円泉寺便り

遊行寺 藤沢市

時宗の総本山遊行寺を参拝しました。

浄土宗と同じような宗旨ですが、江戸以前は浄土宗以上に勢力のあった宗旨です。

徳川家康の先祖も時宗の僧侶でしたので、どのような経緯で家康の時に浄土宗になったのかは分かりません。

徳川家の菩提寺は、天台宗寛永寺と浄土宗増上寺になりました。

遊行寺リンク 神奈川県藤沢市西富1丁目8−1  地図

遊行寺本堂

 

中雀門

中雀門前を右に向かい、奥にある宇賀神社に向かいます。

いわれが書かれていなければ、なぜ弁天様でなく宇賀神なのだろうと思ってしまいます。

 

宇賀神堂

 

宇賀神堂の脇に銭洗い弁天様が祀られていました。

 

鶴ヶ城 福島県会津若松市

友人の生まれ育った福島県大熊町は震災により立ち入り不能になりました。

友人と大熊町役場の会津若松出張所に伺い、友人からとして義援金をお渡し致しました。

 

続いて鶴ヶ城(会津若松城)の見学です。

福島県は通り過ぎるだけでした。一度行きたいと思っていた会津若松城に来られました。

 

天下の鶴ヶ城ですね。こんなに広いとは思いませんでした。

天守閣は再建で、若松城天守閣郷土博物館として使用されていますが、時間の都合で諦めました。

 

移築された茶室などがあります。

 

鶴ヶ城と言えば、荒城の月のメロディーが自然と浮かんできます。

 

 

茶壺櫓

 

石垣の上から見る堀

 

友人のお陰で、念願の鶴ヶ城を見学出来ました。

廣見寺 秩父市

廣見寺は埼玉県においては二番目に開山された寺です。

秩父神社の妙見菩薩はここに祀られており、後に秩父神社に移されたと伝えられています。

 

曹洞宗別格地ですから、宗内においても重要な寺院であることは間違いありません。

この寺には石室があり、大般若経を墨書した大小の川原石数千個が納められています。

現住職は円泉寺にも大乗妙典塔の石碑があり、娘さん妙典塔を調べに来られたことがあります。

また、私の研究していた妙見菩薩のこともあり、訪問させていただきました。

 

山門を出て南に向かうと妙見堂があります。

 

大黒天石仏

 

地蔵菩薩

 

妙見七ツ井戸は妙見さまが秩父神社に合祀される際に、渡っていった七ツの井戸があります。

 

廣見寺  埼玉県秩父市下宮地町25−29 地図

廣見寺ホームページlink

牛嶋神社と隅田公園

牛嶋神社

あるお寺によって隅田川を目指し帰る途中、牛嶋神社が見えました。

しかし、いつの間にか「押上駅」が「とうきょうスカイツリー駅」になっており、浅草駅で押上駅がないのに焦りました。

駅でお上りさんぶりを発揮してしまいました。

 

牛の像は天神社に多いのですが、かつて牛頭天王を祀っていたからでしょうか。

牛嶋神社  東京都墨田区向島1丁目4−5

スカイツリーからすぐ近くなのが分かると思います。

 

隅田公園

隅田公園は隅田川の両岸、墨田区側と台東区側にあります。

関東大震災の復興事業の一環として、計画整備されたのだそうです。

公園はかなり広い面積です。

 

隅田川に注ぐ北十件川には、隅田川の水が逆流しないようになっていました。津波などの対策にもなっているのでしょう。

 

近くに水上バスの乗船場がありました。

何時かこの船に乗ろうと思います。

吾妻橋は徒歩では初めて渡りました。スカイツリーから浅草までは、ズイブン近いのですね。

北向観世音 群馬県高山村

群馬県内の妙見菩薩を調べる過程で、お参りさせて頂きました。

ご住職に本堂で案内をして頂きました。

私がお寺の住職と話していましたので、遠慮がちな説明だったのではと思います。

北向観音   群馬県吾妻郡高山村 大字尻高1260  地図

 

