円泉寺便り

阿伎留神社 あきる野市五日市

平将門公関連の寺の住職としては、藤原秀郷が将門公討伐の戦勝祈願をした神社では、行くべきで無いと言われるのでしょうが、あまり堅いこと抜きでお願いします。
 
 
 
ここでも雪がちらついていて、寒いのなんのって、以前お参りに行ったときは、人が居ましたが、今日は我々以外に誰も居ませんでした。
 
ここの宮司は、武蔵国造家につながるそうですから、とてつもなく古い家柄ですね。
息子の大学の同級生に出雲系神社の社家の末裔がいましたが、なんと出雲風土記に先祖の名があるそうです。
神社の宮司には、とんでもない長い歴史を誇る家系が各地にありますね。
そのなかには、古事記、日本書紀にない歴史が伝えられているところもあります。
 
歴史ある神社ですが、道も狭くお参りするのには分かりづらい場所にあります。
しかし、多くの樹木に囲まれ、とても気持ちの良い神社でした。
 
 
 
拝殿
 
本殿
 
占方神社は際神が、櫛真智神とありました。全く知らない神様です。
占いの神様なのでしょう。
 
 
 
 
天満宮です。以前は旗など無かったように思います。受験前にお参りが多いのでしょう。
 
 
 
それ以外に多くの小さなお社がありました。まいまい井戸もあるようです。
 

平将門の浮世絵

最近手に入れた浮世絵です。本物か、後世の復刻版かは不明です。

円泉寺の妙見堂に祀られていた妙見菩薩は、平将門公の念持仏と伝えられています。

残念ながら、現在の妙見様は、近年祀られた御尊像です。

妙見菩薩・平将門資料集 リンク

将門公にちなみ、購入した作品です。

 

歌川豊国の役者絵 「平親王 将門」(平将門)
豊国には、他にも同じ様な構図の浮世絵があります。
文久二年(1862)、中村芝翫(しかん)演ずる歌舞伎の浮世絵で「御好見立三福対」の一枚です。
 
下の図の役者も中村芝翫かもしれません。多分四代目と思います。
 

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「江戸の花 名勝会八番組  神田」

「江戸の花 名勝会」は東都の名所八カ所を選んで八枚一組とした作品群です。沢山の作者による江戸を紹介する錦絵のようです。

この一枚は、三代歌川豊国・歌川貞秀・歌川芳虎による一枚です。

 

豊国が尾上菊五郎の滝夜叉姫。

芳虎が戯画で将門公の首が飛んで、岩を噛んだ所が神田。

貞秀が神田明神の風景を描いています。

 

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月岡芳年の浮世絵 「武者無類 相模次郎将門」

相模次郎将門とありますが、本来は相馬小次郎平将門です。

武者無類は武者震いから来ています。
 
大変迫力と見事な構図の浮世絵ですが、将門公はこの後に死を迎えることになります。
右上に鏑矢が描かれています。
この矢に驚いた愛馬が立ちすくみ、流れ矢に当たり討ち取られました。
 
いたみがありますが、四点の中で私が一番気に入っている作品です。
 

 

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月岡芳年の浮世絵 「大日本名将鏡 平将門」
手前が平貞盛、奥があと少しで最期となる平将門公です。

 

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芳年は幕末から明治に掛けての代表的な浮世絵師でした。「最後の浮世絵師」と言われています。

 

3代目歌川国貞(香朝楼)の浮世絵「前太平記擬ノ玉殿」

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「前太平記擬ノ玉殿(ぜんたいへいきまがいのぎょくでん )」明治234月市村座にて初演 
平親王将門(市川左団次) 桔梗ノ前(沢村源之助) 千種姫(尾上栄之助) 俵藤太秀郷(尾上菊五郎) 權ノ頭興世(中村芝翫) 
 
豊原国周の同名の作品があります。早稲田大学演劇博物館 link
 
 
豊原国周の役者絵  平将門島広山討死の場
 
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将門公の背後に影武者が描かれています。影武者は六人いたと伝えられています。
この絵には二人だけですね。
 
