その他

2ちゃんねるのお陰

2011年、当寺のホームページが、突然上位に上がってきたことがありました。

いろいろ検索した結果、何と妙見さまのサイトが、「2ちゃんねる」にリンクされていたのです。何と4番目にリンクしてありました。2ちゃんねるlink

2ちゃくねるは、いかがわしいサイトと思っていましたので、ハッキリ言って驚きでした。

 

現在は「5ちゃんねる」となりましたが、今でも「2ちゃんねる 妙見菩薩」と検索するとで、古いスレッドが出てきます。

円泉寺を話題にするスレは、ほとんどありませんでしたが、2チャンネルの影響は大きかったと思います。

 

他のスレでも掲載されていることもありましたが、妙見さまほどではありませんでした。

2ちゃんねるさん、ありがとうございました。

 

 

埼玉の寺社 御朱印さんぽ JTBパブリッシングに掲載されました

当寺の武蔵野七福神・福禄寿様の御朱印が、JTBパブリッシング発行の「埼玉の寺社 御朱印さんぽ」に紹介されました。他の御朱印の本にも掲載されているようです。

この本には表の帯にも載っています。

変わった御朱印ですので、使用されたのでしょう。

他は有名な神社が並んでしました。

 

「福」「禄」「寿」の三文字で、お顔の形になっています。武蔵野七福神link

御朱印の説明は40ページにあります。

 

本の上に乗せて、スキャナーで取り込みました。

それにしても下手な字です。

 

今年の正月のご開帳期間には、この本を読んだ方が何人も来られています。

例年にはないことです。

 

←阿弥陀堂に瓔珞   

 

謹賀新年

 

謹賀新年

本年もよろしく お願い申し上げます

 

新年の武蔵野七福神・福禄寿様ご開帳期間は、下の「大黒天とネズミ」の掛軸を掛けます。

※元旦から10日頃までは、御本堂でご開帳。1月いっぱいは阿弥陀堂でのご開帳となります。阿弥陀堂では掛軸を掛けません。

武蔵野七福神リンク

 

昨年の亥年用「摩利支天」(北斎漫画写し)掛軸は、スマホ用待受画面にする人がいました。

摩利支天

 

←柴燈大護摩供 木更津市                     大津絵の勝軍地蔵→

 

三葉虫の化石

三葉虫の化石

先日、あるモノを探していると、アンモナイトと三葉虫の化石が出てきました。

アンモナイトは、すでにご紹介しています。

 

8年程前に求めた化石だったと思います。

 

子供の頃ですが、欲しくても手が出ない価格でした。

長瀞で貝の化石を買ったのを思い出します。

 

アンモナイトの化石

 

←テレビで「大黒天とネズミ」の図が使用されます            聖観音 お陰様→

テレビで「大黒天とネズミ」の図が使用されます。

来年の子年にちなみ、私の「大黒天とネズミの図」の画像を使用させて欲しいと、関係者から電話がありました。
 
『新説! 所 JAPAN !』所ジョージの番組です。『新説! 所 JAPAN !』番組リンク
関西テレビ(フジテレビ系ネット放送)で今年の12月16日(月) 22:30~23:24 予定です。
 

 

大黒天は、インドでは北方の神・マハーカーラであり、日本に伝わり大国主神と習合しています。

テレビの内容は、見てからのお楽しみ !
 
 
見逃し配信(ネット版)でも放送予定だそうです。
 
私はテレビをほとんど見ませんので、予約できたら後で観る予定です。放映時間は寝ています。
 
 
※新年に御本堂で飾ります。七福神詣期間の内 1月10日頃までは、ご覧になれます。
 
 
 

二股大根

檀家さんが育てた大根です。かなりの太さがあります。

珍しいので、持って来ていただきました。

 

以前見た物は、右と左の太さがかなり違いました。これは少し異なるだけです。

 

聖天様(歓喜天)を祀る寺には、二股大根を備えることがあります。寺紋が二股大根をあらわしている寺がありました。

 

この二股は石屋さんが持って帰りました。

私は普通の太い大根です。

煮付けて美味しくいただきました。

 

