2016年12月

『「寺院消滅」鵜飼秀徳著 日経BP社発行』を読んで

住職をしながら、他の寺・霊園のお手伝いをしながら、やっと食べている時代がありました。
その間に子供の養育、学費など、預金などする余裕などありません。
それどころか、貯金通帳の残高が、どんどん減っていました。
 
 
 
 
その間墓地を拡張し、檀家を増やしました。
現在45年前に比べて、2.5倍の檀家数になっています。
 
しかし、近頃は檀家になる人と引き墓をする人が、ほぼ同数となっています。
 
「寺院消滅」を読む数十年前から、このような時代が来るのを予測していました。
 
檀家数の減少は当市でも深刻です。
各地の寺で檀家がグンと減った、お寺が廃寺となり大きな寺と合併したなど、良く聞く話です。
祈願寺はもっと大変です。
人口の減少地域では、もっと深刻な状態になっているのです。
 
神社はもっとひどい状態です。
 
 
 
「消滅可能性都市」をこの本で初めて知りました。 消滅可能性都市リンク
少子化と人口減少が止まらず、存続が危ぶまれると指摘された896市区町村の自治体です。
信じられませんが、都内豊島区が入っています。
山間部の多い当市も、やはり入っていました。
 
隣接する市でも、住職が住まなくなった所もあります。
兼職をしなければ、お寺を維持できない寺が多々あるのですが、お葬式があっても休みが取れないことがありります。
 
某県他宗派の先輩などは、会社から「寺を取るか、会社を取るか。」と言われ、生活のため会社に勤務し続けることにした方がいます。
その寺は、近在のお寺さんの兼務寺になったようです。
 
 
この本によれば、2040年までに、寺院数が49.8パーセントに減少すると書かれています。
統計ではっきり出ている数字のようです。
 
 
子供の減少、結婚しないなど、人口はどんどん減っていきましす。
地方から都会に子供達が仕事を求め、お寺でなく霊園にお墓を移したり、永代供養にする人も増えています。
 
当寺でもお墓を守る人が3件絶えてしまったために、永代供養塔を建設しました。
その結果、ますます寺離れ、お墓離れ、葬儀離れを実感しました。
来られた方の半数以上が、葬儀をしていません。
 
イメージ 2
 
 
 
地方だけでなく、都内を含む多くの地域で起きていることです。
霊園に手伝いで行くと、控え室には地方から都内に出て、お寺を維持している人が、何人もいます。エセ僧侶もいますが。
 
お寺の住職は、みなベンツに乗っている、税金を払わなくていい、坊主丸儲け、とんでもない誤解です。
65万円で買った中古のマツダをみて、「でも、あの車はベンツでしょう。」と言った檀家さんもいました。
 
坊主、先生、医者は○○○なども実際にはあまり聞きません。知る限り他の職業の人の方が、遙かに多いと思いますよ。
あえて言っておきます。
 
各地のお寺の窮状を知っていますが、永代供養塔を建てたことにより、檀家を取っていることになります。
これでも心苦しく思っているのです。
 
これから住職として、どのように対応していくか、意識改革が必要なことは分かっているのですが。さて。
 
 

真言宗豊山派 金剛寺青梅市発祥の寺 東京都青梅市

青梅市の金剛寺です。
青梅(おうめ)の由来になった青梅(あおうめ)の木があるお寺です。
また、平将門公の創建の寺として知られおり、江戸時代に作られた将門公供養のための位牌が残されています。リンク
 
江戸時代は真言宗の檀林として、20石の有力寺院でした。
今でも豊山派の有力寺院として知られています。
 
 
 
 
 
しだれ桜の木がありましたが、かなり幹が切られています。数年前の大雪で折れてしまったのそうです。
二代目が脇に植えられていました。
 
青梅市にはお寺にしだれ桜が多いですね。
 
 

 

さて、青梅の元になった梅の木です。もう何代目になるのでしょう。
相当な老木ですね。
 
 
 
 
 
 
山門を入って、すぐ右手に幼稚園があります。
金剛寺が経営する幼稚園です。リンク
 
 
 
