2021年12月

お正月準備完了

いよいよ明日で令和4年です。

元旦から武蔵野七福神・福禄寿様参拝の方々を迎える準備が整いました。

 

 

 

今年は葬儀屋さんがシンビジューム、花屋さんが白い蘭と生け花を持って来てくれましたので、超豪華です。

 

 

 

 

新しい根付けも数点増やしました。

 

 

掛軸も四点掛けてあります。

今までにブログ以外では、ご紹介していません。

吉沢貫達氏の仏教版画、七福神の福禄寿と恵比寿、仏画では十一面観音です。

 

 

午後7時過ぎました。

 

 

 

 

しかし、毎年忘れている物が何かしらあります。

正月早々焦らないようにしたいのですが、無理かも知れません。

 

来年もよろしくお願い申し上げます。

 

 

長谷寺式 十一面観世音図像

真言宗豊山派・総本山長谷寺御本尊・十一面観音様は像高10メートル以上あり、国の重要文化財となっています。

 

この図は全高が158㎝の印刷された掛軸です。

かなり多く制作されたと思いますが、画像検索しても出てきません。

真言宗豊山派寺院販売用に作成されたのかも知れません。

 

 

 

二体の脇士は雨宝童子と難陀龍王です。

 

八大童子の内、雨宝童子です。天照大神の化身です。

 

八大龍王の内、難陀龍王です。

 

長谷寺御本堂

 

真言宗豊山派総本山長谷寺には三度参拝致しました。

二度目の参拝は、45年ほど前になります。西国三十三観音霊場第八番札所となっていますので、ここで札所廻りの掛軸を求めました。

何度か分けましたが、最後の四ヶ所は台風のために諦めて帰るしかありませんでした。

未だ空欄のママです。

 

三度目の参拝は、今から9年前に参拝いたしました。

上はその折の写真です。ブログlink

 

豊山派総本山長谷寺   奈良県桜井市初瀬731−1  地図

長谷寺ホームページ

 

 

本堂にメジロが飛来

寺院葬の準備をしていると、本堂内陣にメジロが飛来しました。

追い出そうとしても飛び回るだけで、天蓋などに隠れてしまいます。

 

 

葬儀屋さんと二人で追い出そうとしましたが、天井近くを飛び回るだけで、一向に下を飛びません。

 

 

 

 

こちらと思えば又あちら !

 

 

花屋さんが準備に来て、網で捕まえてくれました。

約35分の捕物劇です。私たちが翻弄された一時でした。

 

恐竜の子孫が空を飛ぶなんて、信じられません。

しかしメジロは必死だったでしょう。

目を白黒していました。

 

 

太田市 永代供養 新田触不動尊 新田義貞 西慶寺 高野山真言宗

西慶寺

以前他の新田触不動尊を参拝したのですが、郷土史の方はこちらが本家本元だと話しているそうです。

新田氏の祈願寺でしたので、間違いないでしょう。

 

大同2年(807)勝道上人の開山 と伝えられる古刹です。

境内には多くの木が植えられています。四季折々に楽しめる寺です。

 

間口7.5間、奥行き6.5間の新しい御本堂が建立されていました。

御本尊様は阿弥陀如来です。

 

梵鐘は太田市指定文化財になっており、新田触不動尊(にったのふれふどう)の縁起が刻まれています。

不動明王が新田義貞鎌倉攻めのおり、越後国の新田一族に知らせるために、天狗や山伏に化して触れ回ったと伝えられています。

このことにより援軍数百名馳せ参じました。

 

こちらが触不動の御堂です。

 

北関東三十六不動尊霊場の9番札所になっています。

 

永代供養塔

久しぶりに西慶寺のブログを拝見すると、永代供養塔(永代供養墓)が完成していました。

 

 永代供養墓

 

以前御住職に伺うと、近在の寺院より低価格の永代納骨料を考えているそうです。

何と当寺(円泉寺)より低料金の10万円以下だそうです。調べてみると太田市で最も低価格でした。

 

群馬と埼玉では共に影響はないと思いますので、ご紹介させて頂きました。

永代供養を検討している方は、問い合わせてみると良いでしょう。

樹木葬や低価格の墓も用意しているようです。

 

近々ホームページを作成する予定と聞いています。

 

