除災開運 平松天神社

除災開運 平松天神社

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■祭礼についてのお知らせ

月次祭

日時 令和5年4月1日(土) 午後1時より、5月1日(月)11時30分(巫女舞あり)より行います。

 
 
 
※他の行事は、コロナのため暫く行いません。ご了解下さい。
 
 
 コロナウィルス感染拡大防止の観点から、神社の前での 斎行につきましてはしばらく見合わせます。
 
 この期間は宮司及び禰宜が神棚・御神札を通して斎行しております。
 崇敬者様におかれましても、ご自宅から神棚や御神札を通してお祈りを捧げていただければ幸いでございます。
 今後は状況を見ながら、神社前での斎行を検討・再開いたしますので、当ページにてお知らせいたします。

2020年の「梅花祭」様子です。 ブログlink

ホームページは徐々に訂正していきます。

 

大谷由紀新宮司のご紹介

 

南九州、沖縄の神社に7年間奉職しました。
サンマリノ神社でヨーロッパ初の神前結婚式を執り行い納めています。
サンマリノ共和国、日本各地で巫女舞奉納を行っています。

併せて境内にある地元の八坂神社、山の神(やまのかみ)社もみています。

神職・巫女として各御祈願・御祓い・巫女舞奉納、コンパニオンアニマル慰霊祭や神葬祭などをお受けしております。

携帯:070-8409-3578
※お電話かショートメールにてご連絡ください。

普段は会社勤めをしており神社におりません。
ご用の方は携帯電話へご連絡を頂けましたら、こちらから折り返しのお電話をいたします。
仕事の関係上すぐのご連絡は難しいのですが、休憩時間か18:30以降にご連絡いたします。

佐藤宏禰宜のご紹介

 

西澤前宮司の主宰していた滝行の会に参加。
その後、神道に興味をもち、学びを深める。
現在、事務所の祓、各種のご祈願をお受けしたり、
飯能天神社の月次祭を執り行っている。

 

 

近年、宮司としてお迎えした西澤形一前宮司のご尽力により、天神社(天満宮)に参拝に来られる方が多くなりました。神道・人形研究家としても知られておりました。

西澤前宮司経歴 link

西澤さんのホームページ録音MP3(桃の節句)

西澤形一著- 「お諏訪さま・祭りと信仰」(共著)、「日本人形の歩み」(共著)

他の祭神 八大龍王  弁才天(弁財天)   宇賀神

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弁天様は、ご本堂、阿弥陀堂にも祀られています。銭洗い弁天様もお参り下さい。  八大龍王宇賀神

年間行事予定表 

元旦祭 1月1日 午前11時より
初天神 1月25日 午前11時より
梅花祭 3月上旬予定 午前11時より
夏越の祓 6月28日(日) 午前11時より
秋の例祭 10月25日 午前11時より
大祓 12月31日 午前11時より
月次祭 毎月1日、15日、25日 午前11時30分より

※新宮司による体制が整うまで、しばらく一番上の情報を参照していただくよう、お願い申し上げます。

※こんな催しもありました。  巫女舞の奉納      

  • 以上の祭礼に参加された方は、昇殿して玉串による拝礼ができます。ただし、夏越の祓と大祓は儀式上、玉串による拝礼はありません。
  • 月次祭(つきなみさい)は外祭などのため、時間が異なる場合があります。
  •   連絡先 携帯 080-6729-9156  宮司 大谷由紀

諸費用

御祈願なども例祭・月次祭において列席するだけなら、お賽銭しかいただいておりません。
気軽にご相談ください。

菅原道真公

※この文は、「滝行の会」スタッフのN女子のご協力を得ました。

学問の神様として信仰を集める天神様

毎年、受験シーズンになるとにぎわうのは天神様をお祭りした天神社である。学問の神様として信仰を集める天神様は、平安時代前期に活躍した学者、政治家である菅原の道真。天神社の境内に菅原の道真が愛したと言われる梅の木を見つけるかもしれない。