運転をしてくれたAさんは、ここの幼稚園には白人の子が多いと話していました。
米軍関係者なのか、あるいはどこかの会社関係なのでしょうか。
 
 

 
話は変わりますが、住職はバス釣りのプロなのだそうです。
Aさんの奥さんの実家は、青梅市なので詳しいですね。


金剛寺  東京都青梅市天ヶ瀬町1032  地図
 

「水をたくさん飲めば、ボケは寄りつかない 」 (講談社+α新書)を読んで

約一月の入院中、同室の老人達が、次々にぼけていきます。
 
夜昼かまわず大声を出したり、ニュースの声に対応して、「□□の馬鹿野郎。」と怒鳴ったりしています。
他の部屋では、今朝奥さんが来ていたのにもかかわらず、「家内が今日も来ない。」と言ったり、何度も出入りしながら部屋に帰れなくなっている人もいます。
 
ベットから降りない人が多かったのを思い出します。
 
それでも農家のおじいちゃんは、息子さんが来ると、農作業の手順を分かりやすく話していました。
 
 
私は先生や看護婦さんの言われたとおり、廊下を歩いたり、水分を1リットル以上飲むなどしていました。
水分は流動食と点滴だけの人もいます。
 
談話室で親しくなった方と話をするのも気ばなしになっていました。
 
言われた通りにしていたのは、同室で私だけでした。
年齢も私が一番若かったからかもしれません。
 
「水を飲み、十分な 栄養をとり、適度な運動を行うと、 認知症患者のほとんどに完治、あるいは著しく改善が見られる。」
 
この本を読んで、半信半疑でしたが納得です。
実際に実践した老人ホームの結果が証明しています。
 
 
 
 
 
 
 
 
認知症は水を飲めば治る!。
ボケは薬で治らない。
熱中症と認知症はよく似ている。
 
水をたくさん飲むと、ぐっすり眠れる。
老人ホームからおむつが消えた理由。
身体を動かさないと「認知」できない。
 
なぜヨーロッパには精神病院がないか。
日本の介護をダメにしている真犯人。
元気になれば、あっさり死ねる。
 
認知症はガンよりずっと少ない。
 
などなど、興味深い話ばかりです。
だまされたと思って、読んでみて下さい。
 
 

平将門の子孫・三田氏のお寺 曹洞宗海禅寺 東京都青梅市

海善寺は平将門公の子孫と称した三田氏のお墓があるお寺です。
三田氏の関連もあるのでしょう、青梅市には大きなお寺が多いです。
かつて栄えた地域であったことが分かります。
 
 
今日はかなり歩いたので、この程度の階段でも、きついです。
本当に情けない。
 
すごい山門です。すぐ脇に無粋な避雷針が立っていますが、何度も火災に遭った寺としては、致し方が無いですね。
 
 
 
緑の多い境内は以前来た時もきれいに掃き清められ、気持ちの良いお寺です。
先ずは御本堂に参拝しました。
 
 
現在はこのように本堂を開け広げているお寺は、ほとんど無いでしょう。
見えないところにセキュリティ対策が施されているのかもしれません。
 
 
御本堂を左に折れると、三田氏の墓と伝えられる場所に出ます。
 
 
 
 
 
春の桜の頃は、見事でしょう。
 
 
 
大きな楠が何本かあります。たしかに山間部では珍しいですね。
 
 
ツツジや桜の花の頃は、多くの方が見学に訪れるそうです。
 
青梅市の中心地は青梅宿として栄えましたが、現在は東部の平地が栄え、旧市内や山間部は大変なのだそうです。
私も以前は時々青梅に行くことがありましたが、旧市内はほとんど行ったことがありません。
山間部には、小さなお寺がいっぱいです。以前知り合った住職さんは、他のお寺の手伝いで、やっと食べてると言っていました。無住のお寺も多いようです。
関係ない話で、申し訳ありません。
 
 
青梅市二俣尾4-962   地図 

高水山常福院参拝 東京都青梅市成木

高水山常福院の古いお姿札(おそらく江戸期)を手に入れました。高水山Wikipedia
青梅の他の寺も含めて、お参りすることにしました。
今回も運転手はAさんです。
地図リンク
 
