円泉寺便り

於菊稲荷神社 群馬県新町

先ほど行った森町の妙見寺の隣に、於菊稲荷神社がありました。

普通は於菊稲荷神社に参拝して、妙見寺に気がつく人もいるのでしょう。

 

 

江戸時代に「お菊」ということきれいな娘さんがおり、ここで近所の子供達の面倒を見ていました。

お菊が病気になると夢枕にお稲荷様が現れ、人々のためにつくせと言われ、ここの巫女となり、つくしていると、神秘的な力を持つようになりました。

参拝者が多くなり、於菊稲荷神社と言われるようになったのだそうです。

 

追記 2020/07/19 

新町は高崎市に編入しています。

於菊稲荷神社  群馬県高崎市新町247

 

日蓮宗 妙見寺 群馬県新町

於菊稲荷神社とは道を挟んで向かい側にあるお寺です。

 

日蓮宗祈祷相談所、九識霊断法相談所と掲示されていました。

毎月2日に倶生神(ぐしょうじん)の御祈願があるようです。おそらく九識霊断法で日蓮宗独特のご祈祷のようです。

 

追記 2020/07/19

新町は高崎市に編入しています。

妙見寺 群馬県高崎市新町128−1

天台宗 妙見寺 群馬県群馬町

妙見菩薩を調べ始めました。

関東における妙見信仰の大元をまずお参りしました。

関東における桓武平家末裔の多くが、妙見菩薩を信仰するに至ったのは、平将門公、平良文のいわれからです。

 

 

先ずは御本堂です。

 

 

妙見寺は神亀6年(729)に天白山妙見寺(大阪府南河内郡太子町春日)より勧請されたという説。
続日本紀:「宝亀2年 (771)上野国、美作国・・各々50烟を給す妙見寺(天白山)」(天白山は、もと東方の信夫山にあった。)
あるいは、714 年(和銅7 年)またはその翌年の715 年(霊亀元年)上野国大掾藤原忠明の開基により創建されたと伝えられる。

妙見堂は御本堂西側になります。

平良文や一族により、秩父、鎌倉、千葉へと伝えられ、妙見信仰が関東各地に広がりました。

 

妙見堂拝殿

妙見堂本殿

 

妙見寺 妙見菩薩お姿

 

 

近くの妙見茶屋に寄り、有名な酒まんじゅうを買いました。

この店の女将さんによると、以前は妙見寺には住職が住んでいませんでした。現在の御住職が来られてより、良くなったと話していました。

 

妙見寺 群馬県群馬町引間213 (現在は高崎市引間町)

 

日蓮宗 星光山蓮華寺 東京都中野区江古田

私が調べている妙見菩薩を祀る寺としての参拝です。千葉県、東京都の寺院は妙見菩薩を祀る寺が多くあります。

豊山派ですが先輩が住職をする寺から1㎞強なのですが、同じ江古田と思えないほど高低差がありました。

 

 

思っていたよりも境内が広く、桜や新緑の頃が楽しめそうでした。

東洋大学を開校した大学者・井上円了の墓があるそうです。哲学堂は井上円了が造りました。

 

 

御本堂の向かって左は、懺悔堂です。

 

帰りは哲学堂公園が近いので、寄っていこうと思いましたが、かなり歩きましたので足が棒状態でした。

情けないのですが、西武池袋線「東長崎駅」まで、タクシーに乗りました。

 

蓮華寺 東京都中野区江古田1丁目6−4

 

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