀信さんのご実家です。

大学のクラブの後輩に住職の娘さんがいました。

我々男子学生の中には「モデルになった?」と聞く人物もいました。期待しても子供の時に普通の格好で撮られただけと言っていました。

学生時代に伺ったことがありますが、すっかり様相が変わっています。

 

JR大久保駅の近くですが、新大久保だけでなく韓国の人が住み着いているようです。前方から来る母子が、母親は韓国語、子供は日本語で話をしていました。十分意思の疎通ができているようです。母親として母国語を忘れないようにしているのでしょう。

円照寺は豊山派の寺院ですから本山の牡丹に因み、たくさん植えられていました。

 

枝タレ桜と牡丹の頃が、一番の見頃なのでしょう。

 

閻魔堂です。

 

閻魔様、奪衣婆が祀ってありました。

 

次に行く鎧神社は、円照寺の境内だったこともあるようです。かつてはかなり広かったのでしょう。

円照寺 東京都新宿区北新宿3丁目23−2  地図      Wikipedia

 

 ←泉岳寺 東京都高輪           鎧神社 新宿区北新宿→

泉岳寺 港区高輪

泉岳寺と言えば赤穂浪士を思い浮かべますが、今日は摩利支天を祀る寺としてお参り致しました。

春のご開帳に合わせて行く予定でしたが、あいにく用ができてしまい、お参り出来ませんでした。来年のご開帳にはお参りしたいと思っています。

 

高輪中学、高校の南門は、寺の境内から入るようになっていました。

 

境内図

 

縁起

 

四十七士のことは事実と異なることがあまりにも多く、演劇などで知られることとは、事実だけとは言えないようです。

浅野内匠頭長矩が吉良上野介義央に対して刃傷におよんだことは事実ですが、殿中で刀を抜いただけでも切腹間違いなし、お家断絶の時代でした。

饗応役として経費をケチったことは事実のようです。また取り調べの様子と言動が記録に残っているようですが、内匠頭の言動は意味不明すぎます。江戸の家臣達は内匠頭の変調を外にもれないよう、国元にも知られないよう苦労したのでしょう。かつてこの言葉を精神科医として判断した文章が「歴史読本」に記載してありました。

また、「戦国武将を診る」早川智著があるようです。リンク

吉良上野介を一方的に悪く言っていますが、地元では名君として知られていたようです。賄賂が少なかったと言いますが指導料です。

浪士の墓入口

水琴窟

 

浪士の墓には多くの方が来られ、お線香を手向けています。欧米系の方も手向けていました。

 

大石内蔵助の墓

 

大石主税の墓

 

曹洞宗 泉岳寺  東京都港区高輪2丁目11−1 ホームページlink

東京都埼玉県の摩利支天 リンク

 

  森美術館塩田千春展                   真言宗豊山派円照寺 新宿区北新宿→                       

妙善寺 摩利支天 東京都港区

日蓮宗妙善寺は江戸時代には、摩利支天をお祀りする寺として広く知られており、祭礼には多くの参列者で賑わいました。

現在も御祈願を受け付けているようです。

道を挟んで反対側には、六本木ヒルズ森タワーがあります。

妙善寺は寺の入口がビルとなっていました。このビルも妙善寺の建物なのでしょう。

 

御本堂の下は池になっており、滝からは大量の水が流れ落ちています。

 

池には多くの錦鯉が泳いでいました。

 

参拝が終わり、六本木ヒルズ森タワーの展望台と森美術館に向かいました。

 

日蓮宗 妙善寺  東京都港区西麻布3-2-13  地図     ホームページlink

 

←出雲大社東京別院              六本木ヒルズ森タワーの展望台→

出雲大社東京別院参拝

地下鉄六本木駅からすぐの住宅街にあります。

ホームページを見ると、出雲大社東京分祠とありますが、看板には東京別院となっていました。

 

建物の三階が、お社になっています。

受付には二人の巫女さんがいました。

 

先ずは参拝ですが、出雲大社は他の神社とは異なり、二礼四拍手一礼です。

目立たない場所なので、知られた神社の分院としては参拝者が少ないようです。

私の前に若い女性がお参りしていましたが、やはり縁結びなのでしょう。

 

ここは三階ですが、神社庁所属でなく、神道大社教に属していますので、可能だったのでしょう。

 

以前神社庁所属の都内神社がビルに建て替え、最上階を社殿としたことがありました。

神社庁よりきつい咎めがあり、許可されないだけでなく、かなりの圧力がかかったようです。仕方なく単立神社にしたと、何かに書かれていたことを思い出します。

全国に経営が苦しい神社はたくさんあり、東京でも数多くあります。経営の多角化は必然になっているのです。

まったく異なる話しですが、ある女性神職が、地方の神社の宮司になって欲しいと依頼されましたが、神社庁はまったく異なる場所から、男性神職を宮司にしたことがあります。神社の乗っ取りですよね。

秩父市には女性宮司もいました。他にまだいると思います。

最近でも、千年以上の歴史ある九州の神社に女性神職をと望んでも、不許可にして神社庁から男性神職を派遣したことがあります。少子化と男女平等の時代を考えるべき宗教者が、乗っ取りとしか思われないことをするべきでは無いと思います。

