2022年04月

深谷市と嵐山町の畠山重忠像 熊谷市の斎藤実盛像

NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』が注目されています。畠山重忠公像のある二カ所と斎藤実盛の像を取り上げます。

時代が鎌倉末になりますが、新田義貞公・足利尊氏像も入れました。

 

畠山重忠公史跡公園  

埼玉県選定重用遺跡となっている畠山館跡は、ここで重忠公は誕生したと伝わっています。

   埼玉県深谷市畠山510−2  地図link

 

大きな銅像が建っています。

 

重忠公墓の覆い屋です。

 

重忠公墓

 

畠山重忠公 産湯の井

 

菅谷館跡

   埼玉県比企郡嵐山町大字菅谷  地図link

 

館跡の像です。

 

 

 

埼玉県立嵐山史跡の博物館では、重忠公がいろいろな説明をしてくれます。

 

埼玉県立嵐山史跡の博物館

 

※私が求めた畠山重忠の歌舞伎浮世絵です。

 

斎藤実盛公

   妻沼聖天山   埼玉県熊谷市妻沼1511  地図link

歓喜院境内にあります。

 

 

歓喜院は埼玉県の日光です。

 

新田義貞公

生品神社  群馬県太田市新田市野井町645  地図link

ここより軍勢を引き連れ、鎌倉へ出陣致しました。

 

 

 

新田荘歴史資料館  群馬県太田市世良田町3113−9 地図link

 

原始から現代までの資料が展示されています。

 

 

※私の新田義貞公掛軸です。

 

足利尊氏公

  栃木県足利市大門通2376 地図link
 
鑁阿寺境内を出てすぐの大日大門通りにあります。NHK大河ドラマ「太平記」の年に建てた銅像です。
 
 
 
金胎両部の大日如来が御本尊です。
 

 

 

 

車であれば、どこも気軽に回れる場所ですが、鑁阿寺は土日・祝日は駐車場が満杯になると思います。

連休中の高速道路は大渋滞になります。

 

 

根津神社 満開のツツジ 文京区

根津神社のツツジが満開を迎えました。

先ずは表参道から巡ります。

 

 

宝永3年(1706)、この地に遷座しました。

 

 

由緒ある神社であることを実感する楼門です。

 

 

日本武尊が創祀したと伝えられ、御祭神として須佐之男命・大山咋命・誉田別命をお祀りします。

 

 

乙女稲荷の千本鳥居です。

京都の伏見稲荷を思い出しました。

 

 

倉稲魂を祀ります。

 

 

神苑のツツジを巡る人が、大勢いました。

 

 

 

 

帰りは裏門から出ました。

 

 

 

晴天であれば更に鮮やかに感じられたと思います。

連休中は更に多くの方が訪れるでしょう。

 

根津神社ホームページlink

根津神社  東京都文京区根津1丁目28−9 地図link      

 

愛犬と御朱印の寺 全東院 群馬県伊勢崎市

ネットで調べると、御朱印に力を入れている寺がありましたので参拝致しました。

七福神など、愛らしい石像が祀られています。

 

 

 

御本尊がお釈迦様ですので、何体かの石像に黄色い衣が掛けられていました。

 

象の上に香炉が備え付けられています。

 

本堂前に可愛いワンちゃんがいます。

 

 

しっぽを振ってきますので、番犬にはなりません。

撫でてあげると嬉しそうな顔をしました。

 

 

他の二ひきの犬も愛嬌あるワンちゃんでした。

 

このお寺では御朱印に力を入れていますが、私は二十数年前から御朱印帳を持たなくなりました。

 

全東院の御朱印はネットで調べてみてください。ホームページ・tweeter・Instagramに投稿しています。

可愛い御朱印です。

 

全東院tweeter リンク      

 

曹洞宗 全東院  群馬県伊勢崎市波志江町4751 地図link

 

 

奥原の摩利支天尊 群馬県前橋市

川崎大師分院蓮花院駐車場より100メートル東に祀られています。

 

 

 

碑に「明治19年11月28日に当時の佐波郡芝根村川井の御本社より守護神として奥原の地に分祀されました。」とあります。

現在の佐波郡玉村町川井にある八千矛神社(摩利支天神宮) から迎えられました。

 

 

八千矛神社(摩利支天神宮)  群馬県佐波郡玉村町川井1192   ブログlink

 

奥原の摩利支天尊  群馬県前橋市下増田  地図link

 

今宮八幡宮 群馬県前橋市

厄除大師蓮花院の西隣にある神社です。

蓮花院の山号が今宮山ですので、廃仏毀釈以前は何らかの関係があったと思います。

 

高崎市の今宮八幡宮が、京都の石清水八幡宮を勧請した神社ですので、こちらも同じかも知れません。

 

 

 

お水屋

 

 

 

御祭神は譽田別命ですから、応神天皇のことです。

 

飼育神社と赤城神社が並んで祀られています。

 

石祠が裏と西脇に摩数多く祀られていました。

 

こちらのお社は名前が分かりません。

 

 

今宮八幡宮  群馬県前橋市下増田町1624 地図link

 

川崎大師分院 厄除大師 蓮花院 群馬県前橋市

10年前にも参拝に訪れています。その時に御住職・副住職にご挨拶をしたことだけは覚えています。

 

以前の写真を見て気がつくことは、やはりコロナ対策です。

どこの神社仏閣でも神経を使っていることが分かります。

 

 

 

御本堂の御本尊は当然弘法大師です。

「南無大師遍昭 南無大師遍昭 南無大師遍昭」と三遍お唱え致しました。

花祭りも行われていましたので、お釈迦様にも三遍甘茶をかけます。

 

 

 

 