←狛犬 狛猿 狛狼 狛狐 狛龍 狛蛇 狛亀 狛牛 狛猿 狛牛 狛狸            天台宗 浄光寺 善光寺式阿弥陀三尊板碑 埼玉県東松山市

狛犬 狛猿 狛狼 狛狐 狛龍 狛蛇 狛亀 狛羊 狛猿 狛牛 狛狸 狛風神雷神 狛寅

狛犬も含め、色々な狛犬?を集めてみました。

狛犬

霊符神社 鎮宅霊符神社  奈良県奈良市陰陽町(いんようちょう)

一番お気に入りの狛犬です。友人にここを教えたことがあります。大変喜ばれました。
何ともユニークなお顔をしています。

 

狛犬

磐裂神社  栃木県日光市足尾町遠下3-1

足尾銅山の近くです。

 

 

狛犬

成田山新勝寺 清瀧権現堂妙見宮  千葉県成田市成田1

円泉寺と同じ真言宗智山派ですが、こちらは大本山です。

 

清瀧権現堂と妙見宮が合祀されています。新勝寺より古くから祀られていた地主神です。

御堂の前には、本当の犬の狛犬が守っています。

 

狛猿

日枝神社 東京都千代田区永田町2丁目10−5

日枝神社は河越氏の子孫である江戸氏により、山王宮として祀ったのが最初です。

太田道灌が江戸城を築城のおりにも大切に祀られたようです。

現在の場所に移ったのは、江戸時代の徳川秀忠の時でした。

 

狛狼

三峯神社 埼玉県秩父市三峰298−1

一時、白い氣守で大渋滞になった神社です

 

狛狐

大稲荷神社 愛宕神社  神奈川県小田原市城山1丁目22−1

小田原城の北に位置しています。境内は緑が多く、とても気の良い場所です。

 

お狐さまは、なかなか勢いのある造形です。

 

狛龍

養澤神社 

友人達と変わった神社があるので、お参りに行こうと行ってきた場所です。
大きな石像の龍でした。
神社の方を向いています。
 

 

狛蛇

達磨寺  群馬県高崎市鼻高町296

達磨さんで知られる霊符堂ですが、霊符神が祀られています。霊符神は玄武が神格化されたお姿です。
 

 

狛亀

北星神社  千葉県我孫子市台田4丁目11−27

かつては妙見菩薩を祀る妙見社でした。
亀は玄武であり、妙見さまが上に乗っている姿が知られています。

 

 

狛羊

羊神社  群馬県安中市中野谷1751

多胡羊太夫(藤原宗勝)を祀る神社です。近くには多胡姓の方々が住んでいます。

 

狛牛

牛嶋神社  東京都墨田区向島1丁目4−5

牛の像は天神社に多いのですが、かつて牛頭天王を祀っていたからです。

すぐ近くにスカイツリーが見えます。

 

残念ながら写真がありませんので、包丁塚の牛です。ユニークな狛牛があります。

 

狛狸

茂林寺   

狛狸とは言えないかも知れませんが、分福茶釜の茂林寺です。

参道両側で狸さんが参拝者を迎えてくれます。

 

狛風神雷神

宗心寺  埼玉県嵐山町山田1055

仁王様の代わりかも知れませんが、風神雷神の石像は初めて見ました。

 

狛虎

東片貝神社虚空蔵堂 群馬県前橋市西片貝町3丁目

能満虚空蔵菩薩が祀られています。地元の人はウナギを食べない風習が残っているようです。

申し訳ありません。肝心な狛虎が切れています。

 

※他にも狛兎、狛鼠、狛猫、狛猪、狛鯉などがあるようです。追加していこうと思います。

 

←竹の中の仏さま        二股大根→

皇居 大嘗宮 への参列

家内が皇居の大嘗宮一般参列をすると話していたので、友人も含め昨日は急遽皇居に向かいました。大嘗宮一般参観link

西洋系の方が少しいましたが、圧倒的に日本人が多いようです。外国の言葉は一度も聞こえませんでした。

皇居では、いつもは中国語などが必ず聞こえます。

途中のテントでは持ち物検査でしたが何もなく通れました。
先にも跡にも次々に参列の人波です。
 

 
坂下門から入ります。
いつもここから入るには、前もって登録する必要がありますが、先ほどの検査のみです。
普段の東御苑は、行事がなく決められた期間であれば、登録なしで入れます。
 

渡された略図が英語版でした。
それにしても老眼鏡がなくて、読めませんでした。
しかし、何度か皇居に行っていますので、見ただけで分かりました。
 

 

