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春日地蔵曼荼羅中の地蔵菩薩? 春日大社 奈良市

日本の美術№67「神道美術」影山春樹編を読んでいると、この地蔵菩薩イラスト像とほぼ同じ図が出てきました。

「春日地蔵曼荼羅」です。

少し異なりますが、奈良国立博物館蔵の春日地蔵曼荼羅がありました。奈良国立博物館link

 

鎌倉時代には春日山浄土は地蔵菩薩の浄土であるとの信仰が生まれたようです。

 

能満院の春日浄土曼荼羅にも後ろ向きですが、一人の往生者を引導している地蔵菩薩が描かれています。

 

春日大社

 

浄土思想の影響から春日山を補陀洛山浄土とする信仰が生まれました。

今の春日大社からは想像できない浄土観があったことを知りました。

 

春日験記と興福寺由来記によると、鹿島神が常陸から春日山麓に影向する時、白鹿に乗り移座されたと書かれているそうです。

このため春日大社・興福寺で神鹿として尊ばれました。

 

表参道の鹿

 

東京国立博物館蔵の春日鹿曼荼羅では描かれていませんが、奈良国立博物館蔵の図には春日大社の五神が仏さまとして描かれています。

 

東京国立博物館蔵

   東京国立博物館ブログlink

 

春日大社ホームページ

春日大社 

 

鹿島神宮の鹿モニュメント 親子鹿像「むつみ」地図link

 

 

境内には鹿園があります。

鹿島神宮  茨城県鹿嶋市宮中2306−1 ホームページlink

鹿島神社blog

高徳神社 埼玉県鶴ヶ島市

「埼玉の神社」によると、大正2(1913)年に太田ヶ谷の熊野神社、三ツ木の白髭神社と境内社・八坂神社、藤金の氷川神社、五味ヶ谷の白髭神社を本殿内に合祀して、新たに高徳(こうとく)神社としたと書かれています。

広い境内は当時の鶴ヶ島村長であった内野重右衛門が広い土地を寄進しています。かなりの豪農でもあったのでしょう。

内野の姓は太田ヶ谷に多くあります。

 

 

5,619坪の境内です。

広い境内は近年「野鳥の森」に指定されています。

 

 

これだけ多くの杉がありますので、私のような花粉アレルギーがある人は、時期を外して参拝するのが良いと思います。

 

先ずは社殿前で参拝致しました。

 

 

 

内野重右衛門を顕彰した碑です。

 

お社を一周して境内社もお参り致しました。

 

 

境内の熊野神社。

 

白髭神社

 

まだ多くの社が祀られていました。

 

参道一の鳥居の前は圏央道が通り、近くには関越道と交えるジャンクションがあります。

また西に約200メートルで鶴ヶ島市役所です。

 

高徳神社  埼玉県鶴ヶ島市太田ヶ谷617  地図link

 

 

天台宗 満福寺 埼玉県鶴ヶ島市

鶴ヶ島市太田ヶ谷の天台宗寺院です。

 

 

数十年ぶりに訪れると鉄筋の御本堂になっていました。

 

 

御本尊は千手観音です。

武蔵国十三仏霊場の地蔵菩薩が祀られています。

 

県内の天台宗寺院は古い歴史を持ったところが多く、開山されたのが不明ですが、中院末ですのでかなり古いのではと思います。

天正元(1573)年に瞬清によって中興されています。織田信長の時代です。

 

 

 

太田ヶ谷には内野姓が60件ほどあると聞いていましたが、80件ぐらいあるそうです。今はもっと増えているかも知れません。

お墓を見ると内野家の墓がたくさんありました。

 

当寺(円泉寺)の檀家さんにも一件ですが内野さんがいます。

ご本家は太田ヶ谷にあり、お父さんの御法事に来られました。私の元同級生でした。

 

満福寺を含めた地域がお寺山遺跡・内野氏屋敷跡なのだそうです。

内野氏が何時の時代の武将であるか分かりません。一族の多くがここに住み増えていったわけです。

 

 

枝垂れ桜の咲く頃が、一番の見頃のようです。

 

 

満福寺の駐車場は、東の道路を隔てた場所にありました。

新田稲荷神社がありました。

 

 

お稲荷さまの南側には、荒神と石橋供養塔が祀られています。

 

ここを少し南に行くと川鶴団地があります。

このあたりが団地の北西端で、鶴ヶ島駅あたりが北東端です。南側は川越市です。

田圃・畑・水田・林が大規模に開発されて昔の面影はありません。

 

