円泉寺便り

真言宗智山派 大正院 埼玉県本庄市

私が大学の恩師が、当時ここの御住職でした。

現在は同じ本庄市の宥勝寺の御住職をされています。

 

一度お参りしたい寺でした。

 

 

御本堂に向かうと、妙なるバイオリンの演奏が聞こえてきます。

てっきりスピーカーで音楽を流していると思ったのですが、演奏している女性がいました。

先生のお孫さんでした。

 

 

大正院は天正11年(1583)開山です。

御本尊として対日如来を祀っています。

 

 

お不動さまは成田山新勝寺より江戸期に勧請されました。

慶応3年(1867)に建立され、その時納められた不動剣は本庄市指定文化財となっています。

 

 

毎年4月28日に成田山不動尊大祭が行われています。facebook

 

 

「本庄永続講」ではの成田参詣を行っています。
成田山の記録に残っている中でも最も歴史の古い講だそうです。

 

しかし、昨年今年はコロナのために、副住職と寺庭で参拝し護摩札・御守を授与されています。

 

薬師堂は大正院の旧御本堂でした。

 

 

 

銀杏の黄葉も盛りを過ぎた鐘楼堂です。

お掃除が大変です。

 

 

六地蔵

 

武州本庄七福神の弁財天札所です。本庄七福神link

 

 

当日は本庄市内の寺社を巡っています。

途中から全ての本庄七福神をお参りしようと思いましたが、時間の都合で全ては巡れませんでした。

 

弁財天の脇には養蚕供養塔があり、毎年5月28日に蚕蛹供養祭を行っています。

やはりコロナのために少人数での儀式となりました。

 

大正院では、いろいろな行事をfacebookで発信しています。

大正院 – ホーム | Facebook

 

大正院 本庄市本庄2-4-8 地図

 

臨済宗妙心寺派 開善寺 埼玉県本庄市

本庄城主小笠原信嶺が開基した寺院です。

かなりの格式の寺であったと思われ、絵図では現在の約五倍の敷地があったようです。

 

 

お寺では座禅会や写経会を行っています。

 

 

 

 

本庄城主・小笠原信嶺公夫妻の墓は、古墳の上に立てられています。

 

 

 

本庄城主・小笠原信之の墓

信之は関宿城主となり、関宿でなくなりましたが、開善寺に葬られました。

 

 

 

海善寺は本庄七福神の布袋様を祀ります。

ここでは二人の女性が、スタンプラリーを行っていました。

 

武州本庄七福神link

 

開善寺 埼玉県本庄市中央2丁目8−26  地図

facebook 開善寺 〜ほんじょう・禅寺〜 link

   驚きなのは寺コンを企画しているのですね。スゴイ !

 

 

真言宗智山派 慈恩寺 埼玉県本庄市

ここによる予定ではなかったのですが、墓地看板に真言宗智山派の文字が見えましたので、急遽寄ることに致しました。

御住職は総本山智積院内の専修学院を卒業後、有明成田山に6年間務めていました。

 

 

 

御詠歌を行っているようです。私は音感が悪く諦めました。

 

 

ここのホームページに「本庄氏の氏神である天満宮の別当寺で、初めは神宮寺と称されましたが、寛永6年(1629)慈恩寺と改められました。」とあります。

阿夫利天神社に合祀された天満宮のようです。

 

 

御本尊はお不動様でした。

 

 

 

御本堂の額は、総本山智積院元御貫主・宮坂宥勝猊下が書かれています。

 

 

 

ここも七福神札所です。

 

 

銭洗い弁天様を祀ります。

ここの札所には弁天様が三ヶ所あります。

 

武州本庄七福神link

 

慈恩寺  埼玉県本庄市中央1丁目2−22 地図

慈恩寺ホームページ

 

 

田村本陣門 旧本庄警察署跡 埼玉県本庄市

田村本陣は本庄宿の他の場所にありましたが、門だけが旧本庄警察署跡に移築されています。

 