 
 
青梅でもかなり山の中にあります。ご住職は麓の本坊に住んでいるようです。
 
近くまで車で行けるとありましたが、一昨年の林道崩落のため、途中から参道から登ることになりました。
ネットで調べても崩落で車の通行がだめなどと、どこにも書いてありませんでした。カーナビでも近くまで行けそうでした。残念。
 
約一時間かかります。
 
 
 
甘かったですね。普段使用している靴だったので大変です。
Aさんはサンダルです。
 
分かっていたら行かなかったかもしれません。
「Aのバカヤロー、何故止めなかった!」と悪態をつきながらの参拝でした。
足ががたがたです。
 
 
 
ちょうど一時間で到着です。
 
 
山門の仁王様?です。
 
 
 
でも右の仁王様は?。三面でイノシシに乗っています。
まさか摩利支天なのでしょうか?。
 
 
今年もトライアスロン大会が行われており、人は通行出来ないわけでは無いようです。
この時だけは可能なのでしょうか?。
 
 
常福院本堂には波切り不動明王が祀られています。
 
 
 
三峯と同じく、ここにも山犬(日本オオカミ)の信仰があったようです。

 
 
 
本堂脇には、「皇太子様、雅子様登山記念」の碑がありました。
おそらく当日は、何百人もの警察の方々が、お二人のために目に見えない形で、警護していたのでしょう。
 
かつて関越自動車道を群馬方面に向かっていると、警察車両が反対車線を次々とすれ違いました。。帰りに圏央道「狭山日高」に向かうと、帰りの警察車両が何台も通ります。さらにICを降りると飯能方面からも次々と来ました。
当日のニュースで、皇太子様が飯能の山に来られたと、放送していました。
「ああそれで!」と納得しました。
 
後日地元の方に聞くと、家から出ないように警察から言われていたそうです。
皇太子様からは、あまり警官が見えないように、山全体を取り巻くように警護していたようです。
沖縄での現天皇陛下ご夫妻の慰霊の時、過激派が火炎瓶などを投げた事件「ひめゆりの塔事件」の二の前を恐れての対応のようです。
 
 
御本堂の裏には小さなお堂があり、倶利伽羅不動明王、地蔵菩薩、弘法大師、興教大師と弁財天の石仏が祀られていました。
 
 
 
 
ここから山頂には、5分ほどで行けます。
ハイキングの方に10人ほど会いましたが、皆さんチャンとした装備をしています。
「こういう格好じゃないとだめだよ。」と言われてしまいました。

 

途中右手を見ると、埼玉県飯能市名栗の「鳥居観音」が遠望できました。
考えてみれば、飯能と青梅は隣同士です。 別のブログlink
 
 
山頂に到着しました。
 
山頂から青梅市内を望む
 
帰りは禁止の車道から帰りました。
普段歩かないので、足がガタガタです。
 
 
 
東を望むと都心が見えました。
 

 

崩れた場所を通ると、道の三分の一を大きな土嚢で補強してありました。
通れて良かったのですが、あくまでも自己責任です。まねしないで下さい。
道路には他の場所のあちこちで石が落ちていました。
 
帰りは車を置いた場所まで、車道を歩いても一時間かかりました。
 
次に奥多摩町棚沢の「将門神社」に向かいました。
次回に続きます。
 
御朱印や護摩祈禱などは事前に問い合わせが必要だそうです。山頂での納経は日曜祭日になるようです。
 
高水山常福院  東京都青梅市成木7丁目1131  地図link
 
常福院本坊     東京都青梅市成木7丁目1192 地図link
     ☎0428-74-6433 
 

将門神社と将門山三面不動尊 西多摩郡奥多摩町鳩ノ巣(棚沢)

将門神社(旧多名澤神社)
 
自分の記憶を頼りに向かいましたが、少し通り過ぎてしまいました。
「将門」の信号のあるT字路のすぐ北側ですが、階段だけで車は止められません。
「鳩ノ巣」駅の西側を北に向かい、ほぼ道なりに行くと、東に向かいます。
人がいたら聞いてください。
 