満福寺  埼玉県鶴ヶ島市太田ヶ谷487  地図link

芝東照宮 東京都港区

増上寺と芝公園を散策中に東照宮を参拝致しました。

廃仏毀釈以前は増上寺の安国殿で、駿府城において徳川家康自らを刻ませた像を死後ここに祀るよう命じています。

安国殿は家康の戒名「安国院殿徳蓮社崇誉道和大居士」からとられています。

 

 

4月17日には徳川宗家など大勢の方を招き、大祭が行われるそうです。

例大祭は毎月1日と17日です。

 

家康像は東京都重要文化財に指定されています。

 

大祭の頃は八重桜が咲き見事なようです。

 

境内の大銀杏です。

徳川家光によって植えられたと伝えられています。

東京都指定天然記念物です。

 

 

芝東照宮  東京都港区芝公園4-8-10  地図link

東照宮ホームページ

 

浄土宗大本山 増上寺 東京都港区芝公園

徳川家の菩提寺であった増上寺の境内は、同じく菩提寺であった寛永寺より広い境内が残されています。

総門である三解脱門は、都内の総門では一番の規模だと思います。

 

 

建立400年記念特別公開を記念して、夜間に三解脱門の御開帳をしています。ホームページlink

昼間にもしていただきたかったですね。

 

 

境内に入ると門と御本堂の中間に「LV」のモニュメントがあり、大勢の人が次々訪れてはスマホで撮影していました。

調べてみると「草間彌生 ルイ・ヴィトン」の催しの一部です。詳細link

プリンス芝公園には、草間彌生で知られる大きなカボチャもありました。芝公園ブログlink

 

御本堂の参拝を済ませ、大殿に向かいます。黒本尊・阿弥陀如来さまに参拝です。

 

徳川家墓所に向かいます。

普段は参拝できませんが、令和6年浄土宗開宗850年慶讃の行事関連のようです。

 

大殿の北側にある西向き観音堂です。大きな観音様石像が祀られていました。

 

その脇には三体の石仏がありました。

 

徳川家墓所です。受付で拝観料を支払いました。

西武線沿線には増上寺境内より西武鉄道に移された宝塔がたくさんありました。各地の寺院に奉納されています。

当寺(円泉寺)には二基あります。二基とも惇信院殿(九代家重公)です。

当寺に参拝に来られた方が、地元(棚倉藩)の殿様が奉納した石灯籠があることに喜び、当寺檀家となったことがありました。

 

かなり以前になりますが、某寺御住職より増上寺から宝塔の返却話があったら断るようにと言われました。

後日、飯能市役所からも確認の電話が来ています。

そのうち沙汰止みとなったようです。

 

2008年10月に寺役員旅行で東京タワーに行ったときの写真です。

増上寺の広い境内が一望できます。

 

圓光大師堂です。宗祖法然上人が祀られています。

 

慈雲閣(開山堂)です。開山・聖聰上人像、その師・聖冏上人像と増上寺中興の聰観智国師像が祀られています。

 

黒門は旧方丈にあったのをここに移しています。

 

境内の熊野神社は増上寺の東北・鬼門除けとして勧請されています。

 

TERA CAFE SHIEN ZOJOJI(寺カフェ)には、3人ほどの女性がいました。

 

鐘楼堂

 

聖鋏観音様です。昭和56年に国際美容協会会長・山野愛子さんの願主となって建立されました。

 

黒門を出て南側の芝公園に向かうと、旧台徳院霊廟惣門

立派な仁王像が祀られています。

 

広い境内ですので、かなりの時間をかけて廻りました。

増上寺と芝公園から他の場所にも廻りたいと思っていましたが、芝公園より地下鉄に乗り帰ることにいたしました。

 

来年の大河ドラマ「どうする家康」が放映されると、参拝者がグンと増えるのではないかと思います。

 

増上寺  東京都港区芝公園4丁目7−35 地図link

常楽寺の七観音 長源寺の月待(二十三夜待)供養塔 埼玉県狭山市

天台宗常楽寺と曹洞宗長源寺は、僅か800メートルしか離れていません。

共に兼務寺院ですが、地域の方々によって良く守られています。

 

常楽寺

御本尊は不動明王、閻魔大王と奪衣婆も祀られています。

 

 

境内には六体の石仏が祀られていますが、その内のしちかんのんです。

天保15年の建立です。

七観音石仏は市内に、もう一カ所祀られているようです。

越生町鹿山と吉見町南吉見にも祀られています。越生町 七観音地図link  吉見町 七観音 地図link
 

常楽寺の創建は、天正三年の墨書がある閻魔大王・奪衣婆像により、それ以前と思われています。

 

