その他

青砥藤綱 井上探景の浮世絵

井上探景(安治)の青砥藤綱の逸話を描いた浮世絵「教導立志基 青砥藤綱」です。

藤綱が夜に10文を川に落とし、松明代50文をかけて10文を探した逸話が知られています。

「ウィキペディアに「10文を探すのに50文を使うのでは、収支償わないのではないか」と、ある人に嘲られたところ、藤綱は「10文は少ないがこれを失えば天下の貨幣を永久に失うことになる。50文は自分にとっては損になるが、他人を益するであろう。合わせて60文の利は大であるとは言えまいか」と答えた。」とあります。

この絵であったかは覚えていませんが、何かで読んだ記憶があります。

 

 

 

鎌倉末期の清廉潔白な武将だったことが知られています。

太平記にも逸話が記されているそうです。

青砥藤綱ウィキペディア リンク

 

作者の井上探景(安治)は小林清親の一番弟子です。

元治元年(1864)に生まれましたが、 明治22年(1889)に26歳で亡くなっています。

お墓は川越市の行伝寺にあるそうです。

井上安治(探景)ウィキペディア リンク

 

 

深谷市と嵐山町の畠山重忠像 熊谷市の斎藤実盛像

NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』が注目されています。畠山重忠公像のある二カ所と斎藤実盛の像を取り上げます。

時代が鎌倉末になりますが、新田義貞公・足利尊氏像も入れました。

 

畠山重忠公史跡公園  

埼玉県選定重用遺跡となっている畠山館跡は、ここで重忠公は誕生したと伝わっています。

   埼玉県深谷市畠山510−2  地図link

 

大きな銅像が建っています。

 

重忠公墓の覆い屋です。

 

重忠公墓

 

畠山重忠公 産湯の井

 

菅谷館跡

   埼玉県比企郡嵐山町大字菅谷  地図link

 

館跡の像です。

 

 

 

埼玉県立嵐山史跡の博物館では、重忠公がいろいろな説明をしてくれます。

 

埼玉県立嵐山史跡の博物館

 

※私が求めた畠山重忠の歌舞伎浮世絵です。

 

斎藤実盛公

   妻沼聖天山   埼玉県熊谷市妻沼1511  地図link

歓喜院境内にあります。

 

 

歓喜院は埼玉県の日光です。

 

新田義貞公

生品神社  群馬県太田市新田市野井町645  地図link

ここより軍勢を引き連れ、鎌倉へ出陣致しました。

 

 

 

新田荘歴史資料館  群馬県太田市世良田町3113−9 地図link

 

原始から現代までの資料が展示されています。

 

 

※私の新田義貞公掛軸です。

 

足利尊氏公

  栃木県足利市大門通2376 地図link
 
鑁阿寺境内を出てすぐの大日大門通りにあります。NHK大河ドラマ「太平記」の年に建てた銅像です。
 
 
 
金胎両部の大日如来が御本尊です。
 

 

 

 

車であれば、どこも気軽に回れる場所ですが、鑁阿寺は土日・祝日は駐車場が満杯になると思います。

連休中の高速道路は大渋滞になります。

 

 

関の磨崖仏・善光寺式阿弥陀三尊 群馬県桐生市

赤城山噴火の泥流により造られた集塊石に刻まれた阿弥陀三尊の磨崖仏が祀られています。

すぐ南側は鏑木川です。

 

 

 

 

 

鎌倉時代に刻まれた阿弥陀三尊です。高さ128cm、幅・奥行き各80cmの舟形になっています。

両脇持の観音菩薩・勢至菩薩は冠があり、善光寺式阿弥陀三尊の特色があります。

 

 

 

 

北側には庚申塔、子育て観音?、千手観音の石仏が祀られていました。

 

 

 

磨崖仏の裏側です。

 

 

鏑木川に添って、馬頭観音石仏が並んでいました。

 

 

 

今でも大事にされている石仏群でした。

 

※参考に善光寺式阿弥陀三尊図です。

 

 

 

熊谷市の江南文化財センターの日本一古い善光寺式阿弥陀三尊板碑

善光寺式阿弥陀三尊板碑  寛喜二年(1230) 

 

 

 

関の磨崖仏  群馬県桐生市新里町関67−1 地図link

 

重要文化財 山上多重塔 群馬県桐生市

山上の多重塔は、重要文化財となっています。

明治期に発見されました。

高さは185㎝で、上の屋根部分を外し、かつては三層部分に法華経が納められていました。

 

 

