他の寺社

善光寺阿弥陀三尊伝来縁起図などと絵馬図の掛軸

善光寺

善光寺をお参りしたのは三年前でした。

平日でしたが、かなり大勢の方々が参拝していました。

 

 

今年は新型コロナウイルスの為に善光寺だけでなく、不便な対応をしなくてはいけない寺社がたくさんあります。

 

善光寺式阿弥陀三尊図

このようなお姿が善光寺から発行されていました。

 

 

それを元に書かれた図です。

 

 

 

善光寺式阿弥陀三尊縁起図

善光寺如来が天竺から信州に伝来するまでを描いた版画の掛軸です。

 

 

善光寺に浄財勧進のため、全国に散らばった勧進聖が大勢いました。勧進聖はこのような掛軸を広げて、善光寺の功徳を説いたのでしょう。

その力によって善光寺阿弥陀如来に対する信仰が広がりました。

 

善光寺絵馬

上高井郡日滝村(現在の須坂市)の牧祥周という人が、夢に現れたお姿を自ら描きました。

 

 

善光寺塔頭の本覚院が発行したと思われます。

 

善光寺式阿弥陀三尊ブログlink

 

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曹洞宗 高養寺 埼玉県入間市

かつて寺竹は金子村に属していました。現在は入間市なっています。

天正15年(1587)に亡くなったた金子筑後守家定による開基です。

全国にいる金子姓は金子村が大元になっています。特にこの金子地区に多い姓です。

 

 

落ち着いた雰囲気の寺院でした。

2基の六面六地蔵石幢が祀られていました。

 

 

西脇には白山堂が祀られています。

 

 

寺の周りには地名と同じように、たくさんの竹が繁茂していました。

 

高養寺 埼玉県入間市寺竹1022 地図リンク

 

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真言宗豊山派 長久寺 旗本 土屋氏の墓 埼玉県入間市

長久寺には旗本の土屋氏の墓があります。

他の寺の御住職が兼務しているようです。

 

 

長久寺門柱には正保2年に、開基英俊 桓武天皇御子末裔 土屋俊次公二男成勝とあります。

さいたま市の玉蔵院住職の書です。ここの御本山は長谷寺ですが、玉蔵院の末寺なのでしょう。

 

広い墓域に土屋家の墓石が並んでいます。

 

 

墓石の裏のお塔婆には、施主・土屋家とありました。

土屋家は他に墓があるのでしょうが、今でも墓参りをしているようです。

 

 

 

御本堂前の西側には、立派な宝鏡院塔がありました。土屋家に嫁いだ方のために建てられたようです。かなり良い家柄の出だったのでしょう。

施主永田氏とありました。

 

 

 

長久寺 埼玉県入間市宮寺2324  地図リンク

 

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崇巌寺廃寺跡の旗本大森氏・加藤氏の宝鏡院塔 埼玉県入間市

旗本であった大森氏・加藤氏の宝篋印塔は廃寺となった崇巖寺(すうがんじ)跡にあります。

崇巖寺は大森氏が幕府の許可なく建てられたため、取り壊されました。

 

 

エービーイーダイヤモンド(株)工場裏が入口です。

 

 

 

一番右側には「一便宗見大居士碑」があります。加藤重正の顕彰碑のようです。

 

 

 

正面に「崇巖院殿長誉善透大禅定門」とありましたので、大森好長の宝鏡院塔と思います。

 

 

 

大森好長 ウィキペディアlink                 加藤重長ウィキペディアlink

入間市景観50選 大森氏、加藤氏の宝篋印塔  埼玉県入間市宮寺 地図リンク

 

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庚申神社 埼玉県入間市

庚申神社とは始めて聞く神社です。祭神は猿田彦でした。

笹が入口に飾ってありましたので、今でも祭礼が行われているようです。

 

 

狛犬が迎えてくれましたが、獅子のような気がします。

 

 

安永9年(1780))の庚申と彫られた石塔が祀られているようです。

底の抜けて柄杓がありましたが、胃病か底抜けに治った御礼なのだそうです。

 

 

お稲荷さんも祀られています。

 

 

すぐ西側は圏央道です。

 

 

 

