2020年10月

武蔵国高麗郡 某神社と某家の系図 歴史 游古疑考倶楽部調査委員会

ある神社の歴史と家系図について、常々おかしいと思っておりました。
ここの家が○○家の本家である。高麗郡の由緒正しい格式の高い神社であるなど、私の知る歴史とは大きく異なった歴史がホームページに掲載されています。

あちこちの神社におけるホームページは、廃仏毀釈以前に関して都合の良い歴史を書いてことが多々在ります。実際は寺であったのにかかわらず、始めから神社であったと案内板に書かれているのを見ることもあります。歴史の改竄が明治になって行われたのです。

それどころか平成になってからの改竄も見たことがあります。それも大きな石版に彫られていました。一緒に行った地元の歴史に詳しい友人は怒っていました。それは友人の先祖を侮辱した内容だったからです。さらに宮司は学校の恩師でもあったのです。


新編武蔵野風土記も信用できない部分があるのですが、何らかのヒントを与えてくれます。

同じような疑問を持つ隣の市の方々が、詳しい資料を掲載し、疑問点を整理しているホームページを開設しました。游古疑考倶楽部調査委員会ホームページlink

私がいただいた資料の一部です。

 

 

○○家の一番おかしいと思うのは、坂戸市の□□家が系図を借りながら、返さなかったと神社のホームページにあることです。
□□家に系図を借りながら、返さなかったのは○○家のはずです。
○○家が返していただけなかったら、新たな系図は○○家の創作なのです。自ら家系図を創作したことを認めている部分です。
私は50年前□□家ご本家にお話を聞いています。他の郷土史家の方や父からも同じ話を聞いていました。

ある大学の教授が資料を見せていただくと、見ただけで「けっこうな資料を見せていただいて、ありがとうございます」と言い、帰ってしまったと、一緒に行った人が何かに書いてあったのを思い出します。怪しいと思う人が他にも多くいるようです。

ホームページには、いろいろな資料が掲載されています。
今後も増えていくと思います。
  

 

小さな犬の七福神

来年のお正月に飾ろうと思ったのですが、一年ぶりに犬の保護活動をしている女性がお見えになりましたので、差し上げることに致しました。

彼女はインスタグラムに載せると話していました。

寺の名前は書かなくて良いと言ってあります。

 

七福犬となっており、向かって左から福禄寿、大黒天、寿老人、弁財天、毘沙門天、布袋、恵比須の順です。

 

 

可愛いですよね。

 

 

以前ご紹介した猫の七福神です。

御本堂に飾っておくと、阿弥陀堂の石屋が嬉しそうに「ください !」と言って、お堂に飾ってしまいました。

嫌がらせに、体に悪い物を時折食べさせています。喜んで食べるので、仕返しは成功しました。

 

 

七福猫ならぬ七悪猫になるかも知れません。

 

源氏物語の色紙 東聖観 高度箔押し印刷

ヤフオク!で染色作家東聖観(木下勝功)氏による源氏物語の色紙を手に入れました。

届いてみると写真とは別物でした。素晴らしい !

 

 

絵も良いのですが、箔が光り輝いて重厚さも感じられます。デフラサーモ加工による箔押しなのだそうです。

実際の色紙は、箔の部分が光り輝いています。キラキラ光りながら重厚な作品でした。

もっと良い画像で紹介すれば、良いのにと思います。

nachi_nol_tokyojoshiさんの出品作品です。

 

残念ながら東聖観氏は平成18年に逝去されたそうです。

 

智積院大七世化主 運敞僧正の書「群玉府」巧芸品

泊如運敞僧正(1614~1693)は智積院の教学を隆盛に導来ました。

この時期には1300名の僧侶が学んでいたそうです。

 

 

境内の密厳堂の建立や利休好みと言われる名勝庭園も僧正の力です。

残念ながら巧芸品ですが、まさか手に入れることが出来るとは思っていませんでした。

余裕が出来ましたら、表装に出したいと思います。

総本山智積院 運敞僧正忌 リンク

 

 

稚児大師色紙 智積院

今から40年以上前の弘法大師稚児像の色紙です。

何かの催しに記念品として作られたか、販売されたのかは忘れました。

 

 

掛軸もあったような気もしますが、遙か記憶の彼方です。

 

軍用手票 軍票 占領地で戦中に使用された擬似紙幣

戦中に日本軍が戦地で使用した擬似紙幣です。

日本に於いて最初に使用されたのは、西郷隆盛が使用した西郷札(さいごうふだ)だそうです。

かなり以前読んだ松本清張の「西郷札」がありましたが、残念ながら全然と言うほど覚えていません。松本清張 西郷札 wikipedia リンク

 

 

 

軍用手票wikipediaを読んでみると、後々問題になることが多かったようです。軍用手票wikipediaリンク

発行した国が敗戦となると、支払い義務がなくなることもあったようです。

 

世界中で、このような紙幣が使用されない平和な時代になるよう祈るばかりです。

 

←北斎(為一)の朝顔に雨蛙

 

北斎(為一)の朝顔に雨蛙 浮世絵

北斎が「為一」を使用していた1820(文政3)~1833(天保4)の作品です。

ただしアダチ版画による巧芸品になります。

北斎のいた時代の作品であるとすれば、とんでもない金額になると思います。

 

 

このような作品は初めて見ました。

どこに雨蛙がいるのかと思い探してみると、大きな花の左下にいました。これではぱっと見ただけでは分かりません。葉っぱと思っていました。

 

 

時々額に入れて、楽しみたいと思います。

 

←食彩酒房わごころ 埼玉県嵐山町               軍用手票 軍票 占領地で戦中に使用された擬似紙幣→

 

食彩酒房わごころ 埼玉県嵐山町

午後1時寸前に入りましたので、先客は3人だけでした。

注文はタブレットのような物を利用して行います。初めてでも簡単にできました。スマホになれている人ならば、誰でも簡単だと思います。

 

 

ランチメニューを選びました。何種類かありますので、野菜天ぷらの肉汁うどんにしました。

 

 

埼玉産の小麦粉を使用しています。

私の近在の饂飩屋さんと比べると、かなり上品な味がします。良い粉を使用しているからかも知れません。

もう少しボリュームがあると良いかなと思いましたが、食べ終わると十分な量でした。近かったら何度も行きたいお店です。

 

食彩酒房わごころ  埼玉県比企郡 嵐山町古里413-1 ホームページlink                地図リンク

 

←志賀観音堂の聖徳太子石仏               北斎(為一)の朝顔に雨蛙→

 

嵐山町 志賀観音堂 聖徳太子などの石仏

志賀観音堂には多くの石仏があります。

バイパスが出来てからは前を通ることがなくなりましたが、学生の頃から何度か寄ってお参りをしています。もう少し緑が豊かでした。

 

 

聖徳太子像は大工職人の神様として祀られました。

当寺には指金を持った掛軸があります。ブログlink

 

 

立派な宝とうです。

文字の聖徳太子塔や大黒天、馬頭観音、青面金剛、地蔵菩薩なども祀られていました。

 

 

志賀観音堂 埼玉県比企郡嵐山町志賀  地図リンク

 

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