他の寺社

反町薬師参拝 群馬県太田市

このお寺は各種ご祈願で知られているようです。

1月4日の大縁日には、参拝者が殺到するようです。

 

 

新田荘遺跡の中では、最も良く残されている遺跡のようです。

四方の堀も水を張った状態で残されています。足利市の足利氏屋敷跡である鑁阿寺も素晴らしい景観でした。

 

 

南側の堀

 

東側の堀

 

南側の土塁

 

お薬師さまの西脇を行くと、小さなお堂があります。この先は北側の堀がありました。

竹塀の内側には、お寺の庭園がありました。豊かな水を利用した池があります。

 

 

お参りした時は、藤の房が約15センチほどになっていました。

今頃はさらに伸びているでしょう。連休前から見頃だと思います。

 

弘法大師を祀る大師堂

 

こんな素晴らしいお寺だとは知りませんでした。

反町薬師照明寺  群馬県太田市新田反町町896  ホームページlink         

明王院 石造千体不動塔 群馬県太田市

4月3日

東照宮をお参りし、明王寺安養院へ向かいました。

康平4年(1061)の開基と伝えられています。

安養とは安養浄土から採られています。即ち極楽浄土です。安養山、安養寺、安養院名の寺は、ご本尊として阿弥陀如来を祀っています。
時代の変遷で、他の仏様がご本尊の所もあるかもしれません。ここのご本尊は確認しませんでした。

ここは安養寺館跡で、太田市の説明に「安養寺館跡は、土塁(どるい)・掘割(ほりわり)は現状では見られませんが、安政2年(1855)の安養寺村絵図や昭和の地籍図には掘割が確認できます。居住者は、死後に「安養寺殿」と諡(おくりな)された新田義貞が有力です。」とありました。


新田義貞の鎌倉攻めにここの不動明王が山伏に化身し挙兵を触れ回り、勝利に導いたことで「新田触不動尊」と呼ばれています。

 

 

新田触不動尊

 

素晴らしいと思ったのは、ここの 石像千体不動塔です。石像が本当に千体あり、ピラミッドの形で祀られていました。

 

 

 

御本堂は昨年新築されました。ご本尊は倶利迦羅不動明王。

 

堀割などがなくなっているので、ここは止めようと思っていたのですが、行って正解でした。千体不動塔は一度お参りに行って頂きたいと思います。

明王院  群馬県太田市安養寺町200-1  地図

明王院ブログ     

冠稲荷神社参拝 群馬県太田市

昨年に続き二回目の参拝となりました。

 

ここも新田氏と関連する神社です。

 

ここの木瓜は前回来たとき以上にキレイだったように思います。これだけの所は見たことがありません。

 

厳島神社には弁財天十六童子が祀られています。

 

御本社では何人もの方のご祈願が行われていました。お参りも大変多い神社です。

聖天宮

 

この結婚式場を利用される方が大勢いるようです。

ここでは簡単な食事ができます。参拝者もここのトイレを利用できます。

次に世良田の長楽寺と東照宮に向かいました。

 

妻沼聖天山歓喜院参拝 埼玉県熊谷市

4月3日、文珠寺の後に熊谷市妻沼の聖天様をお参りしました。ここを少し北に向かうと利根川が流れており、先は太田市に続きます。

斎藤別当実盛が、先祖伝来の歓喜天をお祀りし、治承3(1179)年に聖天宮を開きました。現在の本殿「聖天堂」は宝暦10(1760)年に再建されました。

平成15年10月から約7年間をかけ、本殿の大修理が行われました。

 

 

 

 

 

以前、修復後にお参りに行きましたが、きらびやかすぎて違和感を覚えましたが、今回はグンと落ち着きが出ました。

 

毎日ボランティアの方々により、10時より説明があります。この時間に合わせてお参りされることをお勧めします。

 

本殿の三面に見事な彫刻があります。春、夏、冬がありますが、秋はありません。

 

 

 

下の彫刻は駕籠彫りと言い、くり抜いて彫られています。手の込んだ彫刻です。

 

本殿の北側に多宝塔が、ひっそりと建っていました。ここも是非お参りしていただきたい場所です。

 

来年の4月16日から22日までご開帳になります。滅多にない機会ですので、必ずお参りに行きたいと思っています。

 

最期に名物のいなり寿司を食べに行きました。小林寿司 地図 

 

次に太田市世良田の長楽寺と東照宮に向かいました。

三体文殊 五台山文珠寺 埼玉県熊谷市

 

県内、群馬の寺社を4人の仲間と参拝に行きました。一人は仕事が入り不参加です。

文珠寺には今回で三度目のお参りになると思います。最初は関越高速もなく、どのように行ったか思い出せません。

国営武蔵丘陵森林公園の近くですから、インターチェンジを降りると、それほど時間はかかりません。

桜の開花に合わせていく予定だったのですが、あまりにも咲くのが早く、もう散りかけていました。

 

