2022年05月

かってに関東三観音 浅草寺 鎌倉長谷寺 塩船観音

関東三観音と検索しても、歴史のある寺院を紹介するカテゴリーはありませんでした。

あるにはあるのですが、昭和になってからのコンクリートなどで造られた巨大観音像ばかりです。

 

関東の観音様を祀る所は坂東・秩父だけでなく、数多くの札所や寺院があります。

私が参拝していない寺院の方が、遙かに多いのです。

 

そのため勝手に自分好みも含めて、由緒ある関東三観音を掲載致します。

 

浅草寺

飛鳥時代に網にかかった聖観音を祀りました。小さな御堂を造り祀ったのが浅草寺の始まりです。

大化元年(645)、勝海上人が観音堂を修造しましたが、上人の夢枕に観音様が現れ、「みだりに拝するなかれ」と言われました。

そのため今でも秘仏となっています。

 

元は天台宗でしたが、昭和25年(1950)に独立して、聖観音宗となりました。

初詣はもちろん、年間を通して多くの参拝者が訪れています。

 

 

 

境内には浅草神社・五重塔・薬師堂・二天門など、多くの諸堂があります。めったにありませんが、伝法院の庭園も見学出来る日があります。

全て廻るのには、かなりの時間がかかります。

ホームページをよく調べて参拝することをお勧め致します。

 

 

仲店が数多くありますので、歩きながら買い物をするのも面白いでしょう。

美味しいお店もたくさんありますが、残念ながら私には外れもありました。

 

 

浅草寺ホームページlink

浅草寺  東京都台東区浅草2-3-1  地図link

 

 

鎌倉 長谷寺

大和の長谷寺十一面観音を勧請した寺院が各地にあります。

その中でもよく知られた寺院です。

創建は奈良時代とされています。

 

 

大変大きな観音菩薩像で、大和の長谷寺式十一面観音です。

 

 

 

参考に当寺(円泉寺)の長谷寺式十一面観音掛軸をご紹介致します。

 

 

 

長谷寺から眺めた由比ヶ浜です。

ここをバックに記念撮影をする人も大勢いました。

 

 

長谷寺ホームページlink

鎌倉 長谷寺  神奈川県鎌倉市長谷3丁目11−2 地図link

 

 

塩船観音

八百比丘尼が大化年間(645~650年)に一寸八分の紫金の観音像を納めたのが、塩船観音寺の開創と伝えられています。八百比丘尼ウィキペディア

人魚の肉を食べた八百比丘尼は不老長寿を獲得したと伝えられ、北海道と九州南部以南を除くほぼ全国に八百比丘尼伝説が分布しているそうです。

 

 

 

こちらが御本堂です。

御本尊十一面観音像・二十八部衆立像などが祀られています。

 

 

護摩堂には八百比丘尼の像も祀られています。

800年も生きて、この地にも来ていたとの伝承を知るとは思いませんでした。

 

 

参拝するならば、ツツジの頃が一番のお勧めです。

この時期は駐車場が有料になります。

 

近くのお店で、そばを食べました。

評判通りの美味しいそばでした。

 

塩船観音寺ホームページlink

 

塩船観音寺 東京都青梅市塩船194 地図link

 

 

まだまだ歴史ある参拝者の多い寺院があるはずです。

違うぞと思う方も多いでしょう。

 

 

関東三大不動 成田山・高幡不動 他の四ヶ寺

関東三不動とは成田山新勝寺と高幡不動金剛寺は確定なのですが、三番目に髙山不動・不動ヶ岡不動尊總願寺・雨降山大山寺が入ります。

全て真言宗です。

しかし天台宗の目黒不動瀧泉寺が、なぜ入らないのか不明です。三番目に目黒不動を入れました。

 

成田山新勝寺

間違いなく不動明王信仰で一番の寺院は、真言宗智山派の大本山・成田山新勝寺です。

少なくとも5回参拝しています。

関東36不動霊場の第36番札所です。

 

 

この日は御本堂で末寺や分院のご住職が集まり、会合を行っていました。

知っている方が受付しようとしていましたが、邪魔にならないよう声をかけずに御本堂参拝です。

 

成田山は平将門調伏の御祈願で有名なお寺です。

このため子孫や神田明神の氏子・信者は、成田山には詣でることはありません。

 

 

しかし、平将門公の子孫(先祖の平良文が甥である将門公の養子となった)・千葉常胤が文治4年(1185)に成田山本堂を再建しているのです。

高田崇史(たかだたかふみ)氏の「QED~ventus~御霊将門」を読み、長年の疑問が解けました。

是非読んでみてください。

ブログlink「鬼門の将軍」高田崇史著 平将門公は怨霊では無かった!