西慶寺Tel.0276-37-1341

西慶寺  群馬県太田市烏山 上町1426−1 地図

東武桐生線「治良門橋駅」から約700メートル

 

西慶寺に御縁のある新田義貞(右側)の浮世絵です。

庫裡に飾ってあります。

西慶寺は四季折々の花が咲いています。

 

季節ごとに楽しめる境内です。

 

 

※永代供養墓・芍薬の花・浮世絵は許可をいただき、ブログから借用致しました。

西慶寺カフェ (ブログ) リンク

 

 

境内の花を愛でながら散策も良いでしょう。

 

新田義貞図

 

大日本名将鑑 月岡芳年作・新田左中将義貞

 

 新田義貞 稲村ヶ崎の曙の月

 

同時代の楠木正成 菊水紋

 

 

当寺の大工神(聖徳太子)図が、産経新聞記事に使用されました。

聖徳太子没後1400年を記念して、各地でいろいろな催しが行われています。

産経新聞に当寺の指金を持った聖徳太子図が使用されました。

 

 

 

 

 

掛軸は信州安原山宝幢院とあります。現在の長野県松本市の安原山大安楽寺のようです。

おそらく宝幢院より発行された図です。

 

記事は有料になりますが、産経新聞のホームページより読むことが出来ます。聖徳太子産経新聞記事リンク

 

以前の円泉寺大工神ブログlink

 

善導大師御影

先日檀家さんからお預かりした掛軸です。

広げて見て、すぐに浄土宗関連の図と思いました。

善導大師は南無阿弥陀仏の称名念仏の思想を確立し、日本においても浄土宗法然上人・浄土真宗親鸞上人に大きな影響を与えました。

 

善導大師御影(みえい)を検索すると、同じような図がありました。

南無阿弥陀仏とお唱えすると、五体の阿弥陀さまが姿を現している図です。

お預かりした掛軸の図も同じでした。

 

 

 

紀州藩の第7代藩主・徳川 宗将(とくがわ むねのぶ)が、播磨国龍野大慈院に三尊阿弥陀如来像一幅と善導大師像一幅を奉納した古文書のコピーが入っていました。

 

播磨国瀧野は現在の「兵庫県加東市」です。

兵庫県加東市には、高野山真言宗の光明寺大慈院があり、善導大師御影堂があります。

大慈院が真言宗とは思いませんでした。

承和14年(1174)に天台宗慈覚大師円仁によって、大師の御影が招来されています。

 

 

宝暦3年(1753)に慈覚大師招来の御影を写し納めた証明が、この古文書のようです。

 

 

 

さらに二幅の内、善導大師御影を新たに描き、工芸印刷にて制作された掛軸なのかも知れません。

 

大慈院 兵庫県加東市光明寺433 地図

 

 

※この掛軸は、後日浄土宗か浄土真宗僧侶に使用していただくつもりです。

 

 

真言宗智山派 宥勝寺 埼玉県本庄市

大学生当時の恩師が、宥勝寺御住職をされています。

現在は真言宗智山派の菩提院結衆など、大役を務めておられます。ウィキペディアlink

 

 

武蔵七党・児玉党の荘小太郎頼家夫人により、建仁年間(1201~4)に開山されました。

御本尊はお不動様です。

 

ここの南には、西光寺と呼ばれる大伽藍が存在したようです。西光山に名残を伝えています。

本庄市では珍しい中世伽藍跡です。

 

江戸期には幕府から寺領10石の御朱印状をいただいていました。

 

 

 

先ほど参拝した大正院の銀杏は、殆ど落葉していましたが、ここではまだでした。

 

 

 

 

山門の脇には大きな地蔵菩薩と、六地蔵が祀られています。

大きな像は北向き延命地蔵尊と言われ、伝染病平癒を願って建立されました。

 

 

お地蔵様に新型コロナが無くなるよう祈念し、もう一度手を合わせ帰りました。

 

学生当時の私は、どうしようもない存在でした。

いつまでもいては迷惑と、4年で卒業させていただきました。

しかし大学生活が楽しいのか、8年かけて卒業した先輩もいます。

 

かと思うと、地方の有名国立大を蹴って入学した同級生が何人もいます。

 

同級生の何人かが亡くなくなっています。

寂しくなりました。

 

宥勝寺  埼玉県本庄市栗崎155  地図

 