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前太平記擬ノ玉殿」の最期の場面なのでしょう。
平親王将門(市川左団次)  千種姫(尾上栄之助)  俵藤太秀郷(尾上菊五郎)  平貞盛(市川権十郎)
 
千種姫は知らない名前です。役者絵を集めて初めて知りました。
歌舞伎の世界では、知られているのでしょう。
 
明治23年版
浮世絵は江戸期の物と明治以降は開化絵とばかり思っていました。維新後の歌舞伎の衰退が、役者絵のおかげで復活したようです。
すぐには文化は変わらないものですね。

 

将門軍記 上下巻  著者・竹内栄久 編[他]  出版者・小森宗次郎 
    和本の表紙です。
    竹内栄久は三代目歌川豊国でした。
    明治20年1月31日の発行です。
 
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上巻:「将門と桔梗」 縦横約16.5-11.3センチ
 
 
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下巻:「将門と貞世」
 
詳細は、他のブログを参照して下さい。ブログlink
 
番外  滝夜叉姫と平良門
三代歌川豊国  今様押絵鑑  七綾太夫(瀧夜叉姫) 
   滝夜叉姫は平将門の娘とされる妖術使い。
 
滝夜叉姫
 
 
三代歌川豊国  今様押絵鑑  平太郎良門
   良門は平将門の長男と言われる伝説上の武将。
 
平良門
 
 「江戸の花 名勝会 よ 一番組 中村芝翫/内神田橋芝崎の里/内神田」
三代歌川豊国他
 
 

「江戸の花 名勝会八番組  神田」に比べると残念ながら汚れが目立ちます。

小学生の頃、妖術比べの絵が子供雑誌に掲載されていたのを思い出します。誰かは忘れていましたが、ガマガエルとなった姿は不気味でした。

近所の子とマネをして遊んだのを思い出します。

 

絵銭2 成田山 金毘羅大権現 弁天 天神 役小角

絵銭収集は終わりにする予定でした。

成田山の絵銭を見つけ、他に当寺に祀られている仏様などもありましたので、まとめて同じ所から求めました。

 

成田山不動明王

当寺の御本尊様もお不動様です。

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金毘羅大権現

妙見堂にお祀りしています。

同じ図柄ですが、程度に違いがあります。

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弁財天

御本堂、阿弥陀堂と銭洗い弁天がまつられています。

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天神(菅原道真)

天神社が境内にあります。

表が梅と松に天神様の図柄です。当寺の山号は梅松山ですので、気に入っています。

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役小角

祀られてはいませんが、あちこちでご縁をいただいております。

表には行者の文字があり、裏面には前鬼と後鬼の図柄となっています。

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絵銭1,2共にスキャナーでの画像です。

性能の良いカメラであれば、もっと鮮明になったのですが、大きさがまちまちの上、ボケボケのが多く仕えませんでした・

 

 

絵銭1 大日如来 千手観音 普賢菩薩 勢至菩薩 弘法大師 などの

たまたま手にした絵銭に興味ができ、何点か集めてみました。

絵銭とは、江戸時代のおもちゃの銭だそうです。えぜに、えせんと読みます。子供の頃、小さな似せたおもちゃのお札やプラスチックの小銭で遊んだのを思い出します。

今でも各地の寺社で、お守りとして授与しているところや、上棟式に撒かれた絵銭もあります。

 

絵がない文字だけや、大きさもまちまちです。

集めた中にはありませんが、かなり大きな物もあります。

 

大日如来

 

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不動明王

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勢至菩薩

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虚空蔵大菩薩

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普賢菩薩

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千手観音

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弘法大師

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八幡太神

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妙見菩薩

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七福神

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恵比須大黒

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秋葉大権現

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弘法大師、七福神、恵比須大黒の図なら分かりますが、文字がなかったら何の仏様か分からないですね。

 

全く同じ鋳型からの絵銭も数点ありましたが、はっきりした物、崩れた物などがありました。

何度か改鋳するごとに、崩れていったようです。

 

 

 

『「寺院消滅」鵜飼秀徳著 日経BP社発行』を読んで

住職をしながら、他の寺・霊園のお手伝いをしながら、やっと食べている時代がありました。
その間に子供の養育、学費など、預金などする余裕などありません。
それどころか、貯金通帳の残高が、どんどん減っていました。
 