 

 

門前街が開けています。

昼食にウナギを食べ、土産物屋覗きながら帰りました。

 

成田山新勝寺 千葉県成田市成田1  地図link

 

高幡不動金剛寺

真言宗智山派・別格本山です。

京王線と多摩モノレール高幡不動駅からすぐの場所にありますので、気軽に参拝できます。

 

 

大宝年間(701 – 704)に行基菩薩が開創致しました。

不動堂には気軽に参拝できますので、この日は仲間と小さな声でお経をお唱え致しました。

 

 

関東36不動霊場の第9番札所です。

 

新選組副長・土方歳三の菩提寺です。

銅像が境内にありました。

 

 

40年程前には、この近くに住んでいたことがあります。

懐かしい場所です。

参拝するならば、紫陽花の頃が良いでしょう。

 

高幡不動金剛寺  東京都日野市高幡733  地図link

 

目黒不動瀧泉寺

慈覚大師の創建で、徳川三代家光の崇敬を受けて寺域の拡張と大伽藍の整備がなされました。

 

 

関東36不動霊場第18番札所です。

 

 

池波正太郎の作品「鬼平犯科帳」「仕掛人・藤枝梅安」に目黒不動の場面が何度も書かれています。

江戸でも多くの参拝者で賑わい、門前町も発達しました。

現在は門前町はないようです。

 

 

裏の墓地に青木昆陽の墓があります。

毎年10月28日が「甘藷まつり」が行われていますが、私が参拝したのは26日でした。

寺の境内には露店も出るようです。

 

 

目黒不動瀧泉寺 東京都目黒区下目黒3-20-26 地図link

 

髙山不動常楽院

白雉5年(654)の創建と伝えられています。

大きな伽藍を誇っています。
残念ながら軍荼利明王は、お参りできませんでした。以前お参りしたときは、あまりにも大きな像に驚いものです。

 

 

 

 

参拝するにはマイクロバスでも難しいと思います。

この日は数多くのハイカーが訪れていました。

 

高山不動 常楽院   埼玉県飯能市高山346  地図link

 

不動ヶ岡不動尊總願寺

智証大師作と伝えられる不動明王像が御本尊様です。

 

 

 

4年前に参拝しています。

節分会の参席者の名前が飾られていました。

デヴィ夫人や先日なくなった渡辺裕之さんの名前もあります。

 

 

関東36不動霊場の第30番札所です。

 

年間色々な行事が催されています。

当寺(円泉寺)に参拝に来られた方が、骨董市で面白い物を手に入れたと話していたことを思い出します。(毎月第4日曜日)

 

不動ヶ岡不動尊總願寺ホームページlink    

埼玉県加須市不動岡2丁目9−18  地図    

 

雨降山大山寺

天平勝宝七年(755)に良弁僧正が開創しました。

江戸時代には大山詣でとして、多くの人で賑わっています。

しかし廃仏毀釈の為に、寺は大山阿夫利神社とされてしまいました。

その後、明治6年に現在の場所に仮小屋を造り、明治18年に御本堂などが竣工されています。

 

 

急勾配の階段はありますが、近くまでケーブルカーが来ていますので、私でも気軽に参拝できました。

 

 

関東36不動霊場の第1番札所です。

 

17年前ですが、伽藍整備ために浄財を集めていましたので、僅かですが納めさせていただきました。

 

 

大山寺  神奈川県伊勢原市大山724  地図link

 

関東三大天神 湯島天神 亀戸天神 谷保天満宮 +大生郷天満宮

関東三天神は全て東京にあります。湯島天神、亀戸天神、谷保天満宮です。

湯島天神、亀戸天神は十数年前に参拝しています。

 