宥勝寺ホームページlink                ホーム | Facebook

 

 

本庄城跡の八坂神社(元牛頭天王社) と城山稲荷神社 埼玉県本庄市

本庄城跡にある八坂神社と城山稲荷神社です。

 

八坂神社

 

廃仏毀釈により牛頭天王社は八坂神社となりました。

それまでは先ほど参拝した大正院持ちでした。

 

植木屋さんが境内樹木の伐採が終わった所でした。

 

 

 

弘治二年(1556)に本庄宮内少輔寅実忠によって、勧請されたと伝えられています。

本庄城が廃城となった後、明暦二年(1656)に本殿が建立されました。

城下公園の西側になります。

 

 

かつては鬱蒼としていた杜だったようです。

 

 

正面鳥居脇の欅は、かなりの太さがあります。

 

 

八坂神社  埼玉県本庄市本庄3丁目7−11 地図

 

城山稲荷神社

やはり本庄城跡に祀られた稲荷神社です。

廃仏毀釈以前は、先ほど行った慈恩寺持ちでした。

 

 

本庄城跡の北東にあたります。

 

 

本庄城を築いた本庄実忠が、勧請しました。

天正十八年に新城主となった小笠原氏によって、社殿を再興されています。

現在の社殿は、平成十二年に建立されています。

 

 

 

 

社殿前の大欅は、埼玉県指定天然記念物になっています。

 

 

 

西脇の斜面には、陶器の稲荷様がたくさん置かれていました。

 

城山稲荷神社  埼玉県本庄市本庄3丁目5−44 地図

 

 

真言宗智山派 大正院 埼玉県本庄市

大学の恩師が当時ここの御住職でした。現兼務住職をしています。

現在は同じ本庄市の宥勝寺の御住職をされています。

 

一度お参りしたい寺でした。

 

 

御本堂に向かうと、妙なるバイオリンの演奏が聞こえてきます。

てっきりスピーカーで音楽を流していると思ったのですが、演奏している女性がいました。

先生のお孫さんでした。

 

 

大正院は天正11年(1583)開山です。

御本尊として大日如来を祀っています。

 

 

お不動さまは成田山新勝寺より江戸期に勧請されました。

慶応3年(1867)に建立され、その時納められた不動剣は本庄市指定文化財となっています。

 

 

毎年4月28日に成田山不動尊大祭が行われています。facebook

 

 

「本庄永続講」では成田参詣を行っています。
成田山の記録に残っている中でも最も歴史の古い講だそうです。

 

しかし、昨年今年はコロナのために、副住職と寺庭で参拝し護摩札・御守を授与されています。

 

薬師堂は大正院の旧御本堂でした。

 

 

 

銀杏の黄葉も盛りを過ぎた鐘楼堂です。

お掃除が大変です。

 

 

六地蔵

 

武州本庄七福神の弁財天札所です。本庄七福神link

 

 

当日は本庄市内の寺社を巡っています。

途中から全ての本庄七福神をお参りしようと思いましたが、時間の都合で全ては巡れませんでした。

 

弁財天の脇には養蚕供養塔があり、毎年5月28日に蚕蛹供養祭を行っています。

やはりコロナのために少人数での儀式となりました。

 

大正院では、いろいろな行事をfacebookで発信しています。

大正院 – ホーム | Facebook

 

※追記 現副住職は、本庄市の市長です。

 

大正院 本庄市本庄2-4-8 地図

 

臨済宗妙心寺派 開善寺 埼玉県本庄市

本庄城主小笠原信嶺が開基した寺院です。

かなりの格式の寺であったと思われ、絵図では現在の約五倍の敷地があったようです。

 

 

お寺では座禅会や写経会を行っています。

 

 

 

 

本庄城主・小笠原信嶺公夫妻の墓は、古墳の上に立てられています。

 

 

 

本庄城主・小笠原信之の墓

信之は関宿城主となり、関宿でなくなりましたが、開善寺に葬られました。

 

 

 

海善寺は本庄七福神の布袋様を祀ります。

ここでは二人の女性が、スタンプラリーを行っていました。

 

武州本庄七福神link

 

開善寺 埼玉県本庄市中央2丁目8−26  地図

facebook 開善寺 〜ほんじょう・禅寺〜 link

   驚きなのは寺コンを企画しているのですね。スゴイ !

 

 

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