自宅の庭の梅の木を見て詠んだといわれる歌がある。

「東風(こち)吹かば、にほいおこせよ梅の花あるじなしとて春を忘るな」

(春になって東風が吹いたなら、太宰府にいる私のところへ梅の花の香りを届けておくれ。私がいなくても春をわすれてはいけないよ)

この歌は道真の栄華の絶頂がはかなく散ったその時に詠まれた。

学才豊かな敏腕政治家の顔

道真は大学で歴史や詩文を教える文書博士(もんじょはかせ)を歴任する学問の名家に生まれた。やがて非凡な才能を開花させ、文書博士に就任する。宇多(うだ)天皇に抜擢され、学者の道から一気に政治家として道を進む。勢いを増す藤原氏の勢力を押さえたい宇多天皇の意向を受け、道真は右大臣まで上り詰める。ところが、それを驚異と見た藤原時平の讒言により、九州大宰府の長官に左遷されてしまう。黙ってそれを受け入れた道真は、旅経つ朝、自宅の梅の木に咲く花に「東風吹かば」と語りかけたと伝えられている。太宰に赴いて二年ののち、道真は死去する。

怨霊として恐れられた道真

道真がこの世を去った後、都では謎の天変地異が続く。激しい雷雨、飢饉、病気の流行で多くの死者を出した。さらに、道真に讒言した藤原時平が病に伏せ、三十九にして死去。さらに時平の親族である皇太子が死去する。都の人々は「菅原道真公の祟り」として道真の祟りを恐れた。天災への脅威と相まって、道真の死後、約30年にわたり、「道真の祟り」が人々の間に浸透していく。人々の畏怖がピークに達したのが、延長五年(930)の清涼殿落雷事件である。内裏に「巨大な光の矢が刺さった」と記録されるほど、大規模な落雷があった。直撃を受けた藤原氏の面々が、顔や腹を焼けただれて黒焦げ死体となって発見される。被害者は道真の左遷に関わった面々であったことから、道真の怨霊説は決定的となっていく。

怒りを静めるために神に祀る

朝廷は道真の怒りを静めようと、京都の北野の地にある北野社に道真を神として祀る。(北の天満自在天神宮)。道真の怒りを恐れた藤原氏により、手厚く祀られることとなった。北野社はもともと遣唐使の渡航に際し、雷や天変地異などの自然の神々、主に 雷神を祀った社。落雷の祟り神と悪阻けられた道真を祀る場所として最適だった。平安時代中期より、天神を祀る天満宮は全国に増え始める。さらに、道真の学才にあやかって学問の神として信仰は広がっていった。

梅の花に高潔さを忍ばせて歌に詠んだ道真。口に出さなかった無念を雷で現わしていると都の人々に信じられた道真は、生前より神格化された偉大な人物だったのかもしれない。

天神像 渡唐天神画 リンク

 

 

東京都西多摩郡檜原村数馬のパワースポット・九頭龍の滝・龍神の滝で
滝修行をしてみませんか。     滝修行   リンク

携 帯 :090-4597-0320  千葉

  • 檜原村観光協会のご協力を頂くことになりました。多くの方を滝行以外に数馬の湯、地元の宿などをご紹介していることが、評価されているようです。
  • 「女性セブン」「週刊ポスト」などの取材に協力しました。
  • その他テレビ・ラジオ・雑誌などにも数多く出演し、指導や協力をしています。
  • インターネットラジオ「ゆめのたね」の録音。許可を得ています。西澤前宮司出演   180424 夢の種

 

 

平松天神社へのお問合せ

ご用の方は、携帯電話へご連絡をお願いいたします。
仕事の関係上すぐの折り返しは難しいのですが、必ず大谷宮司よりご連絡差し上げます。

お昼の時間帯か休憩時間や退社後になることが多いと思いますので、
18:30以降のご連絡を控えたほうが良い場合は、その旨をメッセージに入れて頂ければ配慮いたします。

連絡先 携帯 070-8409-3578 大谷

※お電話かショートメールにてご連絡ください。

下は円泉寺への直通電話ですです。

 

西澤形一師  令和2年1月17日 帰幽致しました

長年のご厚情に対し、感謝申し上げます。葬儀は円泉寺住職導師により、執り行いました。今後は円泉寺に納骨されます。

 

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