庚申神社 埼玉県入間市仏子 地図

 

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宮子神社と摩利支天石仏 群馬県伊勢崎市

宮子神社の祭神は大己貴命(大国主命)で、万寿3年(1025)の創建です。

たまたまですが、先ほど行った大国神社も祭神は大国主命(大黒天)でした。

 

 

素晴らしい龍の彫り物があります。

 

廃仏毀釈以前は別当として月読山福昌寺が勤めていました。

お社の右脇、林の中には歴代住職の墓石も並んでいます。

 

 

これだけ石仏などが並んで知るところは少ないと思います。

 

 

他にも沢山の石仏・石祠などが祀られています。

 

本日の目当ては、摩利支天石仏です。前に狛犬が守っていました。

 

 

猪に乗った精悍な摩利支天です。

 

 

少し前に参拝した白龍神社は、女神の摩利支天でした。白龍神社ブログlink

 

宮子神社 群馬県伊勢崎市宮子町1710 地図リンク

 

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大国神社 群馬県伊勢崎市

大國(おおくに)神社は垂仁天皇の9年に大国主命を祀りました。

延喜式に書かれている上毛の五之宮で、第五姫宮・五護之宮とも言われているようです。

神護景雲元年(767)に社殿が造営されました。

 

 

祭礼の折には伊勢崎市指定無形民俗文化財に指定されている獅子舞が行われます。

 

 

八坂神社前に石幢がありました。

 

 

昔、近くの御手洗池畦で発掘されたと伝えられています。

 

 

境内には多くの石祠が祀られていました。

各神社の名前が示されているのは、ありがたいです。

 

 

摩利支天宮

 

 

大國主命

 

 

大国神社  群馬県伊勢崎市境下渕名2827  地図リンク

 

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天台宗 長安寺 群馬県伊勢崎市

長安寺は境内がよく整備された寺院です。御本尊は釈迦牟尼如来です。

文応元年(1260)に開山されました。

 

 

威音王堂は北関東三十六不動尊霊場第七番札所になっています。

時折護摩の修法が行われています。

 

 

全国善光寺会員にもなっていました。

善光寺とはどのような関連があるのでしょう。

 

威音王堂の脇には、みかえり不動尊が祀られていました。

 

 

御本堂裏には羅漢さんが祀られています。

 

 

長安寺 群馬県伊勢崎市西小保方町304−1 地図リンク              長安寺ホームページlink

 

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御嶽山白龍神社 群馬県伊勢崎市

そこそこの広さの池に赤で統一された鳥居・欄干・お社など、主立った場所が鉄骨で出来ています。

 

 

池には足こぎのボートがありました。

 

 

鳥居を潜り、駐車場より欄干を通って、お社に向かいました。

 

 

昭和50年に出来た新しい神社でした。

御嶽山系の行者さんが開かれた神社のようです。

 

 

御滝三神の内、摩利支天が池の東北側に祀られていました。

 

 

各地で見る猪に乗った摩利支天ではなく、女神の像でした。

 

白龍神社 群馬県伊勢崎市東小保方町2944 地図リンク

 

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小泉稲荷神社 群馬県伊勢崎市

以前ここを通った時に、大きな鳥居があると思っただけで通り過ぎました。

小泉稲荷神社に参拝することにして、ここだったのかと思い出しました。群馬県で一番大きな鳥居です。

 

 

お社の前には、大小200ほどの鳥居があるそうです。

 

 

先ずはここの鳥居を潜り、たくさんの鳥居から参拝致しました。

 

 

崇神天皇の時代に、毛の国開拓の祖神とされる豊城入彦命が、東夷征討の折に山城国伏見稲荷の分霊を祀って創建したものと伝えられているそうです。

平安時代には耶無陀羅寺という阿弥陀寺の境内にありました。

現在は地元の方々が管理しており、広く信仰を集めています。

宮司さんは祭礼などを除きほとんど不在で、御朱印は自分で押すようになっているようです。

 

 

お参りを済ませると、二匹の狛狐が気になりました。

親子連れの狛犬は何度か見ていますが、狛狐では初めてです。

 

 

小泉稲荷神社 群馬県伊勢崎市小泉町231 地図リンク

 

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