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武蔵国高麗郡 某神社と某家の系図 歴史 游古疑考倶楽部調査委員会

ある神社の歴史と家系図について、常々おかしいと思っておりました。
ここの家が○○家の本家である。高麗郡の由緒正しい格式の高い神社であるなど、私の知る歴史とは大きく異なった歴史がホームページに掲載されています。

あちこちの神社におけるホームページは、廃仏毀釈以前に関して都合の良い歴史を書いてことが多々在ります。実際は寺であったのにかかわらず、始めから神社であったと案内板に書かれているのを見ることもあります。歴史の改竄が明治になって行われたのです。

それどころか平成になってからの改竄も見たことがあります。それも大きな石版に彫られていました。一緒に行った地元の歴史に詳しい友人は怒っていました。それは友人の先祖を侮辱した内容だったからです。さらに宮司は学校の恩師でもあったのです。


新編武蔵野風土記も信用できない部分があるのですが、何らかのヒントを与えてくれます。

同じような疑問を持つ隣の市の方々が、詳しい資料を掲載し、疑問点を整理しているホームページを開設しました。游古疑考倶楽部調査委員会ホームページlink

私がいただいた資料の一部です。

 

 

○○家の一番おかしいと思うのは、坂戸市の□□家が系図を借りながら、返さなかったと神社のホームページにあることです。
□□家に系図を借りながら、返さなかったのは○○家のはずです。
○○家が返していただけなかったら、新たな系図は○○家の創作なのです。自ら家系図を創作したことを認めている部分です。
私は50年前□□家ご本家にお話を聞いています。他の郷土史家の方や父からも同じ話を聞いていました。

ある大学の教授が資料を見せていただくと、見ただけで「けっこうな資料を見せていただいて、ありがとうございます」と言い、帰ってしまったと、一緒に行った人が何かに書いてあったのを思い出します。怪しいと思う人が他にも多くいるようです。

ホームページには、いろいろな資料が掲載されています。
今後も増えていくと思います。
  

 

柿本人麻呂図

 

ほのほのと あかしのうらの あさきりに しまかくれゆく ふなをしそおもふ
ほのぼのと 明石の浦の 朝霧に 島隠れ行く 舟をしぞ思ふ

 

 

柿本神社が発行した古い掛軸です。

同じ和歌が書かれています。

 

 

柿本神社  兵庫県明石市人丸町1−26 地図               ホームページlink

 

←陶器の吉祥天

 

当寺掛軸 木花咲耶姫 の絵が使用されます。新春・美しき百人一首への旅

10月にテレビの制作制作会社ディレクターの方々がお見えになり、当寺掛け軸の木花咲耶姫画像使用を依頼されました。

『新春・美しき百人一首への旅』は、2012年から今までに合計9タイトルを放送しています。

 

日時が異なりますが、北海道から沖縄まで、27の放送局から放映されます。

関東での放送日は、MXテレビで2021年令和3年1月1日 16:00-16:15分の予定です。

今回は「富士・桜」に関する歌です。

 

 

似た絵がネットでは散見出来ます。おそらく同じ版木を使用しているのだと思います。

 

放送内容につきましては、詳しく述べることは出来ません。

 

←空海狂草図               陶器の吉祥天→

 

空海狂草図

懐素の草書は「狂草」として知られています。酒に酔い書き散らした伝えられています。事実はともかくとして、後世に名を残した人ですから、優れた書家であったことは明らかです。

 

「空海狂草図」掛軸は空海和上(弘法大師)の書が書かれているわけではありません。筆を持った弘法大師の後ろに描かれている煙のような描写が、狂草と表現される部分だと思います。

 

 

左の空海の文字以降は、狂草なのでしょう。

 

この図のお大師様の表情は、日本で知られる大師像とは大きく異なります。

やはり大陸的な表現なのだと思います。この図は自由な発想の元に描かれた狂草に通じる絵なのかも知れません。

 

 

 

 

下の図は額になっており別の狂草図です。本堂廊下のわかりずらい場所に掛けてあります。

 