 

手前に車が止められるスペースがあります。
 
この下の先が「将門」の信号だと思います。
以前来たときは、柵などはありませんでした。安心ですね。
 
 
 
将門神社に着きました。
将門公の子・良門が父の像を祀ったのが始まりと伝えられています。将門公の末裔と伝えられる三田氏が、ここを総鎮守としました。
 

 

 
神社前のきれいな彩色の狛犬は、陶器製だと思います。
 

 

廃仏毀釈後は色々あったのでは無いでしょうか。
普通ならば将門の社名は消されていました。実際近くの神社に合祀されましたが、戦後地元の熱意が元に戻させました。
 

 

将門公の娘「御幸姫観音」だそうです。

 

ここの近くから、三面不動尊に向かいます。もうちょっと案内板があれば、分かりやすいのですが。将門神社の案内板しか目にしませんでした。
 
奥多摩町には、まだまだたくさんの将門神社があります。
他のブログも参照して下さい。 
東京の平将門を祀る寺社リンク  
 
 

 

将門山 三面不動尊

古い不動像が、祀られていました。

 
下の三面不動尊は以前行った時の写真です。
平安時代の作だそうです。

 

 

三面不動尊はここだけだったと思います。他では見たことがありません。
他の仏様が修復されて、不動明王とされたような気がします。
 
将門神社 東京都西多摩郡奥多摩町棚澤178地図link
 

 

ままごと屋-小澤酒造(澤乃井)のお店 東京都青梅市

十年以上前には、家内と何度か食事に行っています。
美術館、酒蔵見学などあり、お酒の飲めない私でも楽しめます。
「JR沢井」駅からすぐです。  地図
 
小澤酒造
 
小澤酒造の道の向かいに駐車場があり、階段を降りると「ままごと屋」などがあります。
ままごと屋は、一度だけ家内と入ったことがあります。
結構高額な料理でしたが、美味しかったですよ。財布に余裕がある方は、是非食べに行って下さい。
 
 
私たちは、ままごと屋の支店「豆らく」にしました。他にも食べる場所が何カ所かあり、家内とはそのような場所が多かったですね。でも美味しいですよ。
なにしろ懐に余裕はありません。
 
 
吟糠の揚出し膳にしました。
ご飯が少ないので、物足りなさそうな気がしましたが、けっこうお腹にたまります
 
 
隣席の女性達は、都内から電車で来たようです。女性客かほとんどでした。
都内で食べたら、もっともっと高額になるでしょう。
 
この料理にある品のいくつかは、外の売店でも売っていました。
 
食後は多摩川を渡り、対岸まで行きました。
吊り橋がいいですね。
 
 
対岸の寒山寺です。
 
 
左側には「櫛かんざし美術館」が見えます。リンク    地図
 
 
 
今回は行きませんでしたが、素晴らしい品々が展示されています。
かなり広い駐車場があります。ままごと屋に停められない場合は、回り道で遠くなりますが、見学かたがたここに置くと良いでしょう。
ここも小澤酒造の経営です。
 
櫛かんざし美術館から少し離れますが、「玉堂美術館」があります。リンク地図
以前昼食をここの「いもうとや」で食べました。
 
橋の上から撮った売店前の売店前の風景と「ままごと屋」です。
 
 
 
気軽に食事をするなら食券を買い、うどん、おにぎり、おでんなどが食べられます。
かなり並んでいました。
 
 
売店では、土産に豆腐、厚揚げ、柚のジャムを買いました。
 
 
酒蔵見学もおすすめです。聞き酒も出来ます。
 
 
今回は見学しませんでしたが、以前に3回あったと思います。
この近くからら道路の下のトンネルを抜けて行きます。
 
なお、一緒に食べたAさんは、消防団員ですが、食事中に火災発生を知らせる消防団アプリ「め組」(めぐみ)は、小澤酒造の社長が作ったと聞いていると話していました。
 
 め組リンク
 
Aさんのスマホに時々火災発生の知らせが入ります。このアプリだったのですね。
 
たしかに青梅商工会議所が「め組」のホームページにリンクされてますね。
 
 
ままごと屋  リンク
   東京都青梅市沢井2-748 
 

龍泉寺と厳島神社(弁財天) 埼玉県日高市栗坪

先日、時間がありましたので、龍泉寺と厳島神社に寄り、お参りしてきました。
 

真言宗智山派 龍泉寺

 
新編武蔵野風土記によれば、元は市内高岡にあったようです。旧地には地蔵堂があり、そこには三石の朱印状がありました。
 
 
 
