円泉寺便り

神明社 摩利支天などの石仏 長野県岡谷市

観音院に向かう途中、神明社の案内板がありました。

かつては観音院の鎮守であったと書かれています。

 

色々な石仏が祀られていました。

不動明王と刀利天狗とありました。刀利天狗とは駒ヶ岳の神様のようです。初めて聞きます。

 

階段を登り、お社に詣でます。

 

すると私が調べている妙見菩薩の文字が見えました。妙見菩薩資料集リンク

妙見菩薩・馬頭観世音・如意輪観音

 

摩利支天

 

追記 2019/03/30 これらの石仏の中に、私が後に調べ始めた摩利支天が祀られていました。

小坂神明社 長野県岡谷市湊4-15-29 地図link

 

              埼玉・東京の摩利支天ブログ リンク

 

 

曹洞宗 頼岳寺と高島藩主諏訪氏墓 長野県茅野市

諏訪地方の名刹・頼岳寺と諏訪頼水、頼忠夫妻の墓をお参りしました。

高島藩主初代藩主 諏訪頼水の開基です。諏訪氏は諏訪大社の大祝、諏訪の領主でした。

整備された豊かな緑の参道が続きます。

 

名刹にふさわしい御本堂でした。御参拝してから廟所に向かいます。

頼岳寺    ホームページlink      地図

 

廟に向かう途中に岩屋がありましたが、いわれを忘れてしましました。

 

諏訪頼水、頼忠夫妻の廟所です。

高島藩主諏訪家墓所賴岳寺 頼水・頼忠御廟所

 

左側に祀られているのは頼水のお墓です。このような墓は今まで見たことがありません。諏訪信仰と関連があるのでしょうか。

 

二代目・忠恒は諏訪の臨済宗・温泉寺を菩提寺としました。

この後、武田神社に向かいました。

 

天台宗徳蔵寺の石仏群 群馬県前橋市

隣の総社神社は国府跡で、総社長尾氏の居城・蒼海(おうみ)城として使用されました。長尾景虎(上杉謙信)とは同族です。

総社神社は平安末期の創建です。

徳蔵寺の由来を知る前、多くの天台宗寺院は千年以上の歴史がありますので、同じような由緒ある寺院と思っていました。

実際に室町時代から有力寺院であった時代がありましたが、紆余曲折があり明治六年に再建されたようです。

 

 

総社神社の絵地図案内板

 

 

境内に入ると、真っ先に目に入るのは淡島様でした。婦人の信仰があり、明治4年に建立されています。

 

 

 

まずは阿弥陀如来、聖徳太子、青面金剛などの石仏。

 

 

 

不動明王、十王の石仏。

 

 

 

徳蔵寺の御本尊が阿弥陀如来ですので、阿弥陀さま石仏が多いのかも知れません。

 

 

 

 

懸仏が市指定重要文化財となっています。廃仏毀釈前に総社神社で祀られていたのでしょうか。

 

 

徳蔵寺 群馬県前橋市元総社町1丁目31−38

 

上野国分寺(後継寺院) 元群馬町

上野国分寺跡は発掘され、整備されていました。

後継の国分寺は、無住の小さな寺になっています。国分寺跡の約600メートルほど真北側になります。

 

 

歴代住職の立派な石塔が並べてありました。

 

何の石仏か分かりません。かなり大きいです。

 

住職方の墓地を見れば、江戸時代までは裕福な寺院だったと思います。

 

上野国分寺(後継寺院)  高崎市東国分町318  地図

 

追記 次に行った時のブログです。リンク

穴薬師古墳 群馬県榛東村

地図を頼りに行きましたが、意外や簡単に見つかりました。

中にはたくさんの石仏が祀られており、ほとんどが薬師如来さまだと思います。

 

 

 

南方に柳沢寺が望めます。

 

榛東村役場の北西800mほどのところです。

穴薬師古墳 北群馬郡榛東村大字山子田字関谷塚1668  地図

 

 

第一回 永代供養合同法要

永代供養塔に祀られている方々の第一回目の合同法要です。

納骨堂が完成し、二年目の取り組みです。取りあえず行ってみた法要でした。

椅子だけあれば十分かと思ったのですが、座布団も出してきました。

60名ほどいたようです。

 

ご挨拶の後、読経と共にお焼香をしていただきます。

来年は香炉の数を増やす必要があります。一人一人でしたので、結構長くお経を読みました。

読経の後、全員で般若心経をお唱えします。

 

今度は永代供養塔の前で、全員にお線香を手向けていただきます。

 

 

供養塔だけでなく、参道の仏様にも手向けていただきました。

 

思った以上に多くの方が来ていただき、ホッと致しました。

来年はモット増えるかも知れません。今から対策をする必要があるようです。

 

円泉寺永代供養塔リンク         

 

 

 

 

御嶽神社御嶽三神の石像と石仏 東京都練馬区

下石神井の御嶽神社には、優れた御嶽三神の石像がありますので、お参りに行きました。

西武新宿線の下井草からすぐですが、家からは池袋線沿線ですので、石神井公園から歩きました。

かなり近いですね。

先ずは御嶽神社をお参りです。

 

御嶽神社の次に境内社の一山神社に向かいます。

国之常立神、大己貴神、少彦名の三神が一山神社の後ろに立てられています。

 

小山は木曽御嶽山を模した岩山でしょう。

国常立命      少彦名命

 

大巳貴命と思います。

 

祈念碑などがありました。

 

お社と思いましたが、不動明王が祀られていました。

 

境内の石造物は、優れた彫刻の神仏でした。

 

御嶽神社  地図

 

千勝神社 妙見宮石祠 埼玉県久喜市

妙見祠が久喜市の千勝(ちかつ)神社境内にあると書かれていたのですが、数社同名の神社があります。吉羽であることが分かり、お参りに行きました。

 

立派な狛犬です。文政12年(1829)の奉納です。

 

妙見さまの祠は、撮り方が悪く曲がっていました。

1847年建立です。

 

千勝神社 埼玉県久喜市吉羽1丁目31 地図

鎧宮八幡神社境内社妙見社北辰社 さいたま市岩槻区

ここは元荒川のすぐ南側に位置しています。

岩槻城に立て籠もる北条方に対し、秀吉方はここで鎧兜を整えてから出陣と伝えられていることから鎧宮八幡神社となったそうです。

 

向かって右が、北辰社。左が、妙見社。

 

妙見社

北辰社

 

妙見社も北辰社も同じなのですが、どこからか移されて来たのでしょうか。

元荒川の位置から見ると水神様として祀られていたのかも知れません。

 

鎧宮八幡神社  埼玉県さいたま市岩槻区大字南辻字鎧宮68 地図

 

 

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