他の寺社

曹洞宗 長泉寺 弥勒菩薩石仏 埼玉県飯能市

市内小岩井の長泉寺です。

珍しい弥勒菩薩の石仏が祀られています。

 

 

 

参道の左右に石仏と六地蔵が祀られています。

石仏堂

 

 

左から聖観音、西国観音霊場巡拝塔、弥勒菩薩、十一面観、馬頭観音の順に祀られています。

中尊の弥勒菩薩です。

 

 

弥勒菩薩の石仏は、当寺(円泉寺)御本堂にも祀られていますが、弥勒菩薩とハッキリ言えません。

新しい十三仏石仏を祀る寺院では見たことがありますが、古くから祀られている御尊像は珍しいと思います。

 

六地蔵

 

 

高麗坂東札所の観音堂です。

聖観音を祀ります。

 

 

無住のお寺と思われますので、御朱印は用意されていないと思います。

円泉寺も高麗坂東札所ですが、昨年今年と一人も御朱印の申込みはありませんでした。

申し込まれても断る寺院などもありますが、無理に巡り悪態をつく参拝者もいると聞きます。

「なぜ○○寺には誰もいないんだ」と言われたことがありました。

実質廃札所となっているのです。

 

長泉寺 埼玉県飯能市小岩井174 地図link

 

 

曹洞宗 浄光寺の猫供養塔 一石六地蔵と観音様石仏 埼玉県毛呂山町

毛呂山町を通ると、カーナビに浄光寺とありました。

なにか変わった石仏でもないかと寄ることに致しました。

 

 

六地蔵と数体の石仏が祀られていました。

 

 

ふとみると狐の石像かと思いましたが、猫の供養塔でした。

首に鈴を付けています。

 

 

側面には母猫名 みけ 明治二十五年、子猫名? 明治二十九年などと彫られていました。

 

 

ペットブームの現在でも、石塔を建てて供養することは希です。

現在のペット霊園や当寺(円泉寺)のようなペット供養塔(納骨堂)など、ないのが当たり前の時代でした。

 

一石六地蔵と観音様が彫られている石塔が二体祀られています。

 

 

これらの石仏に、つい嬉しくなってしまいました。

 

少し離れた場所に観音堂があります。

 

 

御本尊の如意輪観音様は、毛呂山町指定有形文化財となっています。

一石六地蔵の上に如意輪観音様が彫られているのも関連があるのかも知れません。

 

浄光寺 埼玉県入間郡毛呂山町川角1297 地図link

 

 

春日神社 埼玉県越生町

延暦元年(782)の創建だと伝えられています。

征夷大将軍坂上田村麻呂が内内裏山獅子岩に宮殿を築きました。

後に当地へ遷座し内裏大明神を祀り、平将門が当地に内裏を置いたされています。

 

 

春日神社は越生十六郷の総鎮守となっています。

 

 

祭礼は毎年10月第2日曜日に行われます。

 

 

流鏑馬神事が春日神社と八高線の間に設けられた馬場で行われましたが、昭和41年の台風で流鏑馬が中止されたまま現在では行われていません。

 

 

御本社と八坂神社の間にある的に、宮司が矢を射る行事に代わっています。

 

かつてYahoo!のブログを書いていたgakenchiさんがアメブロに移りました。gakenchiの春日神社ブログlink

私もYahoo!ブログ仲間でしたが、やめるつもりでしたので、あえてgooに移りました。

しかし、まだ続けて書いています。

現在は寺のブログがメインです。

 

神社の東脇には、八高線が走っています。

神社と線路の対比が面白く、一度撮影したいと思っていました。

 

 

春日神社 埼玉県入間郡越生町西和田317 地図link

 

臨済宗建長寺派 正法寺 埼玉県越生町

越生町には歴史ある大きな寺院が三ヶ寺あります。

報恩寺、龍穏寺、正法寺です。

正法寺は鎌倉時代の創建で、足利尊氏が中興したと伝えられています。

 

 

 

山門と閻魔堂の扁額は、ともに山岡鉄舟の揮毫です。

 

 

境内には優れた石仏・石碑が祀られていました。

 

 

地蔵菩薩

 

聖観音

 

