円泉寺便り

国立東京博物館 東洋館の中国の仏様

特別企画「文化財よ、永遠に」が行われていましたが、先に東洋館に向かいました。先ずは隣のレストランで食事です。

東洋館で中国の仏像、書画、工芸などや朝鮮、クメール、インドなどのアジアの貴重な芸術が展示されています。

今回は中国の仏様のみとしました。東洋館 中国の仏像link

 

 

 

随時代  崇光寺廃寺の仏様を中心に

観音菩薩立像

 

如来三尊像

 

十一面観音菩薩像

菩薩頭部

 

 

他の催しを観る予定でしたが、疲れ切って帰ることにしました。

 

←東京国立博物館 正倉院展

正倉院展 東京国立博物館

昨日は正倉院展に行ってきました。毎年、奈良博ではありますが、行くだけの体力がありません。平成23年に一度行っただけです。

15分待ちでした。土日は混み合うでしょう。

 

特別展link

 

奈良国立博物館での正倉院展の看板 平成17年

 

まず見たかったのが蘭奢待(らんじゃたい)です。写真に撮れませんでしたので、最後にあるパンフレットを参照してください。

文字の蘭奢待に、「東」「大」「寺」が入っています。まったく知りませんでした。2メートルもある大きな沈香でした。

 

正倉院の模型です。奈良博での正倉院展の時、東大寺の周りを1周したときに見ているのですが、写真を撮らなかったようです。

実際は古い木像の建物です。建てたときは白く塗られていたのでしょうか。正倉院Wikipediaリンク

 

 

撮影できるのは最後だけです。全て模造品ですが、一流の方々により作られています。ビデオが流れていましたが、古代の技術を再現する苦労は、並大抵のことではありません。裏面に使用されている

 

螺鈿紫檀五弦琵琶(らでんしたんごげんびわ)

前期の目玉です。古代インドに紀元のある琵琶で、五弦はこれのみだそうです。実物の所では、琵琶の音が流れていました。

日本的旋律の音楽でしたが、あくまでも残っている音符は再現された物です。実際に奏でられていた音曲とは異なるのかも知れません。

以前テレビで見た現代西域の琵琶は、バンジョーのように弾いていました。

 

 

花の文様を再現しているビデオでは、螺鈿裏面に繊細な絵を描き、面にすると裏面が透き通って見えました。

この時「ウオー」と言う小さな声が、何人もの人からもれていました。私もその一人です。

 

螺鈿紫檀阮咸(らでんしたんげんい)

四弦はペルシャが紀元だそうです。

 

正倉院の鍵は、最初に展示されていました。

 

今回売店で求めた品々です。

お土産のクリアーファイル 1面

2面

同じく土産の香合と碁石のマーブルチョコレートです。

実物とは異なりますが、碁石がチョコになっているとは思いませんでした。同じ大きさだと思います。

 

 

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キンモクセイの香り

境内に4本あるキンモクセイが、昨日から強く香り出しました。

幾日も前から香っていたのですが、昨日は特に感じました。

 

 

今日はあいにくの雨でしたが、一昨日より強い香りです。

 

香りを知らない人が多いのか、参道でキンモクセイをながめている人は、いませんでした。

 

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大熊町広報に御寄付が掲載されています

先月9月6日に福島県大熊町に円泉寺からの義援金を届けた荒岡さんの記事が、大熊町10月1日号広報に掲載されました。

お渡ししているのは町長さんです。

 

どうしたわけか、パソコンでは読み込めませんでしたので、スマホ画面から写真を撮り掲載しました。

前回の大熊町義援金ブログ記事 link

 

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梵字 ア字の額 満願寺

近在のお寺さんに、まったく同じ額が玄関に飾られていました。

前ご住職に由来を聞いておけば良かったのですが、遷化されて何年も経っています。

 

 

前ご住職は当派の教区長をされていました。京都の総本山智積院には、何度も会議などで出かけています。

全国の御寺院住職だけでなく、管長様にご挨拶することも多かったでしょう。

 

