山内

永代供養塔 二基めの大型墓誌完成

 

永代合同法要に間に合うように、二基めの大型墓誌が完成致しました。

結構経費は掛かりましたが、年々石が値上がりし、先延ばしにすると大変な金額になりかねません。

納骨の方々に負担のならないようにしていますので、墓誌彫刻は、赤字すれすれです。

私が生きている間は、作らなくとも良いように、さらに大きくなりました。

大きな石は、これ以上の大きさでは、輸入するにも大変なことになるようです。

 

こんなに厚く生コンを入れるのかと思いました。かなりの量です。

1トン以上あるそうです。

 

 

合同法要前日に完成致しました。

 

5月13日の合同法要

 

お花に蝶々

蝶が舞っていましたが、なかなか写真に撮ることが出来ませんでした。

運良く撮れた蝶です。

 

 

でも、どのような名の蝶か分かりません。アゲハ蝶だと思うのですが。

 

 

裏からも撮ろうとしたのですが、飛んでいってしまいました。

大山不動の石灯籠

境内の中門の前にある石灯籠です。

今から30年程前に道路拡張で行き場所が亡くなり、当寺に移されました。

 

 

正面は大山不動ですが、飯縄大権現(高尾山)、満行大権現(榛名山)も彫られています。江戸期には地元にはそれぞれの講があり、お参りに行ったのでしょう。

 

大山詣は江戸庶民だけでなく、多くの人で賑わいました。

廃仏毀釈でお不動様はどうにか難を逃れられましたが、現在の阿夫利神社には廃仏毀釈を先導した人の銅像がありました。どこかの町では名誉町民です。

 

 

正面

    大天狗

大山不動明王石尊大権現

    小天狗

 

向かって左側

飯縄大権現

 

向かって右側

満行大権現

 

 

裏面

嘉永元年(1848)‥‥    

願主‥‥

村内‥‥

 

全ての文字が読めれば良いのですが、あやふやな所は後日調べ直そうと思います。

 

 

 

境内の大乗妙典一字一石塔

約10年ほど前、卒論を書くため来られた女学生により、一字一石塔を知りました。

私は、ただの大乗妙典塔としか思っていませんでした。
上部に阿弥陀三尊の梵字が彫られています。
 
 
飯能市では、この塔はここにしか無いようです。
飯能市教育委員会発行の「飯能の石仏」は持っていたのですが、注意深く読んだわけではありません。
 
 
天保11年(1840)に釈浄賢と釈和賢が大乗妙典を一字づつ小石に書き写した成就塔だそうです。
元々あった場所が明らかでありませんが、この石塔の下に書き写した小石を埋めてあったのでしょう。

石に書かれた文字は消えてしまい。たくさんの小石は何かに使用されてしまったのでしょう。
植木を何本も植えましたが、知る限り小石がたくさん埋まっていたことは、ありませんでした。
 
 
 

境内の雪かき

境内の積雪は、約30センチとなりましたが、意外と軽い雪で助かりました。

石屋さんは6時には来て、雪かきをしていましす。

石屋さんのアルバイトと阿弥陀堂のお客さんの助っ人があり、計4人で行いましたので、思った以上にはかどりました。

昔は一人で行っていましたから、はるかに大変だったはずなのですが、今の方がズッと疲れが出ます。

境内だけでなく、歩道も雪かきです。

 

さすが今日はお参りがありません。

「今日お参りしなくても良いでしょうか」と月命日の人から電話があったようです。

 

お墓はさらに雪が多くあります。

4人もいたお陰で、普段行わない場所まで道が出来ました。雪が溶けるのが早いと思います。

 

陽が当たり出すと、雪かきしたところから、ドンドン溶け出します。

 

ただし、駐車場はぐずぐずです。

お参りは汚れてもよい靴で、お願いします。

ペット総回向法要 ペット供養塔前

毎年この時期は良い天気に恵まれる率が多く、今回は特に絶好のペット供養日寄りでした。
いままでで一番参列者の多い法要となりました。
納骨した檀家さん以上に、何倍も他のペット納骨家族が参加しています。

当日の供養は一切無料です。気軽にお参りしていただき、お寺に興味を持っていただくことも目的です。檀家さんのための施設のつもりが、他の方々の申し込みが圧倒的多数となっています。


少しお話をさせていただいてからお経となります。
今回の話は「四苦八苦」です。
そのうちの愛別離苦(あいべつりく)は「愛する人と別れる苦しみ」なのですが、「今では愛するペットと別れ別れになる苦しみも多くある時代(ペットロス)」と話すと、うなずく人が何人もいました。なにしろペットは家族ですからね。

難しそうな話と思われるでしょうが、かなり柔らかく話したつもりです。笑いも漏れていました。

前もって注文していたお花以外に参列者がお持ちした花は、その倍以上ありました。

 

まず初めての方のためにお線香の手向け方をお教えします。この供養塔では、お線香を一束、紙も取らずに火を着けている方が何人もいます。霊園などでも多く見ますね。


お線香を五本ぐらいづつ手向けていただく間、般若心経とご真言をお唱えするのですが、今までで一番多くお唱えしました。

イメージ 3


この後、阿弥陀堂、ご本堂にも希望する方は、お参りしていただきました。

 
写真では少数ですが、この5倍ほどの方が本堂に上がって、お焼香していました。
 
今回はかつてベビーカーに乗っていたお嬢ちゃんが、今ではもっと大きなお子さんと参列していました。
歳をとるのも無理ないな~と感じた日でもあります。
 
今回も石屋さん、葬儀屋さんの協力を得ることが出来ました。
かつては自分だけでも出来ると思ったのですが、車で来られる方が多く、駐車場も二重に止めていただかなくてはなりません。お線香も今では一人でお渡しするのも不可能と思える人数になりました。
雨であれば、テントも必要になります。
 