そのようなな事情で単立になった神社はまだあります。

 

出雲大社東京分祠  東京都港区六本木7丁目18−5   地図    ホームページ    

 

妙善寺 摩利支天 東京都港区

雑司が谷鬼子母神堂 日蓮宗法明寺

雑司が谷鬼子母神堂は、法明寺の境外仏堂です。

御本尊の鬼子母神像は、菩薩形で子供を抱いた穏やかな御尊像です。祀られた時期を考えれば、菩薩形であることは想像できました。

もし、同じ時代に祀られながら鬼形であるとすれば、後世の縁起書き換えであることが分かります。

 

参道の入口では、阿吽石像が迎えてくれます。

 

かなりの数の方がお参りに来られていました。

しかし、前から来られる方々の会話を聞くと、中国語でした。山手線でも中国語が数多く交わされていました。

 

鬼形の鬼子母神石像が脇に祀られています。

 

本日の私の目当ては妙見菩薩です。御堂の裏手になります。

鬼子母神 -2 地図

 

日蓮宗法明寺

鬼子母神堂を管理しているのが法明寺です。

この寺の前には、多くの塔頭がありました。広い寺域と墓域が格式の高さを物語ります。

 

 

門を入ると、お皿がいくつも置いてありました。猫のエサのようです。

ポケモンお断りの看板はありましたが、猫のエサ禁止の表示はありません。

ここで法明寺をスマホで調べると「法明寺 猫」とありました。

 

猫がいたので撮ろうと思いましたが、先客の伯父さんがスマホを持って近づいため、逃げてしまいました。

柵の前に猫が小さく写っています。

 

威光法明寺

  東京都豊島区南池袋3丁目18−18  地図

真言宗智山派 龍泉院 東京都新宿区西早稲田

穴八幡宮の道を隔てた所にあるのが龍泉院です。

当寺と同じ真言宗智山派に属しています。

 

円泉寺にも同じポスターが、御本堂に貼ってあります。

 

お地蔵様

 

庚申様

 

御本尊様は聖観音様です。

以前お参りしたときは、ガラス戸が開いていたように思います。物騒ですから仕方ありません。

虫封じ祈願で知られていたようです。

境内はきれいに手入れされていました。

龍泉院  東京都新宿区西早稲田1丁目1−12 地図

穴八幡宮参拝

十数年前にお参りし、二度目となります。

格式ある神門に向かいます。

全ての建物が新しく感じます。

 

門の入口側には神像が、内側には神馬が二体ずつ祀られています。

 

 

 

手水舎は水鉢に布袋様石像が祀られていました。竜神の所が多いのですが、他にも仏様などの所があるのでしょうか。

古い布袋様像を模刻して、新たに祀ったそうです。

 

思ったほど参拝者は多くありません。

 

太鼓楼の脇では盆踊りの櫓がありました。

以前来たときは太鼓楼は、ありませんでした。

 

クロガネモチでしょうか。赤し実が門の側でたわわに実っています。

 

昔の景観を取り戻すため、積極的に境内整備をしているそうです。

ここは社務所なのだそうです。

穴八幡宮  東京都新宿区西早稲田2丁目1−11  地図

 

境内を南に抜けると高野山真言宗の放生寺に出ます。

高田八幡(穴八幡)の別当寺でした。

 

深大寺参拝 東京都調布市

深大寺は、天平五年(733)の開創と伝えられています。

ズッと以前に深大寺に行った頃は、茶店もそば屋もズッと少なく、参拝者も少なかったと思います。

東京都は思えないほどの緑に囲まれています。

八王子の高尾山も緑が多いのですが、里と山の違いがあるとしても、趣がかなり異なります。

 

まず御本堂に参拝です。

 

元三大師堂では、御祈願中でした。

御朱印の方も次々に訪れています。

 

私の今日の目的は、お釈迦様です。

釈迦堂では、国宝の白鳳仏・釈迦如来像が拝めます。リンク

 
同じ時期に作られた、法隆寺夢違観音像と新薬師寺香薬師像の模造が祀られていました。
明らかに同じ工房で作られたと思われる同時代の仏像で、お顔も似ていますが、使用される金銅の成分も、驚くほど似通っているようです。
 
延命観音は昭和41年、秋田県の象潟海中から引き上げられた石に彫られています。

スポットライトに浮かぶ観音様は、穏やかなお顔をしています。

 
深沙堂の御本尊は秘仏です。
この地には豊かな池が多くあったようです。そこに水神である王(じんじゃだいおう)を祀ったのが寺名の起こりです。
深沙大王とは西遊記で知られる沙悟浄です。
 

門前街には鬼太郎茶屋がありました。

懐かしいお化けのキャラ製品が、たくさん売っていました。

私は見るだけです。友人達はなにか物色していました。

大國霊神社参拝

12日参拝

仲間は半袖、私は重武装での参拝でした。前日身体を冷やし、風邪一歩手前でした。

 

女性が池に人形を流していました。

 

仲間も一人流しています。珍しいこともあるモノです。

 

 

ページ上部へ