閻魔堂には立派な閻魔様が祀られています。

閻魔様の前には、青梅七福神の大黒天も祀られています。

 

 

閻魔様の祭礼が行われますが、今年はコロナのために中止されました。

 

珍しい八大龍王です。

 

不動明王

 

板碑は文永4年(1267)の造立と思われ、越生町では一番古いそうです。

 

正法寺  埼玉県入間郡越生町越生960 地図

正法寺ホームページlink

 

 

 

曹洞宗 聞修院でコール・ノートン展 東京都青梅市

四曲屏風「生命流転」 太古・人間・涅槃・心

 

知人より青梅市黒沢の聞修院で、コール・ノートン展が開催されることを聞き、先日見学に出かけました。

御住職とは20年ぶりにお会いしました。

共に歳をとってしまいましたが、御住職は年上ながらかくしゃくとしています。

以前より座禅やいろいろな催しを積極的に行っています。

 

 

コール・ノートンさんから写真撮影の許可いただきました。

ダメだろうと思っていましたので、小さなカメラで撮影です。

一眼を持っていけば良かったと残念な思いでした。

 

コール・ノートンさんのfacebook

黒服の男性がノートンさん、手前を向いている方が奥様でした。

黒沢に越してきて、5年目になります。

 

頂相

 

鮮やかな絵や水墨画でした。

私には目にしても感じることの出来ない長い歴史、内面などを豊かな色彩とともに描ききっています。

 

 

しかし、ヌードの絵を御本堂で展示させるとは、御住職のすごさを感じます。

次々に見学の方が、訪れていました。

 

 

舞妓

 

当日御住職から知らせてくれた知人の仲間を紹介していただきました。

以前私も会った方々です。

飯能市で合唱サークルを指導している方でした。

以前当寺(円泉寺)にも童謡の撮影で来られています。

 

 

境内も整備されており、以前何度か伺ったときも花が咲いていました。

一年中何かしら咲いているそうです。

広い境内を時間をかけ散策するのも良いでしょう。

 

ここは青梅七福神の札所になっており、お正月には特に多く訪れます。

 

聞修院 東京都青梅市黒沢3-1578  地図link                聞修院ホームページlink

 

曹洞宗 龍雲寺 東京都青梅市

時折、龍雲寺の前を通るのですが、いつもは境内の成田不動堂を参拝するばかりで、御本堂参拝はまだでした。

 

 

御住職がおられ、親切に扉を開けていただきました。

蓮の頃、もう一度訪れたいと思います。

 

 

少しだけ、お話をさせていただき、枯山水の庭園を撮影させていただきました。

 

 

観音堂と不動堂は、道を隔てて南側にあります。

 

 

成田不動堂のいわれを聞くのを忘れていました。

この寺は曹洞宗です。

成田山は当寺(円泉寺)と同じ真言宗智山派に属しています。

 

 

成田山は宗旨に関係なく、多くの方が参拝しています。

ここも地域の方々が、江戸時代に御尊像を勧請したのでしょう。

 

龍雲寺 東京都青梅市黒沢1丁目519 地図link

 

 

天台宗 報恩寺 東京都青梅市

青梅市内では天台宗寺院は、ここのみです。

弘仁13(822)年に延暦寺の僧亮海が開創したと伝えられている古刹です。

 

 

地蔵堂には延命地蔵が祀られています。

脇の庭園は良く整備されており、ツツジか五月の咲く頃に訪れると良いでしょう。

 

 

境内裏手には七福神が祀られていました。

青梅七福神札所とは異なり、報恩寺のみの御尊像です。

 

 

この中では弁財天が一番印象に残りました。

 

 

報恩寺鎮護のために比叡山の日吉山王権現を勧請しています。

現在の東隣にある常盤樹神社です。

 

 

報恩寺  東京都青梅市今寺1丁目540 地図

 

福伝寺 地域の共同墓地 東京都青梅市

狭い境内でしたが、よく整備されていました。

丁度植木屋さんが、手入れをしています。

 

墓地に真言宗の卒塔婆が多くありましたので、真言宗系の寺院だと思いました。

しかし、他宗派の塔婆もあります。

 

 