 

常楽寺  埼玉県狭山市柏原2208 地図link

 

長源寺

千手観世音菩薩が御本尊です。

慶長か元和の時代に創建されたようです。

 

月待の石塔は各地に祀られています。

天保7(1836)年の建立です。市の文化財ではありませんが、地域の女性達に大事にされてきたのでしょう。

 

 

左から月待ち供養塔、普門品読誦供養塔、地蔵菩薩。

右端の地蔵菩薩は子供を抱いています。天保15(1844)年の建立です。

 

長源寺  埼玉県狭山市柏原2285 地図link

 

曹洞宗 宝泉寺 埼玉県入間市

小田原北条氏の家臣・豊泉左近将監によって天文年(1532)開基されたと伝えられています。

御本尊は虚空蔵菩薩です。曹洞宗に御本尊が虚空蔵菩薩とは珍しく思えました。

本堂裏の禅宗式庭園は市指定文化財です。

 

 

まだ新しい御本堂です。

庫裡や境内も整備されたようです。

 

大きな地蔵菩薩を挟んで、六地蔵が祀られていました。

 

御本堂裏には門があり、入ると庭園があります。

地元の植木屋が明治期に作庭しました。

 

 

手入れが大変でしょう。

 

宝泉寺 埼玉県入間市中神681 地図link

真言宗単立 光圓寺の六地蔵宝篋印塔 埼玉県入間市

近くの西光院と同じく、青梅市成木の安楽寺末でした。以前は単立ではなく真言宗豊山派だったのではと思います。

御本尊は大日如来だと思います。

時折前を通るのですが、お寺があることに気がつきませんでした。

 

境内には立派な六地蔵宝篋印塔があります。

相模国分寺と熊谷市の法恩寺にも似たような地蔵菩薩の宝篋印塔がありました。ただし国分寺は一面に二体づつの彫刻でした。

相模国分寺ブログlink

 

こちらは六面に各一体です。素晴らしいお地蔵様です。

 

安永4(1775)年の建立です。

 

良いお地蔵様を拝ませていただきました。

 

※相模国分寺の六地蔵宝篋印塔です。

 

※熊谷市 法恩寺

 

まだまだあるし思います。

 

光圓寺  埼玉県入間市下谷ケ貫839 地図link

 

西光院の大きな地蔵菩薩と八幡神社 入間市上谷ケ貫

西光院

西光院には大きな地蔵菩薩が祀られています。

青梅市成木の安楽寺末でしたが、安楽寺が真言宗豊山派から単立の寺院になっています。

それ以前から単立であったのか、一緒に単立になったのかは不明です。

 

御本尊は不動明王です。

 

境内東側にお地蔵様は祀られていました。

 

台座の上に乗っていますので、かなり大きく見えます。人の大きさと同じくらいと思います。

 

境内には地蔵菩薩の他に、向かって左側「キャ・カ・ラ・バ・ア」の五仏の梵字が彫られた石仏が祀られていました。

 

 

西光院 埼玉県入間市前ヶ貫629  地図link

 

八幡神社

西光院の東側から八幡神社に向かいました。

嘉慶二(1388)年の創建ですから、西光院よりも古いことになります。

入間市指定文化財の獅子舞は、毎年10月5日に西光院と八幡神社で行われます。

 

広く、緑の多い境内です。

 

東側には大きな木がありました。

 

更に東に行くと、池の中に弁財天が祀られていました。

 

八幡神社  埼玉県入間市上谷ケ貫679  地図link

 

臨済宗建長寺派 長福寺 百体地蔵尊 埼玉県入間市

今から35年以上前、当寺(円泉寺)檀家さんの墓詣りに来られた方の菩提寺です。

その後に長福寺を参拝致しましたが、殆ど記憶にありませんでした。

 

寺は永徳2(1382)年に亡くなった桃源宗悟によって開山され、現在地には寛文9(1669)年に移っています。

 

枝垂れ桜の頃に参拝するのが良さそうです。

 

お地蔵様には廣度大願王と彫られていました。

人々を広く来世に導く地蔵菩薩の意味があると思います。

 

 

今日の目的は百体地蔵尊です。

明治30(1897)年に祀られました。

それぞれ姿の異なる地蔵菩薩が祀られていました。

以前来たときの記憶が、殆どないことに唖然ととします。

 

長福寺  埼玉県入間市二本木1217 地図link          Facebook

 

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