たまたま同じ額を手に入れることができました。

額の入った箱の表書きには、「萬燈萬華達成噠噺 満願寺」とあります。噠噺(たっしん)は御布施などの意味があるようです。

萬燈萬華会は高野山東京別院が知られています。

 

 

想像でしかありませんが、満願寺は出流山満願寺ではないでしょうか。出流山前ご住職は昭和46年に智積院化主となられています。

あるいは世田谷区等々力の満願寺かも知れません。こちらの御住職も管長になられました。

他にも智山派には何カ寺か満願寺があります。他派、他宗旨かも知れません。

 

この額を納めたのは都内日本橋の漆器店です。宮内庁御用達とありました。

 

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高畑勲展

東京近代美術館において、先頃亡くなった高畑勲さんの展覧会がありました。

10月6日までです。

あと数日で終わりますので、かなり混み合っていました。

 

会場に入り年譜などを読んでいると、一番驚いたのが「ドラえもん」「ルパン三世」の企画書を書いたのが高畑監督だったことです。ルパン三世は最初他の人の企画では、今のようなヒット作ではなかったようです。次に参画した監督意見による企画のルパン三世のひょうきんさが、大ヒットした要因だったそうです。

「安寿と厨子王」は記憶にほとんどありません。「オオカミ少年ケン」は、今でも歌の一部を思い出します。

 

「アルプスの少女ハイジ」は高畑監督・宮崎監督が現地に赴き、その成果が生かされて日本だけでなく、世界で愛されたことを多くの人が知っています。

受付してすぐの場所にあるのが、この部屋です。写真が撮れるのは「アルプスの少女ハイジ」二ヶ所のみです。

ハイジの明るく元気なジオラマから、声が聞こえてきそうです。

 

「赤毛のアン」は、男の子を養子にと考えたいたのに、間違って女の子・アンが来てしまいながらも、明るくおしゃべりなアンが地元の学校に入り、さらに教師になるまでのことが、テレビで見ていたのを思い出します。

「母を訪ねて三千里」「じゃりン子チエ」「おもひでぽろぽろ」など、懐かしい作品がいっぱいでした。特に野坂昭著を基にしたアニメ「火垂るの墓」は涙なしでは見られなかったのを思い出します。

 

「かぐや姫物語」は、今回のポスターなどに使用されています。残念ながら見たことがありません。とてもこだわりのある、きれいな映像でした。

 

高畑監督が当寺に来られたことがあります。

お寺で、かつて高畑監督の担当をしていた某社の方の通夜前でした。宮崎駿監督など、ジブリの方々、勤務先の方々が次々に来られていました。

御本堂の棺の近くで長時間たたずんでいました。つらい思いが伝わってきており、ほとんどの人が声を掛けることがありませんでした。

 

高畑勲展link     東京近代美術館   東京都千代田区北の丸公園3−1

 

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篠山紀信展

ドームシティでは篠山紀信展を行っています。  篠山紀信展link          ギャラリーアーモ地図

 

アーモの通路反対側は、池か川のような作りになっています。

 

中に入ると大きなパネルが展示されていました。撮影できる場所はここのみです。有名な写真ですので、ポスターにも使用されています。

ジョン・レノン オノ・ヨーコ 1980年

 

まず迎えてくれるのが寅(渥美清)さんです。良く映画館に通いました。

夏目雅子の死は早すぎました。樹木希林さん、山口百恵、相撲取り、歌舞伎役者など、存在感あふれる写真が展示されていました。

東日本大震災に被害に遭われた方々の肖像が、一番最後に展示されています。

 

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小石川後楽園

昨日は後楽園駅をおり、小石川後楽園に行きました。

初めての場所と思っておりましたが、今から50年程前に来たようです。わずかに記憶が戻りました。

駅から一番の外れにあるのが入口です。

水戸家の屋敷跡ですので、都立公園としても優れた史跡です。

 

いつもより一週間以上遅れて、彼岸花が咲いていました。

 

