2019年06月

紫陽花のオブジェ

阿弥陀堂に来ているアルバイトと檀家さんが、お水屋で面白いことを始めました。

 

水の上に紫陽花を主体にハナミズキをたして浮かしていました。

面白い試みです。

お墓参りが多く来られていましたので、喜んでいたのでは無いかと思います。

天気が良くないため御朱印はゼロでした。晴れていればデジカメで撮影する人が多かったと思います。

 

お寺さん崩壊 水月昭道著

 

地域の大きなお寺さんばかり見ていると、一般の人は理解できないかも知れません。各地の檀家数の少ない寺や、祈願寺では大きな危機が訪れているのです。

大月昭道師は浄土真宗本願寺派の住職であり、他にも「高学歴ワーキングプア」なども書かれています。

坊主まるもうけ」なんて大うそ!

まさに事実です。読売新聞オンラインlink

上のリンク先を読んでいただくと、この本の内容が分かります。

 

記事とは異なりますが、30年もすると、約半分の寺が廃寺となる可能性があるそうです。檀家の少ない住職のいない寺では、檀家だけで寺院を維持するには不可能になっています。

10年ほど前ですが、都内の寺院も檀家減で困っていると話していたこともあります。収入も3割減ったそうです。車庫の車を見ると5ナンバーでした。副住職は他の寺の手伝いで、どうにか寺を維持しているそうです。

 

今から10数年前、関東のある仏様を調べていました。二ヶ寺の屋根が崩れており、ある神社は鳥居だけが残っていたり、やはり屋根が崩れている所もありました。

市内でも数ヶ寺が廃寺となっています。神社はモット大変なようです。

 

何年も前に檀家さんから「お寺さんは、みんなベンツに乗っているんでしょう!」と言われたことがありました。

「あれはマツダです。中がMでしょ!   65万円の中古です」と言ったことがあります。多くの檀家さんの方が、私に言わせれば高級車でした。

 

 

ズッと以前、年間の葬儀の数を単純に計算したことがあります。檀家数100件で年間4件の計算になります。

檀家数が200件を超えたときは、ホッとしました。

 

友人の寺は近くに高速道路ができ、檀家が多く働く温泉街が寂れてしまいました。客はさらに遠くの温泉街に行くそうです。

温泉に団体で行く時代で無くなったことも原因です。

檀家は次々に少なくなり、維持管理もいずれできなくなると言っていました。優秀な息子さん達に、寺は継がなくてよいと言っているそうです。

 

檀家が少なすぎて、兼職しても家族を養えないどころか、結婚できないと書いてあった雑誌もありました。

もし息子が寺に入ったとしたら、今の給料を保証しなくてはなりません。その時から年金生活者にならざるを得なくなります。

寺にいる限りは、支出もとんでもなく多くあります。

住職のいなくなった寺の多くが樹木が伐採され、檀家さんが管理しやすくするため、庭は除草剤をたくさん撒き、味気なくなっているところが多く見られます。

 

将来が不安になる毎日です。

 

境内の紫陽花

境内の紫陽花が、見頃を迎えています。

アチコチにありますので、この花だけで見事と言えないだけでなく、勢いのない木もあります。

 

これは鉢植えです。咲き終わる前に移植しようと思います。

 

妙見堂東側の紫陽花は、日陰であることだけでなく、肥料を肥料を施していないため、わびしげです。

 

 

御本堂で神式の祭礼と巫女舞

本日は天神社の月次祭なのですが、前々より雨の予報でした。

今回は女性の神職さんにより祭祀が行われ、お仲間の巫女さんによる巫女舞が予定されていました。

神社が小さく、儀式や巫女舞は外で行うことになります。取りやめになっても仕方がなすのですが、御本堂に天神さまをお祀りし、行うことに致しました。

 

神仏習合の時代であれば、当たり前だったと思います。

数十年前に、京都の清水寺と石清水八幡宮などで、合同の祭礼が行われて以来、各地の神社仏閣でも共同で行われています。

埼玉では妻沼聖天山での開扉法要で、近くの神社による儀式が行われています。

 

顔出しOKと言われましたので、お一人だけは目隠しなしです。

 

儀式が始まりました。

先程まで笑顔でしたが、キリッとした面差しで行っています。

 

今回は雨のため、少ないお参りでした。

前もって巫女舞のことを話しておくこと、予定をホームページやブログで知らせておけば良かったと思いました。

 

巫女舞が始まりました。浦安の舞だそうです。

天神社では、以前も行われました。

 

普段は玉串奉奠が行われるのですが、今回はお寺ですので、全員がお焼香を行いました

天神社宮司より、きれいな所作に見えました。怒られるかな?