 
 
 
その間墓地を拡張し、檀家を増やしました。
現在45年前に比べて、2.5倍の檀家数になっています。
 
しかし、近頃は檀家になる人と引き墓をする人が、ほぼ同数となっています。
 
「寺院消滅」を読む数十年前から、このような時代が来るのを予測していました。
 
檀家数の減少は当市でも深刻です。
各地の寺で檀家がグンと減った、お寺が廃寺となり大きな寺と合併したなど、良く聞く話です。
祈願寺はもっと大変です。
人口の減少地域では、もっと深刻な状態になっているのです。
 
神社はもっとひどい状態です。
 
 
 
「消滅可能性都市」をこの本で初めて知りました。 消滅可能性都市リンク
少子化と人口減少が止まらず、存続が危ぶまれると指摘された896市区町村の自治体です。
信じられませんが、都内豊島区が入っています。
山間部の多い当市も、やはり入っていました。
 
隣接する市でも、住職が住まなくなった所もあります。
兼職をしなければ、お寺を維持できない寺が多々あるのですが、お葬式があっても休みが取れないことがありります。
 
某県他宗派の先輩などは、会社から「寺を取るか、会社を取るか。」と言われ、生活のため会社に勤務し続けることにした方がいます。
その寺は、近在のお寺さんの兼務寺になったようです。
 
 
この本によれば、2040年までに、寺院数が49.8パーセントに減少すると書かれています。
統計ではっきり出ている数字のようです。
 
 
子供の減少、結婚しないなど、人口はどんどん減っていきましす。
地方から都会に子供達が仕事を求め、お寺でなく霊園にお墓を移したり、永代供養にする人も増えています。
 
当寺でもお墓を守る人が3件絶えてしまったために、永代供養塔を建設しました。
その結果、ますます寺離れ、お墓離れ、葬儀離れを実感しました。
来られた方の半数以上が、葬儀をしていません。
 
イメージ 2
 
 
 
地方だけでなく、都内を含む多くの地域で起きていることです。
霊園に手伝いで行くと、控え室には地方から都内に出て、お寺を維持している人が、何人もいます。エセ僧侶もいますが。
 
お寺の住職は、みなベンツに乗っている、税金を払わなくていい、坊主丸儲け、とんでもない誤解です。
65万円で買った中古のマツダをみて、「でも、あの車はベンツでしょう。」と言った檀家さんもいました。
 
坊主、先生、医者は○○○なども実際にはあまり聞きません。知る限り他の職業の人の方が、遙かに多いと思いますよ。
あえて言っておきます。
 
各地のお寺の窮状を知っていますが、永代供養塔を建てたことにより、檀家を取っていることになります。
これでも心苦しく思っているのです。
 
これから住職として、どのように対応していくか、意識改革が必要なことは分かっているのですが。さて。
 
 

ヴィッラ・デルピーノ 都下檜原村のイタリアンレストラン

友人が全額持ちで、美味しい料理を食べさせてくれると言うので、図々しく檜原村のイタリアンレストラン「ヴィッラ・デルピーノ」に行かせてもらいました。  地図     facebook
 
 
 
感じの良いレストランです。
 
 
 
本日は都合により、私たち4人だけの貸し切りでした。
 
 
 
一人でやっています。
 
 
料理は地元産の新鮮野菜を使用しています。
最初のスープから美味い!と、感嘆符が出てきます。
 
 
蕪のスープ
 
 
リボリータ
 
パンはおかわりできます。
 
パン
 
 
パスタがあったのですが、撮り忘れました。
 
スパゲティー
 
 
 
とにかく素晴らしい味です。今まで食べたソテーの中では、一番の味でした。
 
ソテー
 
 
赤ワイン・コンポート
 
最後は好きな飲み物を申し込みます。
 
 
 
食べ始めてから2時間が経過していました。
私が食べたイタリアンの中では、おいしさ№1です。
美味しい、満腹、満足。
 
満腹で夕食が食べられませんでした。
 
Nさん、ごちそうさまでした。
 
 
 