無事終わり、ホッとしました。
 
ペット供養塔 link
 

永代供養塔階段に手すりがつきました。

永代供養塔での納骨、階段の上り下りや納骨中の読経の時、時々怖いと思うことがありました。

以前の階段

 

私以外にも参列者の方々が怖い思いをしているかもしれません。お年寄りは諦めることもあります。

かなりの出費ですが、手すりを付けることにいたしました。

 

これで安心しました。

 

西澤形一師履歴 当寺境内小社・天神様の宮司さん

 

 

経歴

神職(神社庁資格)・宗教研究者
多くの書籍出版に携わる。
笛畝人形記念美術館館長退任後、秩父の神社に8年間奉職する。
滝行と自然を味わう会を主宰
 
西澤形一師は円泉寺境内の平松天神社宮司です。円泉寺住職ではありません。
併せて境内にある地元小社  八坂神社  山の神(やまのかみ)社もみています。

代表書籍出版物

・日本人形のあゆみ 西澤形一 著 藤間寛著 芸艸堂 版
・人形今昔物語展 笛畝人形記念館コレクション 西澤形一 (解説) – 犀書店
・中国美術全集12 工芸編 西澤形一 (他)著 京都書院版
・お諏訪さま 鈴鹿千代乃編 西澤形一 編 勉誠出版版

メディア情報  一部をご紹介

  • 天神社の西澤宮司が、「有吉ジャポン」に出演しました。
  • 特番「噂の現場直行ドキュメンガンミ」の撮影に「滝修行」の指導と「宮古島の恐怖スポット」に出演しました。     宮古島
  • 「女性セブン」「週間ポスト」「婦人公論」などの取材に協力しました。
  • 「NHK」で紹介されました。
  •  「日本経済新聞」夕刊に掲載されました。リンク
  • 吉本興業「PASMO」の指導をしました。リンク

その他テレビ・ラジオ・新聞・雑誌にも出演・指導も行っております。

 円泉寺との関係

 

住職とは友人としての付合いです。住職並びに地元の方々から八坂神社祭礼も依頼されています。
天神社への相談者や信者さんを円泉寺で縛るようなことはありません。
宗旨・宗教にとらわれず、気軽にご相談ください。

連絡先
〒357-0014
埼玉県飯能市平松376   円泉寺境内 天神社     
普段は天神社におりません。隣接する市に住んでいます。
直接来られても対応できません。ご了解下さい。
ご用の方は、お電話をお願い申し上げます。
Tel:(090)3225-6286
 
 

学習院の遠足で当寺にご来山 昭和11年

当時の平松村に、女子学習院初等科の生徒が遠足に来られると住職が警察に伝えても、誰も信じなかったそうです。
今も田舎ですが、当時はもっと田舎でした。
 
戦前ですから事実と分かると、さあ大変。
駅から歩いて来られますので、道普請は当然ですが、境内の汚い小屋は取り壊し、トイレも正目の木材で作り直しました。
 
 
境内では、脱穀や餅つき、満作の歌踊りなどを披露したそうです。
数十年前までは、当時演じた人もいました。
自慢話を聞かされたものです。
 
 
 
近所の栗林では、栗拾いです。
しかし、その時期は栗も落ちていました。
 
当日のために栗を畑に蒔き、栗の入ったいがを針金で吊ったそうです。
 
 
 
 
写真はありませんが、風船工場も見学されたと聞いています。
 
 
 
戦後お寺の裏手の山林あたりで、皇籍離脱後に久邇朝融氏は鉄砲打ちに何度も来られていたそうです。
その場所が、今では西武系になっている久邇カントリークラブです。
 
 
先日、千円札に描かれていた元総理大臣の子孫の方が来られました。(前列真ん中と向かって一番の左側の方)
ちなみにこの女性は、学習院女子初等科のOGです。
私も関連しているボランティア団体の顧問をされています。
 
御本堂前でご説明しただけしたが緊張しました。
 
 
その時お渡ししたのが、上の古い画像を印刷した写真です。
祖母から借りた写真をずっと以前にスキャナーで取り込んでいたのですが、画質が悪く、画素数も少ないために大きくは引き延ばせません。
 
 

墓誌彫刻

永代供養塔の墓誌に彫刻の依頼を致しました。

 

2016223191520.jpg永代供養塔の墓誌
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朱文字は生前予約、ご夫婦や親子での申し込み。

 

いつもは10日ぐらい前に依頼すれば良いのですが、雪の影響で今回はかなり遅れました。

残念ながら納骨に間に合わない家もありました。

以前はお墓ようの墓誌には直接彫るのではなく、茨城県の真壁に持って行き依頼していたので、かなり期間が必要でした。それに比べれば速い物です。

 

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鉄粉をコンプレッサーで吹き付けますので、硬い石もきれいに文字の彫刻が出来ます。

最後に掃除をし、文字に白と朱を入れます。朱は没後に白く塗り直します。

 

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型をはりつけ、文字を抜き出します。

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コンプレッサーで鉄粉の吹きつけ。

風下では粉塵が目に飛び込みます。

鉄粉は雨やしけっているとき、内部で固まってしまうために、工期が遅れてしまうのだそうです。

きれいに仕上げていただきました。

 

昔は墓誌に彫刻することはなく、箇々や夫婦などで、それぞれ石塔を建てました。

さらに火葬での納骨ではありません。棺のまま土葬ですから、お墓もかなり広い面積が必要でした。

 

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箇々の墓石

 

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墓誌

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石塔への戒名等の彫刻

 

永代供養塔は箇々の家のお墓でなく、跡取りがいても共同墓地として利用している方も増えています。

 

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泉寺永代供養塔

 

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