二宮尊徳記念館
目的の場所に向かう途中、二宮尊徳資料館がありましたので寄ることに致しました。
旧二宮町は二宮尊徳を敬慕する地域の方々によりつけられています。
表に二宮尊徳(二宮金次郎)の銅像が迎えてくれます。
中には等身大の像もありました。背の高い力強い姿だったようです。
二宮金次郎は小田原藩主大久保忠真公の命により、復興のために、文政6年(1823)に一家で移り住みました。
この地(桜町)で 荒れ地を田畑に開墾しただけでなく、道路の整備、家屋の修復、凶作対策として作物の作付けをすることにより、天保の飢饉を乗り越えることが出来ました。
詳しくはユーチューブを見て下さい。二宮尊徳の桜町仕法link
二宮尊徳記念館 栃木県真岡市物井2013−2 地図link
桜町陣屋跡
記念館の西脇を行くと桜町陣屋跡があります。
小田原城主・大久保加賀守忠朝の3男宇津教信が、元六12年(1699)に桜町4000石の分家して陣屋を置きました。
ここで金次郎は26年間住み、復興につくしています。
桜町二宮神社
記念館の東には参道があり、桜町陣屋の東にあたる場所に桜町二宮神社があります。
二宮尊徳没後50年の明治38年、桜町陣屋隣に創建されています。
二宮尊徳没後50年の明治38年、桜町陣屋隣に創建されています。
蓮城院の二宮尊徳娘・文子墓
記念館の南側に蓮城院があります。
領主・宇津汎之輔夫妻の左り脇に、尊徳娘・二宮文子の墓石があります。
尊徳終焉の地である日光市今市の報徳二宮神社の裏に二宮尊徳の墓があります。