湯島天神

湯島天神は上野公園から比較的近くにあります。

上野からは色々な見所もありますので、自分なりのコースで参拝すると良いでしょう。

 

拝殿

 

境内

上の写真とは時期が異なります。

梅花の頃は出店も多く、この日は猿回しを楽しむ方々が大勢いました。

 

 

各地の天神様も梅の木が植えられています。

 

湯島天神 東京都文京区湯島3丁目30−1  地図link

 

亀戸天神

運良く藤が満開にあと少しの時に参拝しました。

 

 

梅の木がないわけではありませんが、圧倒的に藤の花が目立ちます。

 

 

上の写真は太鼓橋からの撮影です。眺めも楽しめます。

 

花園社は道真公の奥様「宣来子」を祀ります。

 

亀戸天神 東京都文京区湯島3丁目30−1 地図link

 

谷保天満宮 

道真公の第三子・道武公により開創された神社で、東国では一番古い天神社です。

古い撫で牛は、素晴らしい石像です。

 

厳島神社北側はアジサイの名所で、良い時期に訪れたと思います。。

 

鶏が放し飼いになっていました。

 

前の写真より早い時期に来たとき梅林です。

 

谷保天満宮  東京都国立市谷保5209 地図link

 

大生郷天満宮

関東三天神に含まれませんが、日本三天神に入れられることのある天神社です。

何故ならば道真の遺骨を祀っている神社だからです。

 

 

道真公の三男・菅原景行が常陸介として遺骨を携えて赴任し、道真公の墓を建てました。

さらに現在地に移し、延長7年(929年)創建致しました。

 

 

菅原道真公御廟所と駐車場は、本殿の裏にあります。

 

大生郷天満宮ホームページlink

大生郷天満宮  茨城県常総市大生郷町1234 地図link

 

関東三弁天 江島神社 浅草寺弁天堂 布施弁財天(東海寺)

関東三弁天とは江島神社、浅草寺弁天堂、布施弁財天のことです。関東三大弁天とも言います。

 

江島神社

江島神社は辺津宮、中津宮、奥津宮の三社があります。

 

随神門

 

 辺津宮

 

奉安殿

弁財天十五童子が祀られています。全国の弁財天十五・十六童子所在地ブログlink

 

中津宮

 

奥津宮

 

岩屋の弁財天などの石仏群

 

足腰に自信のある方は、ここまで来られることをお勧めします。

島の中に数々の施設や社があります。

階段も多いのですが、時間をかけて島を一周することも楽しいです。

 

お昼はしらす丼を楽しみました。

 

 

江島神社  神奈川県藤沢市江の島2-3-8 地図link

 

浅草寺弁天堂

浅草の観音様で知られるお寺の一角に弁天堂があります。

普段から参拝者の多い寺院です。

 

浅草寺

 

弁天堂

境内でも東側少し外れになります。

 

弁天堂近くのお店で、焼きたてのメロンパンを食べることがあります。

出来たばかりは、ほっこりとして美味しいです。

 

仲見店

 

 

この日は浜離宮公園より、隅田川を水上バスで浅草に着きました。

 

 

浅草寺   東京都台東区浅草2丁目3−1 地図link

 

布施弁財天(紅龍山東海寺)

大同2年(807)の開山と伝えられています。

ここには平将門の伝承があり、二度ばかり参拝しています。
二回目は妙見菩薩が近くに祀られていましたが、境内に移築されたことにより妙見菩薩、平将門関連(平家の末裔)の方々ととも参拝致しました。

 

楼門

 

鉄道の発達以前は、利根川の水運で多くの参拝者がもう出ました。

 

御本堂

立派な弁財天様が祀られていました。

 

鐘楼堂

五重塔や諸堂が祀られています。

 

妙見堂

妙見菩薩が祀られています。

 

当寺(円泉寺)ホームページの「妙見信仰」link

 

布施弁天  千葉県柏市布施1738  地図link

 

掲載した写真は5~12年前の参拝時です。

 