黄門様はいましたが、助さんは格さんは不在でした。

 

東側に後楽園ドームが見えます。

 

公園内は彼岸花を撮影する人が、高級カメラを持っています。一番多いのがニコン、次にCanonでした。女性がフルサイズのSONYを使用しています。私は軽いFUJIです。

 

八卦堂跡

 

円月橋

 

通天橋

 

徳仁堂

 

園内は石の通路で歩きやすいのですが、雨の時は履き物に注意が必要です。

 

見学が終わり外に出ると、南側からドームシティに向かいました。

 

小石川後楽園展示室には、わずかですが発掘された石材、発掘中の写真が展示されていました。

 

南西側が正面入口です。ここは閉められています。門の紋、塀の瓦は水戸家の葵の紋ではありませんでした。

さらに東に向かい、ドームシティで開催されている「篠山紀信展」に向かいました。

 

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第1回 埼玉第11教区教化研究会

先日市内某所において、教区教化研究会が催されました。

当教区においては初めての開催になります。他の教区との合同研究会は何度かあります。

 

①先ずは、智山教化センターの山川弘巳師の「通夜・葬儀と教化の方策」

  • 色々な統計から見た現在の霊魂、葬儀に対する考えが年齢により大きく異なることが分かりました。私も実感しています。
  • 枕経、通夜、戒名、葬儀、風誦文、初七日法要、四十九日忌、年回忌など、説明責任と情報発信の必要性である。
  • 住職に拝まれたいと思う信頼関係の構築〈必須条件〉

     住職に拝まれたいと思う信頼関係の構築が、私には欠けた状況だと思います。

 

②教区長 観音寺ご住職の葬儀への取り組み

  • 死に対する別離の定め、通夜とは、葬儀とは、戒名とは、などを分かりやすく故人生前の人柄により、現代文による通夜回向文・風誦文に代わり式中に唱えている。通夜葬儀の読経も丁寧なようです。
  • 通夜葬儀後の御斎(おとき)にも積極的にでて、檀家さんとの間を大事にしています。

 

③明光寺副住職の取り組み

  • 喪主との打ち合わせを大事にし、戒名、風誦文の作成する。
  • 通夜式後の通夜・葬儀の説明、十善戒に照らした生活の必要性。
  • 寺葬を行う理由。

 

④突然明光寺副住職より私に指名があり、戒名の説明書の取り組みについて説明致しました。

  • 戒名説明書は故人への思い、通夜・葬儀の説明、必ず来世は良いところに行けますとの話をしている。
  • 風誦文は戒名の説明書を参列者にも、お渡ししていますので特別故人に合わせず、定型の文で唱えている。
  • 寺院葬を行うことにより、檀家の負担を減らす努力をしている。人数の制限があり、列席者35名までとしている。
  • 病気後の御斎は通夜のみにし、ドクターストップで御法事などの後は行けなくなった。

 

山川弘巳師だけでなく、明光寺副住職も私のホームページを読んでいただいていることが分かりました。私が教区講習会の講師をする構想もあったようですが、恥をかかないですみました。

 

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シロアリ対策

庫裏の屋根が台風で雨漏りをしました。

一番の原因は新築時の業者が間違って取り付けた天窓が原因でした。何度も雨漏りをしており、その都度来てもらったのですが、おざなりの対応だったようです。

一度は雨降りでした。

かなり腐っていた部分もあったそうです。

 

今回はリフォームを別の業者に依頼して天窓を取り払い、屋根も張り替えました。

その他諸々で経費も中途半端ではありません。

 

最後にシロアリ対策で、御本堂と庫裏に薬剤を散布していただきました。

御本堂は寺の経費から、庫裏は当家の負担です。

 

 

御本堂

 

庫裏

 

以前、御本堂からシロアリが発生しました。

江戸末期の建物ですので、特に定期的シロアリ対策が必要です。

調べると5年ごとでなく検査だけ行うことにより、必要に応じて対策と書かれていたブログがありましたが、後々後悔するよりは早めの対策です。

 

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