他の寺社

宗像神社 寄居町

ここは先ほど書いた廃仏毀釈以前は極楽寺聖天宮の下社でした。

ここに書かれた縁起では最初から宗像神社ですが、聖天様ではまずいと宗像神社にしたのでしょう。

あるいは同じ敷地に宗像社があったのかもしれません。

 

 

すぐ脇の池の中に厳島神社があります。いかにも弁天様のお社です。

私はここの池に映るお社が好きです。

以前お参りに来たときは、噴水が勢いよく出ていました。

 

 

裏に回ると、先ほど行った極楽寺が、八高線と隔てて望めます。

極楽寺と一体だったことがうかがえます。

極楽寺 寄居町

今から十数年前、妙見菩薩を調べていた頃にお参りに来ています。

いつ頃かは知りませんが、かつて妙見さまが祀られていたと書かれていたことがありました。

聖天宮前の紅葉がきれいです。

  地図

 

学に歓喜天の文字が刻まれています。

ここは寄居七福神の内、毘沙門天と弁財天の札所になっています。

これらの大きな七福神像は、どこかの宿で祀られていたそうです。

ここが手放すことになり、寄居町のお寺が引き受け、札所となました。

以前ここにお参りに行った方に聞くと、正月の初め頃でありながら、あまり参拝者がいなかったと話していました。

 

私の住む寺は武蔵野七福神札所ですが、他の六カ所に比べると、グンとお参りが少ないのです。交通の便が悪く、ほとんどバスの便がありません。

 

正龍寺 寄居町

ここも藤田氏関連の寺院です。

ズッと以前ここに来ており、いくらか調べていました。

後に当寺檀家さんが、藤田氏を研究していましたので、色々教えていただきました。少しは覚えていたはずなのですが、ほとんど思い出せません。

優れた彫刻の仁王様です。

各地に仁王門がありますが、見劣りしない像です。

 

御本堂の西脇墓地の上に、北条氏邦夫妻、藤田康邦夫妻の墓があります。北条氏邦Wikipedia

銀杏の黄葉が見事でした。

年々大きくなってきますので、管理も大変でしょう。

 

善導寺 寄居町

浄土宗の元檀林なのですから、江戸時代は多くの学侶が学んでいたのでしょう。

寄居十二支霊場はあまり知らなかったのですが、有力な寺院が札所となっているようです。

札所寺院は空けている訳にはいきませんので、苦労も多いと思います。

私のいる寺も幾つかの札所になっていますが、どうしても不在となることが多くありました。「一年365日、寺にいるのは当たり前」と言われた時は、さすがに参りました。

ある有名な札所の住職が入院したときは、大変だったそうです。ほとんどか家族経営の状態でしょう。

ここも紅葉がきれいでした。

善導寺  埼玉県大里郡寄居町末野1686 地図             

 

御嶽神社の神々 埼玉県寄居町

少林寺五百羅漢をお参りし、途中の道を西に向かうと御嶽神社となります。

 

本来の整備された参道はありますが、駐車場がなく、ここから西に向かうことになります。

 

けっこうきつい場所があります。

 

ここまで来れば開けており、気軽にお参りできます。

 

たくさんの神々や御嶽講の先達山の石塔が並んでいます。

 

御嶽大神

摩利支天などの御嶽山の神々や蚕影山などの蚕の神様、妙見尊神などがあります。知らない神社もありました。

 

戦前の乃木大将と東郷元帥の石塔もあります。

 

ここは花園御嶽城跡でしたので、ユックリ周りを散策すれば、堀や石積みがあるそうです。

城跡マニアとも一緒に行ったのですが、足の悪い友人が待っていましたので、ここのみで帰ることにしました。

 

少林寺の五百羅漢と荒神様 寄居町

寄居町の少林寺は、武州寄居十二支卯年の文殊菩薩札所であることは知っていましたが、五百羅漢と千体荒神は知りませんでした。

11月27日 ちょうど紅葉真っ盛りです。良いときに来られました。

本堂西側の道を上って時計回りでいくと、五百羅漢が道沿いに並んで祀られています。

それぞれ表情が異なります。

良い場所にお参りでき、一緒に来たメンバーは大喜びでした。

 

龍神様の石仏もあります。

頂上には、釈迦三尊の石仏が祀られていました。禅宗らしさを感じます。

見晴らしも良く、ここでは休める場所があります。

 

帰りは、千体荒神の石碑が並んでいます。

 