関東三大聖天 妻沼聖天 待乳山聖天 平井聖天

各地の寺や神社を参拝することが多いのですが、フィルム時代の写真は殆ど残っていません。

デジカメになってからの約20年間の画像ばかりになります。

 

関東三○○で、全て参拝した所のみを何回かに分けて掲載致します。

先ずは聖天様です。

 

妻沼聖天

 

齋藤別当実盛が治承3年(1179)聖天宮を建立したのが始まりです。

平成31年は開創850年にあたり、秘仏御開帳記念で、数多くの参拝者で賑わっていました。
普段も参拝が多い寺です。

 

聖天堂は国宝に指定されています。

一緒に参拝した友人達も喜んでいました。


高野山真言宗 妻沼聖天山歓喜院 埼玉県熊谷市妻沼1627  地図link

 

待乳山聖天

 

浅草寺の子院で、浅草寺からは隅田川に沿って、約1㎞ほどの所にあります。

受付では奉納用の大根が置いてありました。

 

 

 

大正12年、池波正太郎は待乳山聖天公園の南側に生まれています。

鬼平犯科帳、仕掛人・藤枝梅安、剣客商売などの作品が、テレビでドラマ化されています。

 

聖観音宗 待乳山聖天本龍院 東京都台東区浅草7丁目4−1地図link

 

平井聖天 燈明寺

 

手前が御本堂で不動明王を祀ります。

 

 

 

御本尊の聖天様は秘仏になっています。

節分絵には稚児行列や火渡りが勤修されます。

 

徳川の時代には歴代将軍が鷹狩りの折に御膳所として使用されました。
この日の参拝者は私一人でした。今から14年前になります。

 

新義真言宗 平井聖天燈明寺 東京都江戸川区平井6-17-30 地図link

 

 

薬祖神

薬祖神(やくそじん)・神農は中国由来の神さまです。

 

 

どの植物が薬草になるか、調べるために自らなめたと伝えられており、この図のように口に入れている図が、多く残されています。

初めてこの図を見たとき、鬼かと思いました。

数千年の長い年月をかけて調べ上げ、数多くの漢方薬となったのです。先人の知恵と経験が薬祖神の姿としての信仰されてきた訳です。


中国では薬祖神が、大切にされていたことを知りました。
特に漢方薬業者や医療関係者、交易関連の方が信仰していたようです。

 

 

日本では神農大帝として、香具師やテキ屋にも信仰されていたそうです。
映画・テレビ・小説で見たこともありません。

神農廟が湯島聖堂にあるようですが、以前参拝しながら撮してきませんでした。

 

湯島聖堂 東京都文京区湯島1−4−25 地図link

 

芍薬が咲き出しました。

境内の芍薬が、一斉に咲き出しました。

全て白ばかりです。

 

 

さすが連休中です。

お墓参りの方々が、いつもの休日より多いような気がします。

 

 

ただし、299号線バイパスの混みようは、中途半端でない場所もあるようです。

ムーミンパークは、八時半までに入るようにする必要がありそうです。

 

追記 2022/05/14

ピンクと黄色の芍薬です。

 

 

青砥藤綱 井上探景の浮世絵

井上探景(安治)の青砥藤綱の逸話を描いた浮世絵「教導立志基 青砥藤綱」です。

藤綱が夜に10文を川に落とし、松明代50文をかけて10文を探した逸話が知られています。

「ウィキペディアに「10文を探すのに50文を使うのでは、収支償わないのではないか」と、ある人に嘲られたところ、藤綱は「10文は少ないがこれを失えば天下の貨幣を永久に失うことになる。50文は自分にとっては損になるが、他人を益するであろう。合わせて60文の利は大であるとは言えまいか」と答えた。」とあります。

この絵であったかは覚えていませんが、何かで読んだ記憶があります。

 

 

 

鎌倉末期の清廉潔白な武将だったことが知られています。

太平記にも逸話が記されているそうです。

青砥藤綱ウィキペディア リンク

 

作者の井上探景(安治)は小林清親の一番弟子です。

元治元年(1864)に生まれましたが、 明治22年(1889)に26歳で亡くなっています。

お墓は川越市の行伝寺にあるそうです。

井上安治(探景)ウィキペディア リンク

 

 

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