 

妙見菩薩像は能勢形でした。

信者さんから託されて祀ったようです。

 

御本堂には歌手の八代亜紀さんが描いた観音さまの絵がありました。

 

 

※追記

八代亜紀さんの絵は、何点か増えているようです。

 

※2019/04/30 他のブログから移しました。

浄瑠璃寺

ずっと以前は有名でありながら、バスも週に何回か通わず、家内はかなり調べてから参拝していました。

今回は仲間が調べていきましたが、行ってみると観光バスはもちろん、路線バスからも次々と訪れていました。

京都にありますが、観光客は奈良からの流れで訪れています。私たちも同じです。

御本堂は九品仏(9体の阿弥陀如来)が祀られています。

有名なのは吉祥天女像ですが、9体の阿弥陀さまが気に入りました。

ご住職の法話もよく考えられており参考になりましたが、ほとんど忘れてしまいました。メモしておけば良かった。

池を中心に東向きの御本堂は、西方極楽浄土をあらわしています。

時代は新しいですが、江戸時代創建の世田谷区の九品仏浄真寺も同じように東を向いています。

 

 

三重塔には薬師如来が祀られ、本堂側から見れば東方瑠璃光浄土になります。

 

 

平城宮跡

平城宮の跡が整備途中でした。

朱雀門の間からから大極殿が望めます。

 

今回は大極伝には向かわず、遠望のみです。

 

朱雀門広場の遣唐使船です。こんな小さな船で多くの人が中国に渡ったとは!

 

平城京歴史館に入りました。

他の国に負けない都作りをしたわけですが、国家や民衆の負担が大変だったのでしょう。

 

 

これからの整備状況が楽しみですが、次に来る機会はないでしょう。

 

平城宮跡歴史公園  奈良県奈良市二条大路南4丁目1 地図

 

法隆寺

法隆寺には10代の頃以来だと思います。

記憶では広い寺の記憶がありませんでした。広い寺ですね。

修学旅行の生徒が何組も来ます。

中門

 

大講堂

 

金堂 中門 五重塔

 

三経院?

 

 

夢殿は予定より遅くなりましたので、外から拝むだけのつもりでしたが、係の方から薦められ拝観致しました。

やはり救世観音様をお参り出来て正解でした。

若草伽藍跡が境内から発見されて、創建当時から現在の建物があったのか、再建なのかの論争がありました。

梅原猛氏の「隠された十字架」を熱心に読んだ記憶があります。

現在は若草伽藍跡が創建当時の法隆寺跡とされています。

 

法隆寺  奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1−1−1  地図

飛鳥石舞台

この古墳は蘇我馬子の墓と伝えられています。詳細は不明です。

古事記・日本書紀では蘇我氏を悪く書いていますが、後世の歴史書は事実を書いているわけでなく、後世に権力を握った藤原氏に都合良く書かれているようです。

大化の改新も事実と異なるとする説が、多く見られるようになりました。

開明派であった蘇我氏を滅ぼしたために、後の白村江の敗戦、壬申の乱に繋がる原因となったようです。

海外の事情をよく理解していたのが、蘇我氏だったようです。

 

日本最大級の石室古墳で、上部を覆う土がなくなり石舞台と呼ばれています。

 

 

石室内は他の古墳の多くとは規模が違います。

 

石舞台古墳の復元石棺

 

お土産に当時と同じ技法で作られた富本銭を買ってきました。

 

談山神社参拝 奈良県

談山(たんざん)神社は藤原鎌足を祀る神社です。

廃仏毀釈以前は天台宗多武峰常楽寺でした。

 

まずは廟参所に入りお参りです。

 

十三重の塔は他では見たことがありません。ほとんどが石作りの塔です。

比延神社

 

 

談山神社リンク 奈良県桜井市多武峰319  地図

 

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