角々には荒神様(青面金剛)がたてられていました。

一ヶ寺で、これ程の石仏群は見たことがありませんでした。

寄居に、このような場所があるとは思ってもいませんでした。

 

高崎観音 群馬県

洞窟観音・徳明園の後に、すぐ近くの高崎観音に行きました。

 

 

白衣観音様の体内廻りをしました。

以前来たときは団体客があり、進むのが大変だったことを思い出します。

閻魔大王

 

大日如来

 

普賢菩薩

 

阿弥陀如来

 

摩利支天

 

釈迦如来

 

まだたくさんの仏様が祀られています。

 

千社札が貼ってありましたが、落書きがダメなのに千社札は許可されているのでしょうか。

当寺では、あまりの勝手さに、全てお断りするようにしました。

 

群馬県 成田山水上寺(みなかみでら)参拝

仲間と三人で、群馬県の水上寺(みなかみでら)を詣でました。

10年ほど前、1人で参拝する予定で途中まで来ました。併し、水上インターを降りた途端に携帯に着信があり、急用のためやむを得ず帰ったことがありました。

その後、後輩の紹介もあり、連絡してから参拝致しました。

車は下の駐車場に置きましたが、御本堂脇にもあります。

 

 

 

あちこちに法話の看板がありました。

 

ご住職にご挨拶をして、御本堂の仏様にご挨拶を致しました。

写真OKとのことで、何枚も撮らせていただきました。

御朱印の方が、何組か来られました。

 

温かいお茶とお饅頭です。

 

いろいろな仏様が祀られています。

 

桜の頃が一番の見頃だと思います。

 

リンゴを3箱も頂きました。

来られなかった友人にも、お分け致しました。

        

   link 
地図        

 

秩父市の琴平神社、修験堂、岩井堂奥の院参拝

昨日は秩父の神社仏閣をお参り致しました。

先ずは琴平神社です。

 

ここは昭和電工の中を抜けて行くしかありません。

 

入口の守衛さんは、すぐ通してくれます。

まっすぐ向かえば琴平神社です。

 

鳥居の所を右に向かうと、太子堂がありますので、車はそこに止めました。

 

かなり急な階段になっています。

 

琴平神社に着きました。山中ですので期待していなかったのですが、なかなかのお社です。

 

さらに行くと奥の院となります。

 

これからは尾根道を行くことになります。

朝方までの雨で、木の枝に捕まりながら進みました。かなり滑ります。

 

鍾馗様の石碑です。石に刻まれた鍾馗様は初めて見ます。

 

ケバケバしい色のキノコです。

毒キノコでしょうが、とてもきれいでした。

 

 

江戸期に奉納された聖観音様の銅像です。

 

 

修験堂に着きました。

板や板の懸仏には、たくさんの神仏名が書かれてありました。

このまま手すりの着いた階段を降りれば、長者屋敷跡に行けるようですが、そこには行きませんでした。

少し戻って、岩井堂奥の院へ向かいます。

 

本来ならば、秩父札所26番は、ここなのですが、前回回ったときは円融寺納経所だけで済ましてしまいましたので、念願が叶いました。

後は真っ直ぐおりてくれば、太子堂・琴平神社に着きます。

太子堂

 

摩利支天塚古墳 琵琶塚古墳 栃木県小山市

国史跡 琵琶塚古墳・摩利支天塚古墳資料館

この資料館は、今年4月21日に開かれたばかりですので、カーナビでは表示されません。琵琶塚古墳、摩利支天古墳を目指していくことになります。

 

大和政権が下野の国(ほぼ現在の栃木県)全体を支配下に置いた最初の大首長の墓(5世紀末から6世紀初頭)と言われているようです。

摩利支天塚古墳の次に造られたのが、栃木県で一番大きな古墳・琵琶塚古墳です。親子なのかもしれません。 下毛野古麻呂(不詳 – 和銅2年・710)の先祖のお墓のようです。

琵琶塚古墳のすぐ北側が、東山道と推測されているようです。PDF資料

 

国史跡 琵琶塚古墳・摩利支天塚古墳資料館   リンク    栃木県小山市飯塚335  地図

 

中に入ると新しい施設だけあって、面白い展示をしています。

両古墳だけでなく、他の発掘品も展示されていました。

 

琵琶塚古墳

資料館の道を挟んで反対側が琵琶塚古墳です。

 

摩利支天塚古墳

摩利支天塚古墳は、資料館の南西になります。

近くの天台宗台林寺の持ち物になっています。

摩利支天社

今でも年に一度、祭礼が行われています。

天台宗 台林寺

 

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