御本堂以外にも大師堂があります。

 

 

お大師様の前には七福神が祀られていました。

 

 

 

右側の御堂は、高尾山の天狗です。

スゴイ迫力のお面です。

 

 

 

良縁堂は女性向きの御堂でした。

 

 

 

これだけ広い駐車場は、一般の寺院では珍しいですね。

撮してる私の後ろにも広がっています。

 

 

 

ホームページlink

前橋厄除大師  蓮花院   群馬県前橋市下増田町1626 地図link

 

 

関の磨崖仏・善光寺式阿弥陀三尊 群馬県桐生市

赤城山噴火の泥流により造られた集塊石に刻まれた阿弥陀三尊の磨崖仏が祀られています。

すぐ南側は鏑木川です。

 

 

 

 

 

鎌倉時代に刻まれた阿弥陀三尊です。高さ128cm、幅・奥行き各80cmの舟形になっています。

両脇持の観音菩薩・勢至菩薩は冠があり、善光寺式阿弥陀三尊の特色があります。

 

 

 

 

北側には庚申塔、子育て観音?、千手観音の石仏が祀られていました。

 

 

 

磨崖仏の裏側です。

 

 

鏑木川に添って、馬頭観音石仏が並んでいました。

 

 

 

今でも大事にされている石仏群でした。

 

※参考に善光寺式阿弥陀三尊図です。

 

 

 

熊谷市の江南文化財センターの日本一古い善光寺式阿弥陀三尊板碑

善光寺式阿弥陀三尊板碑  寛喜二年(1230) 

 

 

 

関の磨崖仏  群馬県桐生市新里町関67−1 地図link

 

シャクナゲの成田山赤城寺 群馬県桐生市

桐生市・太田市は何度も出かけていますが、以前から成田山赤城寺を参拝するには、石楠花のころと決めていました。

5000株もの花が咲きそろうようです。

 

 

境内に至る道は一方通行になります。

大型車両は通れませんので、観光バスなどを使用する場合は一旦乗客を降ろし、バス駐車場に移動する必要があります。

 

駐車場に向かうと、満車に近い状態でした。

連休中はかなり混み合うことになりそうです。

 

 

山門を通り、先ずは御本堂に参拝です。

お賽銭は小銭が金融機関に手数料を引かれるどころか、赤字になりますので、ここで多めに入れさせていただき、他は殆ど略させていただきました。

 

 

たしかに石楠花の寺です。

至る所に咲き誇っていました。

 

 

 

信者さんの奉納された石仏や仏像などが、アチコチにありました。

 

 

 

まゆだま大黒天の周りには、不動明王を中心とした五大明王が描かれてありました。

 

 

 

 

久しぶりに高低差のある所を参拝致しました。

 

 

しかし、数多くの花に癒やされます。

 

 

 

 

世直しトップ地蔵です。

 

 

先代ご住職とコロンビアトップさんは親しい間柄だったそうです。

 

志村けんさんが奉納した大黒招き猫です。

 

 

隣の像は道祖神ですが、! ! ! ! ! !

 

 

昨年に先代ご住職が亡くなっています。

今はマスコミにも紹介される娘さんが、新住職となっています。

かつて新型コロナの流行のため、御朱印に関し慎重な様子がホームページに書かれていました。

先代御住職にうつらないようにとの思いがあったのだと思います。

 

上毛三山の赤城山は、ここからは見渡すことが出来ません。

 

 

西に向かうと山全体を眺めるられる所があります。

 

成田山赤城寺ホームページlink

 

成田山赤城寺 群馬県桐生市新里町大久保413−4 地図link

 

 

重要文化財 山上多重塔 群馬県桐生市

山上の多重塔は、重要文化財となっています。

明治期に発見されました。

高さは185㎝で、上の屋根部分を外し、かつては三層部分に法華経が納められていました。

 

 

このあたりに知られていない寺院があったのかも知れません。

 

 

桐生市のホームページには、「銘文の文意 この塔に如法経を安置する。朝廷・神祇・父母・衆生・合霊の利益のためである、小師道輪が延暦20年(801)7月17日に無間の苦しみを受けている衆生を救い、永く安楽を得、彼岸に到達できるように願い建立した。」とあります。

 

僧・道輪は文献に出てこないようですが、中央から派遣された僧侶だったのだと思います。

僧・道忠の弟子だったかも知れないとする方もいました。

 

 

私が行ったときは、相輪がありませんでした。

下に置いてあったようです。

 

 

枝垂れ桜の頃も良さそうです。

 

ポピーが敷地一面に咲いていました。

 

 

 

 

北側には赤城山が一望できます。

 

塔婆 石造三重塔(山上多重塔)    群馬県桐生市新里町山上2555  地図link

 

 

山上城跡公園 群馬県桐生市

山上城は山上五郎高綱により館が築かれたと伝えられています。

北条氏康・上杉謙信により攻略され、さらに武田勝頼が攻めて廃城となりました。

 

城跡の一部が公園となっています。

 

 

赤城山の大きなムカデと日光男体山の大蛇が、争ったとの伝説があるようです。

左側が山上城です。

 

広い城跡は、子供向けの遊具が置かれています。

 

猿・サイ・牛などの石像がありました。

 

 

駐車場は無料です。

 

東側から見た山上城跡です。

 

城主の一族と思いますが、山上郷右衛門がいました。

北条家家臣として豊臣秀吉と交渉し、後に徳川家康の武将として活躍しているようですが、明らかなことは分かりません。

晩年は山上の地に戻ったようです。

2015年6月6日 常広寺に供養塔が建立されています。

 

山上城跡公園 群馬県桐生市新里町山上297−1  地図link

 

 

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