 

 

旧本庄警察署は本庄市歴史資料館となっていましたが、県指定有形文化財の旧本庄警察署となっています。

 

 

 

この看板では、歴史資料館となっていました。

現在は閉められており、中に入ることは出来ないようです。

 

 

 

建物の西側には、石仏などが祀られていました。

小倉山房石碑群でした。

多くは安養院に祀られ、一部がここにあります。

 

 

 

敷地にあった案内板です。

車であれば全て見学出来る距離にあります。

 

旧本庄警察署  埼玉県本庄市中央1丁目2−3 地図link

 

 

普寛霊場 埼玉県本庄市

木曽御嶽山、武尊山、八海山などを開山した行者である、普寛上人の墓があるのが普寛霊場です。

元の墓は、ここの南にある安養院でした。

 

 

 

秩父市の三峰神社は今は神社ですが、 明治初期までは修験道系の寺院でした。

普寛は三峰観音院で修業したと言われています。

 

普段は参拝者が少ないようですが、祭礼の時は多くの参拝者で賑わいます。

 

 

境内はきれいに掃き清められていました。

 

 

見事な龍の彫刻です。

 

 

お墓は拝殿奥に祀られているのだと思います。

 

御嶽山の碑は遙拝所かもしれません。

 

 

 

普寛神社と思っていましたが、普寛霊場でした。

 

 

本庄七福神めぐりの大黒天を祀りますが、お社奥に祀られているようでした。

 

普寛霊場  埼玉県本庄市中央3丁目4−41  地図link

 

※追記

吉祥院  台東区元浅草2-1-14  地図

普寛上人に興味を持ったのは、吉祥院でした。

 

 

吉祥院には普寛上人供養塔があります。

 

 

講関係者が山岡鐵太郎(鉄舟)に書いていただいてます。

吉祥院ブログlink

 

普寛神社  埼玉県秩父市大滝944 地図link

普寛上人はの神霊をお祀りした神社が秩父御嶽山普寛神社です。

 

 

普寛上人は現在の秩父市大滝で生まれました。

境内には墓(分骨)と銅像があります。

 

 

 埼玉県秩父市大滝944 地図link

 

摩利支天神は御嶽山関連の神社に多く祀られています。

ブログlink

 

 

阿夫利天神社 埼玉県本庄市

阿夫利神社は児玉党の本庄庄太郎に寄って、寿永年間(1182~84)に創建されました。

明治初年まで安養院が別当でした。

阿夫利天神社となったのは、大正2年に天神社を合祀したためです。

 

 

 

御本社向かって左側は、あとで調べると古墳でした。

残念ながら写真は撮っていません。

 

 

お社の天井画は、近年描かれたようです。

 

境内は緑の多い杜となっています。

落ち葉を集めていたのは、おそらく宮司さんと思います。

 

 

御本社から更に奥に向かうと、稲荷社がありました。

 

 

社の中には、小さな狐さんとペットボトルに水を入れて納めてありました。

 

阿夫利天神社  埼玉県本庄市中央3丁目4−38  地図link

 

曹洞宗 安養院 埼玉県本庄市

安養院は立派な伽藍が江戸時代より残されています。

児玉党の本庄信明により文明7年(1475)に創立され、徳川の時代は二十五石の御朱印を頂いています。

 

総門、山門、本堂は市の指定文化財に指定されています。

本庄宿で最も大きな木造建築物なのだそうです。

 

 

 

 

 

安養院とあるように御本尊は無量寿如来(阿弥陀如来)を祀ります。

※安養浄土は、西方極楽浄土。

 

 

 

 

浄霊堂は鐘楼堂もかねています。

 

 

 

 

墓地入口の六地蔵

 

 

武州本庄七福神めぐりの一つで、毘沙門天が祭られています。

 

七福神めぐりlink

 

安養院 埼玉県本庄市中央3丁目3−6 地図link

 