曹洞宗総持寺元輪番のお寺でしたから、相当な格式の寺だったのでしょう。

大祭や受験シーズン前は、大勢の参列者で賑わったのでしょう。

 

本堂内には、千羽鶴が沢山下がっていました。合格祈願と、合格のお礼のためでした。

 

今日は受験生の親御さんでしょう、女性ばかり数人お参りに来ていました。

 

話は変わりますが、ここは増田館跡で城主は増田四郎重富です。文殊寺を長享元年(1487年)に再興し、寺で没したと伝えられています。

 

柏林寺 飯能市上名栗柏木

今は元柏林寺と言うべきかもしれません。地図

ここのお寺が上名栗の鳥居観音になりました。

たしか何年か前は医王寺が管理していました。今はどのようになっているのか分かりません。

 

 

 

せせらきキャンプ場を通り抜け、川を渡るとすぐ右折すれば寺に着きます。

    せせらきキャンプ場  リンク   飯能市 埼玉県 357-0111

名栗川の清流

 

曹洞宗 医王寺   飯能市上名栗556

 

花の寺 縁結び 愛染明王の寺 放光寺 山梨県甲州市

花の寺 放光寺 愛の花も開きます

甲州市の放光寺は、武田信玄の祈願寺です。     放光寺       縁結びリンク

 

 

 

近年、愛染明王様のご縁を頂き、縁結びに来られる方が増えています。

 

お守りが縁結び

愛染明王様が縁結び

五円玉の付いた御守りを結びましょう。

 

心を落ち着けて祈りましょう

 

私が住む埼玉県飯能市からは圏央道が繋がり、放光寺へは丁度1時間で着きました。

この時期は、まだ梅もわずかに開いているだけですが、これから暖かくなると、桃、桜、牡丹、アジサイなどが咲き出します。

精進料理も楽しめますので、是非お参りされることをお薦めいたします。精進料理

 

 

 

ブドウを持ったお薬師さま 大善寺 山梨県甲州市

ぶどう寺 大善寺

 

 

以前から大善寺のぶどうを持った薬師如来様に興味があり、お参りに行きました。

お薬師さまのご開帳は、平成30年10月1日~14日予定となっていますので、その頃もお参りに行くつもりです。

薬師信仰はインドでなく、シルクロードで盛んだったようです。そのため古くはブドウを持ったお薬師さんの像もあったようです。

明治時代に大善寺を訪れるたお公家さんが、「お薬師さんの手にブドウがあるのはおかしい」とブドウを外させたとことが、ずっと以前にネットで書いてあったのを思い出します。

その当時はお公家さんの名前も書かれていたはずです。

 

逃げ恥のロケが行われ、多くの参拝者が来られているそうです。

受付の本堂脇玄関におひな様が祀ってありました。ご本堂内陣、庭園共に素晴らしいお寺です。

立派な仁王門です。仁王様も素晴らしい御尊像でした。

もう一体の仁王様も素晴らしい像です。

大善寺縁起

慶応4年に近藤勇などの部隊が官軍と戦った場所が、大善寺でした。この浮世絵は月岡芳年による作品です。

あと少しで階段も終わりです。150段だそうです。楽屋堂を抜けると、国宝薬師堂です。

楽屋堂

国宝の薬師堂です。ここにお薬師さまが祀られています、

平成になり、左手の葡萄を復元しています。

建物も立派ですが、普段お参りできる蓮慶の日天月天像、十二神将像も見事でした。

地蔵堂 ボケ封じの旗がありました。

境内から見る甲州市の景色です。

帰りは階段でなく、坂道を選びました。

武田勝頼の乳母が記録した武田滅亡記が残されています。

理慶尼のお墓

真言宗智山派 大善寺 

山梨県甲州市勝沼町勝沼3559 Home page      地図
    電話 0553-44-0027

 

 

 

埼玉県東京都の摩利支天を祀る寺社

埼玉の摩利支天

 

摩利支天を調べると、飯能市に五カ所の摩利支天のお堂、社がありました。興味を持って、埼玉県の摩利支天を祀る寺社を調べてみました。

併せて、東京都の入れました。

この画像は当寺の摩利支天掛軸です。

摩利支天社 飯能市美杉台5-16  平等院の西、防災倉庫から山に向かい約100メートル。ブログ

 

摩利支天堂    飯能市長沢  顔振峠(こうぶりとうげ)の平九郎茶屋(長沢1562)の東脇を降りてすぐ。ブログ

 

八耳堂  飯能市大河原582  軍荼利神社 摩利支天社   ブログ

 

円泉寺  摩利支天掛軸  飯能市平松376   ブログ  

 

御嶽神社  飯能市中藤中郷四郎寺 石仏  ブログ


熊野神社(洞雲寺裏山)  摩利支尊天文字碑  ブログ
   洞雲寺  飯能市下名栗368

 