家内達は右に進み、大嘗宮に直接向かいましたが、私たちは乾通りを行くことにしました。

大嘗宮までは1時間30分かかると案内していました。
トイレが何カ所かありますので、済ませておきましょう。
 

 

西詰橋を渡ると東御苑に入ります。

東御苑の大嘗宮までは、延々と続いています。このあたりは何度も散策していますが、いつもの風景とはまったく異なっていました。

これ程の人が来られているとは思いませんでした。

まだかなり時間がかかりそうです。

放送されていた時間の半分ほどの時間で、大嘗宮近くに到着です。助かります。
しかし、大嘗宮近くからは、更にひとひとひとでした。なかなか前には進めません。
 

先に行った家内は、一番前で見ていたそうです。

新天皇皇后陛下のテレビ画像を思い出しながら参列致しました。
 
周りの人などは、「もう二度と、この機会はない」あるいは「次の天皇陛下の時も、もう一度ここに参列したい」と話す声が聞こえました。
私にはとても無理です。今回来られただけでも嬉しく思います。
 

 

もうとうに先に行っていると思っていた家内達は、まだかなり後ろだったと連絡がありました。
天守台跡で待ち合わすることに致しました。
 
時間が遅くなり平川門からは出られません。北詰橋より皇居を出ます。地下鉄の竹橋から帰りました。
家内のお陰で、一生一度の体験をすることができました。
たまには感謝です。
 
 

賽の河原 お地蔵さま 掛軸

最近手に入れた掛軸です。あまり良い状態ではありませんが、慈愛に満ちたお地蔵様が、亡くなった子供達を救おうする表情にひかれました。
 
賽の河原の言葉を知っていても、どのような場所であるか知らない人が多いと思います。
私は寺の住職ですが、若かりし頃は意識したことがありません。
    水子Wikipediaリンク         
 
やたらと水子供養の宣伝をした寺や占い師などが出没し、「水子の祟り」などと言って、一時期は水子供養を行う寺が増えました。
あまりもの状態に、日本仏教界や宗派などでは、水子供養の自粛や禁止をしました。
その宗派の御住職は宗派から「水子供養を止めないと、僧侶資格を剥奪する」と言われたと話していました。
ホームページには、派手な宣伝が書かれており、田舎寺を維持するためとは言え、やり過ぎと思っていました。自業自得です。

 

亡くなった水子や死産、幼い子供は賽の河原に行くと言われていました。
昔はここから他の六道に行くのではなく、生まれ変わるとされていたのです。
 
縄文時代の住居跡から、子供の骨が入った土器が出土します。
長野県では、小さな子供の骨を家の玄関に埋めることが、戦後の一時まで行われていた地区があるそうです。
みんなに踏まれることにより、今度こそ強い子で生まれ変わって欲しいとの願いからでした。
今では信じられないことだと思います。
 

 

 

 

 

鬼達は怒っているわけではありません。

ここに二度と来ないで、元気に生まれ変わって欲しいと、怖い顔で子供達を見守っているのだと思います。

中世では、子供は神とされていました。
賽の河原の考えは、本来仏教の中にはありません。
お地蔵様が子供達を助けて、良い所に生まれ変わるよう助けてくれるとの考えは、地蔵信仰と縄文からの考えが、賽の河原の考えに結びついたのだと思っています。
 
熊野観心十界曼荼羅の中の賽の河原
 
お墓などに正面を向いた、お地蔵様だけでなく、振り向いた石像を見かけることがあります。
救いもれた子供がいないか、周りを見渡している姿だと思います。
意味は違いますが、京都の永観堂「みかえり阿弥陀さま」を思い出します。永観堂ホームページlink
 
 
東松山市岩殿の見返り地蔵
 
 
賽の河原掛軸は他の寺にあったようです。寺院名が書かれていました。
今では住職がいなくなったり、廃寺となった寺が数多くあります。
ある骨董屋さんに聞くと、ここにある仏像や仏具は全て寺から出た物ですと話していました。どこの寺かは言いませんでしたが、意外や都内のお寺さんから出た仏像仏具がありました。
手に入れた仏像の中には、業者さんのヒントで三ヶ所どの寺か分かったことがあります。
 
 
お寺も数十年すると、廃寺になる寺が数十%にもなるようです。
厳しい時代がヒシヒシと来ています。
 
 
 
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