高野山真言宗 本庄高尾山 佛母寺 埼玉県本庄市

今から40年以上前に、当時の御住職か副住職に、八王子市の大本山高尾山で、お目にかかったことがあります。

てっきり真言宗智山派と思っていましたが、高野山真言宗でした。

 

 

 

 

佛母寺の南側には、本庄金鑚神社神社があります。

元々は金鑚神社の別当・百蓮寺でしたが、廃仏毀釈により無住となっていました。

後に現在の場所に明治18年再興、同23年に佛母寺に改称されています。

 

 

向かって右が、飯縄権現をお祀りする本庄高尾山です。

前大本山高尾山薬王院御貫首・大山隆玄大僧正が書いた扁額となっていました。

 

下の高尾山の案内板をみると、佛母寺は真言宗智山派と思う人が多いと思います。

 

 

 

向かって左側が御本堂です。御本尊は珍しい准胝観世音菩薩(順帝観世音菩薩)です。

 

 

 

境内には銀杏が何本かあり、黄葉が見事でした。

 

 

お水屋そばには、本庄七福神の弁天様が祀られていました。

いかにも福を授けていただけそうな弁天様です。

 

 

七福神めぐりlink            佛母寺ホームページlink

 

高野山真言宗 準別格本山 佛母寺  埼玉県本庄市千代田3丁目3−10 地図link

 

本庄金鑚神社 埼玉県本庄市

金鑚神社(かなさなじんじゃ)は埼玉県神川町を中心に、十一ヶ所あります。

本庄金鑚神社は元本庄宿の総社です。

本庄児玉インターチェンジから伊勢崎市に向かう途中右側に、石垣に囲まれた杜が金鑚神社です。

 

 

 

駐車場には大きな楠がありました。小笠原正信の献木と伝えられています。本庄市指定有形文化財となっています。

境内の門は別当寺であった百蓮寺の総門でした。

 

 

境内では数名の女性が落ち葉を集めていました。

これだけ緑の濃い杜を持つ神社では、氏子さんの協力なくては無理でしょう。

 

 

社殿は関宿城主となった小笠原忠貴によって寄進されています。

 

 

優れた彫刻が施されていました。

社には優れた天井画が描かれているようです。

 

 

 

神楽殿も色彩豊かな建造物でした。

 

 

毎年11月3日の本庄まつりには、神楽が奉納されます。

 

さらに奥に向かうと小高く持った場所に金比羅神社があります。

古墳の上に立てられた社のようにも見えました。

 

 

 

さらに奥に向かうと、秋葉社や太子(聖徳太子)社などが祀られています。

 

 

駐車場に面した一角に武州本庄七福神の恵比寿が祀られています。

比較的近い九社寺が札所となっています。

 

 

ここの七福神はスタンプラリーとなっています。

他の札所で二人の女性が七福神廻りをしていました。

 

本庄市観光協会 七福神めぐりlink

 

金鑚神社  埼玉県本庄市千代田3丁目2−3  地図

 

 

仁科秋弘作曲 酒井 清 詩 「音のかなたに」

先日、脚本家で声楽家の酒井清氏より、飯能市民会館で行われる「歌劇 渋沢平九郎」のポスターを持って来ていただいたきました。歌劇 渋沢平九郎 ブログlink

後に私が合唱団をしていたと知ると、無伴奏男声合唱曲の譜面を届けてくださいました。

 

一部だけですが、掲載致します。

 

 

私が合唱団に属していたときは、曲がりなりにも譜面が読めたのですが、今はマッタク自信がありません。

トップテナーだったのですが、上は裏声でやっと出てるかなの状態です。

さらに音程も下がりっぱなしでした。

 

 

 

仲間に読経の癖が出て、おかしな歌になっているのに気がつかない僧侶がいましたが、それよりはましかもしれません。

 

※酒井清氏に許可をいただきました。

 

 

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