 

気がつく人は、ほとんどいません。

 

時折御本堂に仏画などの掛軸を展示しています。

そのような場合は掛軸が便利です。

 

涅槃会の折には、掲げたいと思っています。

 

←石山寺の紫式部 源氏物語               木花咲耶姫 の絵がテレビで使用されます→

 

石山寺の紫式部 源氏物語

この掛軸には題名がありません。しかし滋賀県大津市の石山寺で、源氏物語の構想を練っている紫式部だと思いました。

調べてみると滋賀県甲賀市のMIHO MUSEUMに「石山寺観月図」(土佐光起筆)がありました。

よく似た絵柄です。MIHO MUSEUM 「石山寺観月図」 ホームページlink

 

 

石山寺には西国33観音霊場巡りで、45年程前参拝しています。

紫式部が、ここで源氏物語の構想を練ったことを知りました。

 

 

どこかの博物館か美術館で、似たような掛け軸を観た記憶があります。

 

 

直観の雅号がありましたが、調べてみると該当する画家は分かりませんでした。

 

 

石山寺 滋賀県大津市石山寺1丁目1−1 ホームページlink

 

←善光寺阿弥陀三尊伝来縁起図など               空海狂草図→

 

曹洞宗 高養寺 埼玉県入間市

かつて寺竹は金子村に属していました。現在は入間市なっています。

天正15年(1587)に亡くなったた金子筑後守家定による開基です。

全国にいる金子姓は金子村が大元になっています。特にこの金子地区に多い姓です。

 

 

落ち着いた雰囲気の寺院でした。

2基の六面六地蔵石幢が祀られていました。

 

 

西脇には白山堂が祀られています。

 

 

寺の周りには地名と同じように、たくさんの竹が繁茂していました。

 

高養寺 埼玉県入間市寺竹1022 地図リンク

 

←長久寺 旗本 土屋氏の墓 埼玉県入間市               普陀大仕(観音菩薩)拓本→

 

真言宗豊山派 長久寺 旗本 土屋氏の墓 埼玉県入間市

長久寺には旗本の土屋氏の墓があります。

他の寺の御住職が兼務しているようです。

 

 

長久寺門柱には正保2年に、開基英俊 桓武天皇御子末裔 土屋俊次公二男成勝とあります。

さいたま市の玉蔵院住職の書です。ここの御本山は長谷寺ですが、玉蔵院の末寺なのでしょう。

 

広い墓域に土屋家の墓石が並んでいます。

 

 

墓石の裏のお塔婆には、施主・土屋家とありました。

土屋家は他に墓があるのでしょうが、今でも墓参りをしているようです。

 

 

 

御本堂前の西側には、立派な宝鏡院塔がありました。土屋家に嫁いだ方のために建てられたようです。かなり良い家柄の出だったのでしょう。

施主永田氏とありました。

 

 

 

長久寺 埼玉県入間市宮寺2324  地図リンク

 

←旗本大森氏・加藤氏の宝鏡院塔 埼玉県入間市               高養寺 埼玉県入間市→

 

崇巌寺廃寺跡の旗本大森氏・加藤氏の宝鏡院塔 埼玉県入間市

旗本であった大森氏・加藤氏の宝篋印塔は廃寺となった崇巖寺(すうがんじ)跡にあります。

崇巖寺は大森氏が幕府の許可なく建てられたため、取り壊されました。

 

 

エービーイーダイヤモンド(株)工場裏が入口です。

 

 

 

一番右側には「一便宗見大居士碑」があります。加藤重正の顕彰碑のようです。

 

 

 

正面に「崇巖院殿長誉善透大禅定門」とありましたので、大森好長の宝鏡院塔と思います。

 

 

 

大森好長 ウィキペディアlink                 加藤重長ウィキペディアlink

入間市景観50選 大森氏、加藤氏の宝篋印塔  埼玉県入間市宮寺 地図リンク

 

←庚申神社 埼玉県入間市               土屋氏の墓 埼玉県入間市→

 