ヴィッラ・デルピーノ
東京都西多摩郡檜原村本宿5493地図
電話 042-598-1054
ランチ    11:00~15:00
ディナー 18:00~22:00  要予約
定休日 水・木曜日

日本の滝100選 払沢の滝 東京都檜原村

払沢(ほっさわ)の滝は日本の滝100選に選ばれています。
東京都西多摩郡檜原村本宿  地図
 
 
 
 
山道は良く整備されています。
道には木のチップが撒かれていて、柔らかく、滑りません。
 
 
途中に郵便局がありました。でも看板に木工房「森のささやき」とありました。
 
 
 
 
変化に富んだ渓谷ですね。
 
 
 
 
皆さん挨拶しながらすれ違っています。
 
 
 
 
15分で到着です。
 
 
この川の水が、檜原村の水源になっています。水の中には入れません。
 
 
 
 
いつもお世話になっているAさん。あれほど私と行くときは靴に注意と言っているのですが、革靴でした。
 
 
 
この後で100メートル手前のレストラン「ヴィッラ・デルピーノ」に向かいました。
次回になります。

広徳寺 東京都あきる野市

都下の広徳寺に行ってきました。
五日市駅の近くですから、てっきり五日市町だと思っていました。
 
 
 
 
 
広徳寺は臨済宗建長寺派の名刹です。
 
 
江戸時代に40石はすごいですね。
関東で私の知っている限りでは、寛永寺、増上寺、喜多院、輪王寺などの巨刹以外は、30石が上位でした。
あまり興味が無かったので、見落としていただけかもしれませんが。
 
 
 
 
 
駐車場には工事の車以外は、私たちの車だけでしたが人が大勢います。
皆さんハイキングで来られているようです。
 
見事な山門です。
 
 
 
イチョウはほとんど落葉しており、翌日なら掃かれていたでしょう。
良いときに行けたと思います。
 
 
 
いかにも禅宗らしい御本堂です。
 
 
多くの方々が、本堂裏手に向かっていましたので、私たちも行ってみました。
 
 
 
 
 
 
御本堂裏もなかなか風情があります。
江戸時代なら、もっと手入れがされていたでしょう
 
建長寺派の寺院は山中に多いですね。
これだけの格式の寺では、明治以降の寺院運営は大変だったと思います。
 
いくつもの下寺を組み入れ、檀家を確保しながらの格式を維持しているところが他宗派も含め多くありました。
 

関越上り 寄居PA 星の王寺さま

いつも群馬方面から帰るときは、ほとんど関越上里SAで休憩するのですが、今回は寄居PAに寄りました。
 
 
以前と全く変わっていました。
レストランもありましたが、時間が中途半端なのか、全く入っていません。
 
 
 
 
 
運転していただいたAさんのお子さん用プレゼントに、下のお店に寄りました。
 
 
星の王寺さまが迎えてくれます。
すっかりクリスマスムードです。
 
 
 
 
 
 
 
お菓子と星の王寺さまのマグカップを買いました。
 
 
お客さんは、女性と子供が多いですね。
 
 
私のような年代は、「星の王寺さま」と言えば、先代の三遊亭圓楽師匠のキャッチフレーズを思い浮かべてしまいます
しかし、Aさんは子供に絵本を読んで聴かせていたそうで、圓楽さんのことは知りませんでした。
 
 
 
世代の違いを感じてしまいました。
 

総社神社 群馬県前橋市

 
 
総社神社には、二度目の参拝となります。
 
総社神社  リンク 
群馬県前橋市元総社町1-31-4
 
平将門公は神託によりここで新皇を称したと言われています。
 
 
 
 
 
 
 
総社長尾氏の居城・蒼海(おうみ)城の赤文字が総社神社。
国府跡を城として使用したようです。
 
尚、長尾景虎(上杉謙信)は同族です。
 
 
 
 
 
 
あと少しで、平成29年です。
来年は良き年でありますように。
災いは去ったでしょうか?。
 
 
本殿裏には道祖神などが集められていました。
良い表情をしています。
 
 
なんと素晴らしい大木のオブジェです。
 
 
 
 
駐車場は本殿裏側になります。
表からは入れません。
 
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