摩利支天神社  埼玉県日高市久保51  ブログ

 

下野上神社  摩利支天碑 秩父郡長瀞町野上下郷字横丁2046
    父不見山(ててみずやま)の南 石祠 小鹿野町藤倉の寺平

摩利支天石碑   秩父郡長瀞町上野上

能気神社 摩利支天碑 埼玉県秩父郡東秩父村安戸382

摩利支天堂  深谷市江原84-1  木曽御嶽信仰の神社。丸江講の元拠点。

摩利支天堂  秩父郡横瀬町大字横瀬5108番地 地図  個人の所有  ブログ

 

摩利支天神社  埼玉県南埼玉郡宮代町本田4丁目5

摩利支天石碑  比企郡ときがわ町  堂平山からテレビ中継受信塔のある山頂町

八宮神社  摩利支天像  比企郡小川町廣野927

摩利支天碑(文字)  大里郡寄居町西ノ入り  仙元山

摩利支天  埼玉県羽生市弥勒   地図

摩利支天堂  入間郡越生町  五大尊つつじ山から大高取山への登山道

摩利支天王  あじさいやま公園 入間郡越生町麦原 越生町麦原528 ブログ

 

東印寺 摩利支天石仏   加須市中種足1378

摩利支天大神の石碑  本庄市児玉町稲沢  ハイキングコース(尾根)

摩利支天堂  川越市寺尾 勝福寺(寺尾640)の東 パールメゾンの前  地図

本応寺番神堂 日天子・月天子・明星天子・摩利支天  川越市石原町1-4-10

熊野神社  摩利支天碑  川越市岸町2-21-7

御嶽神社  摩利支大神  東松山市下唐子  下唐子1号墳の上

 

長久寺 猪に乗った将軍地蔵  坂戸市浅羽1486

※久邇カントリークラブ内  猪に乗った将軍地蔵  飯能市平松

※安立院  猪に乗った将軍地蔵   東京都台東区谷中

 

東京の摩利支天

徳大寺 台東区上野4-6-2  摩利支天が本尊  ブログ

玄静院 摩利支天堂  豊島区南池袋3-6-16

裏宿神社 青梅市裏宿町 中世は摩利支天宮776  裏宿神社に変えた。ブログ

常福院仁王門  摩利支天像  東京都青梅市成木7丁目1192   ブログ   

正福寺  摩利支天石像  東京都青梅市今井2丁目1045    ブログ
泉岳寺  摩利支天像(秘仏)  東京都港区高輪2-11-1 
 
日先神社  江東区猿江1-22-12
 
妙善寺  摩利支天像  東京都港区西麻布3-2-13

豊川稲荷東京別院  摩利支天石像  東京都港区元赤坂1-4-7   
 
西方不動尊 摩利支天石仏  東京都北区上中里1-47
 
 

※意外だったのは、埼玉県では飯能市が一番多かったことです。出かけるにも近場が多いので、結構回ることが出来ました。青梅市は飯能とは隣接していますので、近々お参りしてこようと思っています。

関東全域、日本全域は調べるのを止めました。

薬研堀不動院と講談

 

 

川崎大師東京別院・薬研堀不動院にお参りと講談を聞きに行きました。

講談発祥の地とのことで、本日は有料ですが、毎月28日のお不動様の日は無料になります。

円泉寺檀家の姪御さん・宝井琴柑さんが出演しますので、早く到着の予定が1時間遅れとなってしまいました。残念ながら金柑さんの番に間に合いませんでした。

一竜斎貞寿師匠とトリの宝井琴星師匠は、タップリ堪能することが出来ました。

宝井金柑さんには、いろいろ気配りしていただき、申し訳なく思っています。

金柑さんに「ここのお寺は円泉寺と同じ真言宗智山派なのです」と言ってしまったために、主監をお呼びすると言われてしまいました。

慌ててお断りしたのですが、直ちに迎えに行ってしまい、弱ったな~と思っていると、主監が先に「○○さんですよね」と言われました。

なんと後輩の渡辺さんでした。

金柑さんにも成り行きに驚いていたようです。主監と話している間も、ずっとつきあっていました。気配りを大切にする芸人さんですね。

宝井金星師匠のしつけを当然のごとく守っているのでしょう。他の講談師の方も同じようにお客さんを大事にしていました。

 

 

 

講談は本堂の下他のホールで行います。

本堂脇には、弘法大師像と向かって右側が、講談発祥の地の碑、向かって左側が、順天堂発祥の碑があります。

 

 

渡辺主監には地元の名物、七味唐辛子をいただきました。申し訳ありません。

主監も職員も気配りが行き届いています。

寺の住職だと、ふんぞり返っている時代ではありません。特に祈願寺は、お客さん、信者さんには、このような気配りを大切にする必要を小僧時代から、しつけられているのでしょう。

 

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