 
本堂前の如意輪観音、地蔵菩薩石仏
 
 
 
左側の六地蔵石幢には文政13(1842)年と彫られてあります。
 
 
龍泉寺 埼玉県日高市栗坪124番地  地図link
 
 

厳島神社(弁財天)

 
滝泉寺の北側にこの神社があります。
 
 
 
亡くなられた地井武男さんが、その前年2011年に「ちい散歩」で来られています。
 
 
 
 
 
 
すぐ裏に高麗川が流れており、岩場の上に祀られています。
 
 
 
ちなみに広島県宮島の厳島弁財天お姿です。
 
 
 
 
高麗川の流れが岩場に当たり、左に折れています。
小高くなった頂上に神社はあります。水神様としての弁天様を祀るには、ふさわしい場所です。
ここの歩道をさらに上流に行くと、巾着田に行くことが出来ます。
 
 
 
何人かの人が歩いていました。
 
 
 
巾着田で散歩する人が多いですが、少し離れて下流の道を歩くのも風情があっていいですね。
 
 
 
 
 
日高市中沢には、願望弁財天も祀られています。 
私の別のブログに書いてあります。
 
願望弁天 リンク
 

ヴィッラ・デルピーノ 都下檜原村のイタリアンレストラン

友人が全額持ちで、美味しい料理を食べさせてくれると言うので、図々しく檜原村のイタリアンレストラン「ヴィッラ・デルピーノ」に行かせてもらいました。  地図     facebook
 
 
 
感じの良いレストランです。
 
 
 
本日は都合により、私たち4人だけの貸し切りでした。
 
 
 
一人でやっています。
 
 
料理は地元産の新鮮野菜を使用しています。
最初のスープから美味い!と、感嘆符が出てきます。
 
 
蕪のスープ
 
 
リボリータ
 
パンはおかわりできます。
 
パン
 
 
パスタがあったのですが、撮り忘れました。
 
スパゲティー
 
 
 
とにかく素晴らしい味です。今まで食べたソテーの中では、一番の味でした。
 
ソテー
 
 
赤ワイン・コンポート
 
最後は好きな飲み物を申し込みます。
 
 
 
食べ始めてから2時間が経過していました。
私が食べたイタリアンの中では、おいしさ№1です。
美味しい、満腹、満足。
 
満腹で夕食が食べられませんでした。
 
Nさん、ごちそうさまでした。
 
 
 
ヴィッラ・デルピーノ
東京都西多摩郡檜原村本宿5493地図
電話 042-598-1054
ランチ    11:00~15:00
ディナー 18:00~22:00  要予約
定休日 水・木曜日

日本の滝100選 払沢の滝 東京都檜原村

払沢(ほっさわ)の滝は日本の滝100選に選ばれています。
東京都西多摩郡檜原村本宿  地図
 
 
 
 
山道は良く整備されています。
道には木のチップが撒かれていて、柔らかく、滑りません。
 
 
途中に郵便局がありました。でも看板に木工房「森のささやき」とありました。
 
 
 
 
変化に富んだ渓谷ですね。
 
 
 
 
皆さん挨拶しながらすれ違っています。
 
 
 
 
15分で到着です。
 
 
この川の水が、檜原村の水源になっています。水の中には入れません。
 
 
 
 
いつもお世話になっているAさん。あれほど私と行くときは靴に注意と言っているのですが、革靴でした。
 
 
 
この後で100メートル手前のレストラン「ヴィッラ・デルピーノ」に向かいました。
次回になります。
ページ上部へ