このあたりに知られていない寺院があったのかも知れません。

 

 

桐生市のホームページには、「銘文の文意 この塔に如法経を安置する。朝廷・神祇・父母・衆生・合霊の利益のためである、小師道輪が延暦20年(801)7月17日に無間の苦しみを受けている衆生を救い、永く安楽を得、彼岸に到達できるように願い建立した。」とあります。

 

僧・道輪は文献に出てこないようですが、中央から派遣された僧侶だったのだと思います。

僧・道忠の弟子だったかも知れないとする方もいました。

 

 

私が行ったときは、相輪がありませんでした。

下に置いてあったようです。

 

 

枝垂れ桜の頃も良さそうです。

 

ポピーが敷地一面に咲いていました。

 

 

 

 

北側には赤城山が一望できます。

 

塔婆 石造三重塔(山上多重塔)    群馬県桐生市新里町山上2555  地図link

 

 

山上城跡公園 群馬県桐生市

山上城は山上五郎高綱により館が築かれたと伝えられています。

北条氏康・上杉謙信により攻略され、さらに武田勝頼が攻めて廃城となりました。

 

城跡の一部が公園となっています。

 

 

赤城山の大きなムカデと日光男体山の大蛇が、争ったとの伝説があるようです。

左側が山上城です。

 

広い城跡は、子供向けの遊具が置かれています。

 

猿・サイ・牛などの石像がありました。

 

 

駐車場は無料です。

 

東側から見た山上城跡です。

 

城主の一族と思いますが、山上郷右衛門がいました。

北条家家臣として豊臣秀吉と交渉し、後に徳川家康の武将として活躍しているようですが、明らかなことは分かりません。

晩年は山上の地に戻ったようです。

2015年6月6日 常広寺に供養塔が建立されています。

 

山上城跡公園 群馬県桐生市新里町山上297−1  地図link

 

 

各地の光明真言供養塔

各地の寺院等を参拝すると、石塔上部に五仏の梵字(ア・ビラ・ウン・ケン)と周りに光明真言が彫られている石塔を見ることがあります。

この御真言を読誦すると一切の罪障が除かれるとされています。

 

光明真言百万遍供養塔とある石塔は、光明真言を百万遍唱えたのを記念して建立した供養塔と思われます。

信者や檀家の願いを叶えるために、僧侶が百万遍光明真言を唱えたのでしょう。

 

いずれも偶然見つけた石塔です。五仏でない石塔もあります。

 

 

正明院 群馬県邑楽郡板倉町大字海老瀬7369   真言宗豊山派

 

 

五仏の梵字と光明真言が分かりづらいですが、上部に彫られています。

 

 

 

覚性寺 埼玉県東松山市東平438  真言宗智山派

 

 

下に弘法大師が彫られています。

 

 

 

慈眼寺 埼玉県本庄市児玉町稲沢389  真言宗豊山派

 

 

 

 

正法寺 埼玉県日高市中沢126  真言宗智山派

 

 

お地蔵様の光背に、五仏と光明真言が彫られている百万遍供養塔です。

 

 

 

宝蔵寺 埼玉県飯能市中居100  曹洞宗

 

 

 

境内の一カ所に弁財天などの石仏が、祀られていました。

 

 

伝蔵院 埼玉県大里郡寄居町大字金尾216 真言宗智山派

 

 

宝篋印陀羅尼が下に彫られています。

他の地区にもう一カ所あるそうですが、調べても分かりませんでした。

 

五仏の梵字の脇に光明真言が彫られています。

 

 

大梅寺 埼玉県比企郡小川町大塚470  曹洞宗

 

 

珍しい二連板碑です。

阿弥陀如来の梵字(キリーク)の下に、光明真言が彫られています。

 

 

埼玉県小川町には二連板碑が3ヶ所あります。
夫婦の成仏を祈り逆修のため、あるいは両親の成仏を祈願し建立されたようです。

埼玉県には板碑が約27,000基あるようですが、知る限り二連板碑はこの地区のみです。

 

 

円城寺  埼玉県比企郡小川町青山654  曹洞宗

 

 

 

 

小川町には光明真言供養塔ではありませんが、西光寺に阿弥陀三尊梵字二連板碑があります。

 

かつて板碑の元になる青石は埼玉県長瀞町のみと言われていましたが、小川町も産地であることが明らかになっています。
私は父から青石塔婆と聞いていました。板石塔婆とも言われています。



