2021年05月

武蔵国高麗郡 某神社と某家の系図 歴史 游古疑考倶楽部調査委員会

ある神社の歴史と家系図について、常々おかしいと思っておりました。
ここの家が○○家の本家である。高麗郡の由緒正しい格式の高い神社であるなど、私の知る歴史とは大きく異なった歴史がホームページに掲載されています。

あちこちの神社におけるホームページは、廃仏毀釈以前に関して都合の良い歴史を書いてことが多々在ります。実際は寺であったのにかかわらず、始めから神社であったと案内板に書かれているのを見ることもあります。歴史の改竄が明治になって行われたのです。

それどころか平成になってからの改竄も見たことがあります。それも大きな石版に彫られていました。一緒に行った地元の歴史に詳しい友人は怒っていました。それは友人の先祖を侮辱した内容だったからです。さらに宮司は学校の恩師でもあったのです。


新編武蔵野風土記も信用できない部分があるのですが、何らかのヒントを与えてくれます。

同じような疑問を持つ隣の市の方々が、詳しい資料を掲載し、疑問点を整理しているホームページを開設しました。游古疑考倶楽部調査委員会ホームページlink

私がいただいた資料の一部です。

 

 

○○家の一番おかしいと思うのは、坂戸市の□□家が系図を借りながら、返さなかったと神社のホームページにあることです。
□□家に系図を借りながら、返さなかったのは○○家のはずです。
○○家が返していただけなかったら、新たな系図は○○家の創作なのです。自ら家系図を創作したことを認めている部分です。
私は50年前□□家ご本家にお話を聞いています。他の郷土史家の方や父からも同じ話を聞いていました。

ある大学の教授が資料を見せていただくと、見ただけで「けっこうな資料を見せていただいて、ありがとうございます」と言い、帰ってしまったと、一緒に行った人が何かに書いてあったのを思い出します。怪しいと思う人が他にも多くいるようです。

ホームページには、いろいろな資料が掲載されています。
今後も増えていくと思います。
  

 

曹洞宗 長念寺 埼玉県飯能市

時々前の道を通るのですが、いつも通り過ぎていました。

かなり以前に先代のご住職とは、能地区仏教界の集まりで何度かお目にかかっています。

かつて先生をされていたと思います。

 

 

 

格式ある寺とし知っていましたが、かなり苦しい時代があったと書かれていました。

 

 

 

観音堂の御本尊・聖観世音菩薩、向かって左が韋駄天、右が毘沙門天です。

 

 

 

天明六年建立のの六地蔵石幢

 

 

 

墓地内にある一番大きな板碑には梵字はハク(釈迦如来)・貞治3年(1364)のようです。

更に古くは正安元年(1299)もあると書かれていました。

 

 

長念寺 埼玉県飯能市白子260 地図link

 

NNT飯能緑町ビルの電波塔

地元の信用金庫駐車場の道を挟んで東側に、NTTの大きな電波塔と思われる施設があります。

ここの建物を調べるとNTTの業務内容と電話番号0120がありますが、客が入っているようには思えません。

収容局(交換局)とありました。ホームページはネットと電話で対応する内容のみです。

 

 

表には工事用の車と資材が置いてあるのみです。

 

 

 

表札はNTT東日本のみです。

 

 

かなり遠方からも電波塔を眺めることが出来ます。

 

 

詳細が分かりませんが、かなり重要な施設なのでしょう。

 

NTT東日本飯能緑町ビル  〒357-0024 埼玉県飯能市緑町4−5

 

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