円泉寺便り

根来寺参拝

10月13日

前日から車で出かけ、根来寺(ねごろじ)には朝の6時半ごろついてしまいました。

大塔や大伝法堂などもお参りしたかったのですが、離れた場所からの参拝です。

根来寺は、私が属する真言宗智山派総本山智積院があった寺です。江戸時代になり、京都東山七条に再興しています。

真義真言宗総本山根来寺  和歌山県岩出市根来2286  地図

かなり広い境内です。

 

智積院は五百仏山根来寺智積院と号し、根来寺の中でも下の図にあるように南にあったようです。

奥の院は興教大師の廟です。

光明殿

聖天堂

 

7時半に不動堂だけは開いていました。

担当している僧侶は、都内出身の方です。

根来寺を本山とする真義真言宗は、真言宗でも小さな宗派ですので、ご本山護持に苦労しているようです。

西光院の閻魔 奪衣婆像 熊谷市上須賀

妻沼の聖天さまをお参りした後、閻魔様が祀られている寺があると、ネットに書かれていましたので、お参りに行きました。

瑠璃光山西光寺ですから、御尊様は薬師如来です。

高野山真言宗 西光院 埼玉県熊谷市上須戸1489 地図

 

この地域新四国の札所のようです。

 

立派な御堂ですが、控えてくるのを忘れました。

閻魔様と奪衣婆は並んで祀られています。

閻魔

 

奪衣婆

 

浄蓮寺 埼玉県東秩父村

日蓮宗浄蓮寺は開基は大河原氏で、武蔵松山城主・上田氏の菩提寺でした。武蔵松山城主Wikipediaリンク

境内には上田氏のお墓も残されています。

なお、松山城は現在の吉見町にあります。吉見の百穴の近くです。

浄蓮寺 秩父郡東秩父村御堂362 地図

庫裏

 

三十番神堂

埼玉県内は日蓮宗が少ないのですが、東松山市内は数ヶ寺あります。

松山氏の関連なのかもしれません。

熊谷市 真光寺の安貞2(1228)年板碑 永代供養塔

真光寺は当寺と同じ真言宗智山派に属しています。

ある件で寄らせていただくと、古い板碑がありました。

安貞2(1228)年板碑

完存品としては、日本最古の板碑だそうです。

梵字キリーク(阿弥陀如来)の文字が大きく掘られています。

キリーク(阿弥陀如来)の梵字

 

御本堂などの写真も撮したのですが、どうしたのかありませんでした。板碑だけの御紹介で、申し訳ありません。

 

追記 2019/05/30

熊谷市江南地区を巡る途中に真光寺に立ち寄りました。以前よりズッと良くなっていました。

副住職さん、奥様から御本堂にと声を掛けられましたが、これから御法事があるとのことでしたので、遠慮致しました。

お二人とも腰が低く、お寺にふさわしい副住職、大黒さんです。

永代供養塔もお参りしました。

祀られている各霊も、喜んでいると思います。

 

真言宗智山派 真光寺 リンク 埼玉県熊谷市樋春297  地図

 

定岳寺 秩父市

小川町方面に行く途中、定岳寺に寄りました。

越生町の龍穏寺末になるようです。

 

萬霊塔、如意輪観音、地蔵菩薩などの石仏が祀られていました。

定岳寺  埼玉県秩父市定峰721  場所

恒持神社 秩父市

恒持神社は平家の祖・高望王の弟・恒望王が武蔵権守に補せられ、ここに官舎を置いたのが始まりだそうです。

恒望王を祀ると何かに書いてありましたが、祭神は水の神となっていました。

春の例大祭である派、笠鉾1基と屋台2基が巡行するようです。3基は市指定有形民俗文化財です。

写真で見ると、ここの静かなたたずまいが、信じられないような勇壮な祭のようです。

恒持神社   秩父市山田1606  地図

 

昼は隣の坂本庵にしました。

以前友人の案内で食べたところです。美味しいお蕎麦でした。

刈場坂峠・埼玉県ときがわ町と高麗川源流・飯能市

秩父に向かう途中に刈場坂峠を抜けて行こうと思いましたが、雪のため通行止めになっていました。

ここより低い場所は、雪がないようです。

 

戻る途中に高麗川源流の案内があり寄ってきました。ここは飯能市になります。

椙森稲荷からお玉ヶ池跡

反将門公関連の寺社などを調べるために来ました。

今の時代には将門公側、反将門公側など気にすることはないのですが、友人の中には気にする人が大勢います。

江戸時代は富くじ発行が行われていました。

 

しばらく歩くと宝くじ売り場の看板が見えました。

ここで買う人が多いようです。高額当選者も出ているようです。

お玉が池のほとりだったそうですが、池があった場所は埋め立てられて面影はありません。

近くに千葉周作の玄武館がありました。お玉ヶ池近辺地図

 

東高野山 長命寺 練馬区

以前、長命寺の斎場において、当寺檀家さんの葬儀がありました。遅れないよう、かなり早い時間に到着しましたので、境内を散策しました。

その折、カメラを用意しませんでしたので、改めて参拝を致しました。

東高野山長命寺リンク 東京都練馬区高野台3丁目10−3  場所

 

東高野山と言われ、江戸時代から広く参拝者が訪れました。

 

小遣地蔵堂は六角堂となっており、明治32年の建立です。

 

高野山と同じく奥の院がありました。

周りにはたくさんの石仏が祀ってあり、練馬区では一番多くあるそうです。

 

奥には十王様が祀られていました。

閻魔様の奥には、徳川家光一周忌に建立された供養塔がありました。

勝手に将軍の供養塔を建立できるわけがなく、当時の長命寺とご住職が幕府に信頼されていたかが分かります。

 

甲斐善光寺参拝

どうしても善光寺と言えば、長野の善光寺を思い浮かべます。

由来にあるように善光寺の伽藍が、兵火にかからないように甲斐に諸仏、寺宝を移したのが、甲斐善光寺の始まりです。

甲斐善光寺リンク  山梨県甲府市善光寺3丁目36−1    地図

 

当日の参拝者は、我々以外に1組だけでした。

おそらく地蔵堂と思います。左右にも大きなお地蔵様が、

 

阿弥陀如来の大仏様も祀られていましたが、ここの石仏の方が私は好きです。

 

 

食事は門前の「手打ちうどん とだ」にしました。

評判の良いお店でしたので、昼はここと決めていました。

 

※追記  よっぽど気に入ったのでしょう、友人は後日も山梨に出かけた折り、わざわざ寄ったそうです。

 

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