 

この女性は、ある県の神社宮司となるはずだったのですが、女性であると横やりが入り、他の人が宮司となったと話しています。

今でも女性宮司では、難しい地域もあるようです。

 

巫女舞の『やまとおとめ』のホームページです。

    やまとおとめ

 

深大寺参拝 東京都調布市

深大寺は、天平五年(733)の開創と伝えられています。

ズッと以前に深大寺に行った頃は、茶店もそば屋もズッと少なく、参拝者も少なかったと思います。

東京都は思えないほどの緑に囲まれています。

八王子の高尾山も緑が多いのですが、里と山の違いがあるとしても、趣がかなり異なります。

 

まず御本堂に参拝です。

 

元三大師堂では、御祈願中でした。

御朱印の方も次々に訪れています。

 

私の今日の目的は、お釈迦様です。

釈迦堂では、国宝の白鳳仏・釈迦如来像が拝めます。リンク

 
同じ時期に作られた、法隆寺夢違観音像と新薬師寺香薬師像の模造が祀られていました。
明らかに同じ工房で作られたと思われる同時代の仏像で、お顔も似ていますが、使用される金銅の成分も、驚くほど似通っているようです。
 
延命観音は昭和41年、秋田県の象潟海中から引き上げられた石に彫られています。

スポットライトに浮かぶ観音様は、穏やかなお顔をしています。

 
深沙堂の御本尊は秘仏です。
この地には豊かな池が多くあったようです。そこに水神である王(じんじゃだいおう)を祀ったのが寺名の起こりです。
深沙大王とは西遊記で知られる沙悟浄です。
 

門前街には鬼太郎茶屋がありました。

懐かしいお化けのキャラ製品が、たくさん売っていました。

私は見るだけです。友人達はなにか物色していました。

大國霊神社参拝

12日参拝

仲間は半袖、私は重武装での参拝でした。前日身体を冷やし、風邪一歩手前でした。

 

女性が池に人形を流していました。

 

仲間も一人流しています。珍しいこともあるモノです。

 

 

あじさい祭り 谷保天満宮 東京都国立市

今年に二度目の参拝です。

 

前回来たときには、杜の中にしか鶏がいませんでしたが、今回は拝殿前にもいました。

 

紫陽花祭は、前に行った高幡不動に比べれば、規模が小さいですが、日当たりが良いせいかよく咲いています。

もうしばらくすれば、より色が濃くなるのでしょう。

 

境内の厳島神社の池には、白いスッポンがいました。アルビノのようです。

 

駐車場に戻ろうとすると、沢山の鶏が集まっていました。

昼前でしたので、エサを待っているのでしょう。

 

菩提樹の花が盛りです

先日から黄色い花が一気に咲き出しました。

 

もう少しすると、さらに昆虫が蜜や花粉を集めに来るのでしょう。

 

もう数日すると、次々に花が落ちてきます。

一面黄色いジュウタンになります。

紫陽花の高幡不動 東京都日野市

春に高幡不動などを仲間と数寺社をお参りしましたが、一人行けませんでした。

行けなかった仲間と、まだ早かったのですが、今回は紫陽花に合わせて行くことにしました。

 

弁天堂回りの紫陽花です。

 

今回は全て廻らず、北側の半分だけです。

 

かなりの人が出ています。

 

段々花も見頃になり、今度の土日は、かなりの人出となるでしょう。

真言宗智山派別格本山 高幡不動金剛寺 東京都日野市高幡733 ホームページ    地図

 

重要文化財 平山家住宅 熊谷市樋春(ひはる)

ここは中世の館跡だそうです。

平山家の先祖は天正18(1590)年、深谷城落城後にに土着し、代々世襲名主を務める旧家となりました。

この建物の前に新しい住宅があり、現在はそちらに住んでいるようですが、まだ使用されているようです。

かつては樋春は樋口(ひのくち)村と言い、荒川の水を松材で作った樋管から、流域十数ヶ村に用水を通す樋の口のあった場所でした。

樋管と用水路の管理は、平山家の重要な仕事だったそうです。

ここまで立派な江戸時代の建物は少ないですが、規模は違っても私の子供の頃にはいくらでもありました。

 

 

館跡の堀なのか、低地ですから後世の堀なのか不明です。裏はかなり広い屋敷林です。

周囲は一面の水田だったのでしょう。すぐ裏はしばらく行くと荒川ですので、林の北側には深い堀がありました。用水かもしれません。

 

かつては長屋門もあったようです。

 

庭まで車で入って良いのか分かりませんでしたので、少し広がった道ばたに駐めさせていただきました。

平山家住宅 埼玉県熊谷市樋春974-8  地図

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