岩宿遺跡 群馬県みどり市

昭和21年に相沢忠洋氏が、関東ローム層の下から1万5000年前以上前の石器を発見する前は、日本に旧石器時代は無かったと思われていました。

昭和24年夏には、黒曜石で出来た石槍を発見しています。

相沢忠洋氏の銅像の前を通り、岩宿観察ドームに入りました。

 

 

相沢忠洋氏の発掘写真です。実物の関東ローム層が年代順に重なっているのが分かります。
明治大学との発掘調査でも大きな発見が続きました。

その後各地で旧石器時代の遺跡が発見されています。

 

当時の生活がよみがえります。

 

 

盛んに赤城山が噴火していた時代でした。苦しい生活だったと思います。

 

次に岩宿博物館は現代的な建物です。ドームの近くにあります。

 

 

中には発見された石器などが展示されています。ナウマンゾウなどの化石も展示されていました。

 

 

旧石器時代の生活が、ドームや博物館見学でわかりやすく説明されています。
日本が大陸と繋がっていた時代の貴重な遺跡です。動物を追いながら人々も入ってきていました。おそらく私たちの先祖にも繋がっていると思います。

黒曜石は地元では手に入らない石です。交易があったことは間違いありません。文化も交流したのでしょう。

意思を示すための共通する言葉が、あったのではと思います。

 

岩宿遺跡 群馬県みどり市笠懸町阿左美1790番地1 地図                岩宿博物館ホームページlink

 

←三日月村 群馬県太田市              香林火雷神社 群馬県伊勢崎市→

 

木枯らし紋次郎 三日月村 群馬県太田市

木枯らし紋次郎といっても、若い方は知らない人が多いと思います。笹沢佐保原作で、中村敦夫が主演しました。昭和47年(1972)のテレビで放映です。

股旅姿で長い楊枝を加え、「あっしには関わりのないことでござんす」の台詞、上條恒彦が歌った主題歌「だれかが風の中で」も思い出されます。

木枯らし紋次郎ウィキペディアlink                       だれかが風の中でYouTuber

 

表関所で入場料を払い、中で使用する20文を2000円で両替しました。

 

 

まずは資料館に入りました。

 

 

笹沢佐保氏・紋次郎などの映像が流れます。

 

 

雑貨屋が二件ありました。

 

 

 

先ずは受付で入場券に判を押していただき、怪異洞探検です。

絡繰屋敷は休止中でした。

 

 

 

足の跡に足を揃えると扉が開きます。

 

 

宝くじが当たりますようにと、1文を賽銭箱に入れました。

また外れますね。

 

 

 

不思議土蔵は20度の傾斜で作られています。

なんてこと無いと気軽に考えていましたが、まっすぐに歩けません。

廻りが囲まれていなければ、タダノ傾斜です。

 

 

 

私の感覚では、このように見えるのですが、実際は女性が垂直に立っているのです。

私の体は20度以上斜めになっている感覚でした。やっとのこと立っていました。

 

ボールが上に登っていきます。

 

 

紋次郎の生家です。

酷いあばら屋でした。赤城おろしで寒い思いをしたでしょう。

 

 

旅籠の中です。二階にもきれいなお姉さん(マネキン)が待っています。

 

 

ここではおでんを食べました。5文です。

 

 

双体道祖神の石仏などが祀られています。

 

 

 

白馬堂では本物の賽銭を入れます。

 

 

帰りには表関所で、使用しなかった銭を両替しました。おでん以外は、ほとんど使用しませんでした。

意外と楽しめる場所でした。

斜面の場所もありますすから、足腰に自信の無い方は、一人では来ない方が良いでしょう。

 

この後にすぐ近くのスネークセンター見学も予定していたのですが、他の場所へも行くつもりでしたので断念しました。

蛇が苦手なだけですが。          スネークセンター ホームページlink

 

※北関東自動車道に太田強戸スマートインターチェンジが出来て、便利になっています。

 

三日月村  群馬県太田市藪塚町3320 地図リンク             三日月村ホームページlink

 

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