他の二連板碑
行ったことはありませんが、調べてみました。光明真言塔ではありません。

新福寺 千葉県香取市
地蔵院 千葉県香取市
浄土寺 千葉県

三連板碑
城ノ平公園 大分県臼杵市野津町


色々検索してみると、面白い資料が出てきました。
徳島県立図書館の資料
つるぎ町の板碑 –
「https://library.tokushima-ec.ed.jp › webkiyou 板碑」で検索して下さい。PDFです。

双式阿弥陀画像板碑
徳島県つるぎ町半田地区

双式観音像板碑
還国寺 徳島市寺町
浄智寺 徳島市寺町


双式板碑 徳島県美馬市木屋平
大北・井奥家西
大北・井内家


観音像と地蔵像の双式板碑
赤松の青木家


他にもありますのでPDFから使用させていただきます。

1石2基の双式板碑は,4例認められる。
木屋平地区の2例(岡山他2009)と石井町の石川神社の2例(市楽石川神社境内と加茂野の善福寺跡)
徳島市国府町1例である。

徳島県内での双式板碑は,神山町では22例あり、1例のみ3基で構成される。
そのうち、20例が阿弥陀三尊種子板碑で、1例が線刻五輪塔、1例が大日三尊種子である。
徳島市では、前述の観音像板碑と応神の線刻五輪塔板碑の2例である。
応神弥勒寺の板碑は、明徳5年の名号板碑と阿弥陀三尊種子板碑である。

 

マダマダ光明真言供養塔が祀られている寺院はあります。

参拝しながら気がつかなかった場所もあるはずです。

 

 

的中観音(まとなかかんのん)

日高市から川越に向かう途中に、大きな石仏が祀られています。

いずれお参りしようと思っていましたが、いつも通り過ぎるばかりでした。

 

 

お参りすると馬頭観音像が祀られていました。

 

場所は川越市的場(まとば)です。

的場はウィキペディアに『弓道などを練習するために的がおかれている場所。』とありました。

どのような訳で的場の地名が出来たのかは分かりません。

地元の武将が弓の稽古をした場所とも考えられているようです。

 

的場の中心にあることから的中観音と呼ばれたのでしょう。

 

 

由来を見ると念仏供養塔とありました。

昔は馬が重い荷物を運んでいましたので、馬頭観音は馬の供養のためと思っていましたが、ここでは阿弥陀如来や地蔵菩薩のように信仰されていたのかも知れません。

 

 

「てきちゅう」と読めますので、ネットでは宝くじが当たるように、願を掛けると良いなどと書かれていますか、当たった人がいれば、更に立派な御堂にするでしょうね。

 

的中観音 埼玉県川越市的場  地図link

 

 

桜と菜の花畑 埼玉県飯能市下加治

飯能寄居線の通りに桜と菜の花が、毎年咲き乱れます。

だだひたすら手持ちでオートの撮影です。

器用なことは出来ません。

 

 

 

あまり知られていないのか、カメラマンは私以外に一人だけでした。

その人はチャンと三脚も用意しています。

 

 

土日には多いのかも知れません。

ただし、車を駐めるのに苦労すると思います。

 

お母さんがスマホでお子さんを撮影しています。

 

 

 

 

桜と菜の花  埼玉県飯能市下加治  地図link

 

 

雷電塚古墳 埼玉県坂戸市小沼

東光寺のすぐそばにある古墳が、雷電塚古墳です。

前方後円墳で、六世紀中頃に造られたようです。

 

 

全長25.5メートルあります。

 

 

発掘の結果、円筒埴輪、朝顔形埴輪、須恵器が出土しています。

 

 

 

 

地蔵菩薩と宝篋印塔が祀られていました。

東光寺と関連があるのかも知れません。

 

 

 

天頂部に祀られているのが雷電社のようです。

 

 

近くの東光寺御本堂裏側は東光寺古墳(雷電塚古墳3号墳)です。

 

雷電塚古墳  埼玉県坂戸市小沼279 地図link

 

 

西武球場とブルーインパルス

昨日はパリーグ公式戦開幕が、西武ライオンズ球場ありまた。

所沢へ出かけるとブルーインパルスが飛行することを知り、目的は果たさずにブルーインパルスの撮影です。

 

 

このように近くでブルーインパルスを見たのは初めてでした。

 

 

元ブルーインパルスの隊員であった人が、当寺の檀家さんにいます。

たまたま知ったのですが、仲間も参加した法養で始めて知りました。

本当に謙虚な方です。

 

 

かなり多くの方が、撮影を楽しんでいました。

 

 

かなりトリミングしてあります。

 

 

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