ここのお墓を利用している方に聞くと、昔の歴史は分からないが、地域の人の使用する共同墓地とのことでした。

塔婆を見る限り真言宗が多く、他宗旨もあります。

中には神道もあるそうです。

 

 

往代住職の墓に案内していただきました。

しかし、墓石の文字を視ると多くが浄土宗系の住職名と思われます。

青梅市には浄土宗と近くに浄土系の時宗寺院があります。

関連の境外仏堂であったのかも知れません。

 

 

 

記念碑は天台宗報恩寺住職が書かれいました。

御堂を修復した折に、報恩寺に読経を依頼したためなのだそうです。

 

阿弥陀堂

 

新編武蔵野風土記で調べてみましたが、福伝寺は記載がありませんでした。

 

甲子大黒天 真言宗霊雲寺派・西浄寺 河鍋暁斎ねずみの図 埼玉県狭山市

狭山市に甲子大黒天(きのえねだいこくてん)の寺院があることを知り、参拝して参りました。

天文5年(1740)に霊雲寺の末寺となっています。

霊雲寺派の寺院は数ヶ寺は知ってはいますが、調べても多くありませんでした。

 

 

御本堂の紋を見ると、なんと「葵紋」でした。

 

 

御住職の大黒さん(奥様)に聞くと、御本山霊雲寺の宗紋が葵の紋なのだそうです。

徳川綱吉から現寺地を得て、霊雲寺を開創したことにより、宗紋となったそうです。

真言律宗の関東本山としてだけでなく、徳川家の祈願寺でした。

霊雲寺ブログlink

 

案内板にもありますが、宝篋印塔は徳川吉宗の二男である田安宗武により建立されました。

 

 

 

江戸期には霊験あらたかな大黒天様への参拝が盛んでした。

しかし、格式の高い霊雲寺派は檀家を持たない寺院が多く、明治以降苦しい時代を迎えてしまいました。

 

 

 

ある人はいろいろな自分好みの寺で七福神札所を作っていると、話していたことを思い出しました。

お正月は、それらの七福神札所を巡っているそうです。

ここなども候補に入れて、自分だけの七福神札所を考えるのも面白いでしょう。

 

後で気がついたのですが、西浄寺には河鍋暁斎が訪れ、多くの作品が残されています。

当時の住職・林法泉師は暁斎の弟子でした。林法泉ウィキペディアlink

 

暁斎の「ねずみの図」です。

現在は狭山市立博物館に寄託されています。

 

 

 

この図と同じ図柄の掛軸が、当寺(円泉寺)にあります。

大黒天は描かれていませんが、大黒天の小槌をネズミがお正月前に大掃除している場面です。

円泉寺の河西草畝筆の「遊福の図」です。

まったく同じ図柄であることが分かると思います。

河鍋暁斎の絵か、他の方が書かれた他の作品を元に描かれています。

ひょっとすると西浄寺で描いたのかも知れません。

 

 

西浄寺墓地は昭和56年にもうけられました。

祈願寺としてだけでは、寺院経営が厳しかったのです。

奥様は霊雲寺に勤務していました。

しかし、コロナのため週一回行くだけになっていると話していました。

腰の低い、明るい奥様です。檀家さんに頼られているに違いありません。

 

 

真言宗霊雲寺派 西浄寺  埼玉県狭山市柏原1059 地図リンク

河鍋暁斎展 サントリー美術館にて ブログlink

 

 

京都の名勝庭園 総本山智積院 京都市東山七条

小堀遠州による池泉回遊式庭園です。

国指定名勝となっています。

 

 

50年近く前に、大学当時の同窓生や後輩に対して、大書院で智積院の説明をしたことがあります。

「智積院の末寺には、成田山・川崎大師・高尾山があります。」

すると他の参観者10名ほどが、一斉に振り向きました。智積院より、はるから有名な寺だからです。

関東から来られた人が多かったのかも知れません。

パンフレットを読んでいれば分かることなのですが、これら関東三山が末寺とは、マッタク知らなかったようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大書院に描かれていた国宝障壁画は、収蔵庫での拝観となります。

ここには現在、模写が使用されています。

※写真は12年前に撮影致しました。

 

真言宗智山派総本山智積院 京都市東山区東山七条  地図

 

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