まだあるタイムズマート 飯能店長さんのボランティア活動





お店にも募金箱がありますので、近くに来られたら、ぜひ募金をお願い致します。
お店にも募金箱がありますので、近くに来られたら、ぜひ募金をお願い致します。
西澤宮司は月に数回はマスコミからの取材や、タレントさんの滝行撮影、海外メディアの撮影などを受けています。
地元の方々の応援も後押ししていただいています。檜原村観光協会のご協力もいただけることになりました。
集英社の月刊明星 七月号でモデルは、人気俳優さんの押田学さんでした。
宮司は礼儀正しく 謙虚で爽やかのある青年で、 真剣に行に打ち込む姿に感銘しましたと話していました。
私はテレビをほとんど見ませんので、明星をめくっても、誰一人知っている芸能人はいませんでした。
時代遅れと言われそうです。
滝行 東京都西多摩郡檜原村 リンク
東松山市の箭弓稲荷神社に参拝して参りました。
かつて東松山駅には西口がありませんでしたが、西口ができ電車での参拝には便利になっています。東口には、赤い大きな鳥居がありましたが、老巧化と再開発のためになくなっていました。
かつての境内地は、駅も含む広い範囲だったようです。
歴史のある優れた神社としての格式を感じます。
宇迦之御魂社羽、七代目市川団十郎が崇敬者だったそうです。芸事の向上に来られる方が多いそうです。
牡丹園は花の時期、多くの方が訪れますので、車での参拝は避けた方が良さそうです。
以前お参りに来たときは、縁結びの場所は無かったと思います。
箭弓稲荷神社 埼玉県東松山市箭弓町2-5-14
境内の石屋さんが、梅を漬けています。40キロは漬けているようです。
ほとんどを檀家さんや信者さんに分けているようです。
私の家には、数十年分の梅干しがありますが、お医者さまから塩分控えめと言われておりますので、なめる程度しか食べられません。
当寺の山号は、「梅松山」ですので、それに因み数十年前に植えました。
この写真の梅は、天神社前の物です。一番多く実がなります。
儲からない仕事が多い石屋さんです。
境内の沙羅の花は、これから咲く花、咲いている花、実とかわっていきました。
まだ蕾です。
花が開きました。
花びらが落ちて、実となります。
実には、雄しべがありました。
実が枯れて、開ききっています。種はなさそうです。
このような変化が、一度に見られるとは思っていませんでした。
結構長い期間、次々に開花して楽しめる花の訳が、分かります。
前回お参りに来たときより、かなり多くお参りに来られているようです。
三の鳥居と総門から、本社に向かいます。
夏越の祓のため、茅の輪くぐりをする人が沢山いました。
インターチェンジから近いからでしょう。東国三社の中では一番の人出です。
東国三社は5人の内、3人が初めての参拝でした。疲れましたが満足していただけたと思います。
帰りは近くにインターチェンジがありますので、2時間程度で帰ることが出来ました。圏央道のお陰です。
鹿島神宮の後に息栖神社をお参りしました。
駐車場に駐めると、先ずは忍潮井に向かいました。
伊勢の明星井、山城の直井と並び日本三霊泉と呼ばれています。
忍潮井(おしおい)の内 女瓶
東国三社のなかで息栖神社は、一番知られていない所です。
交通の便が悪いことや、道が狭く大型バスが来られないからです。
昨年来たときより、多くの方がお見えになっています。圏央道の使用が、良い流れとなっていると思います。
御本社
理然法師、藤原時朝、諦如法師、稱佛法師の歌碑がありました。残念ながら、知らないか方々のお名前です。
境内の稲荷社にもお参りしました。
息栖神社 茨城県神栖市息栖2882 地図link
以前来たときより、多くの参拝者がありました。圏央道の伸長は参拝者にとって、便利になったと思います。
多くの武将から、武神として信仰されており、ここの神官の子として生まれた塚原卜伝は鹿島新当流(卜伝流)を開きました。
本殿は北を向いています。ここで記念撮影。
奥社までで帰られる方が多いようです。ここも北向きです。
要石
御手洗池では茶店もあり、疲れたメンバーはここで一休みです。
大きな鯉も泳いでいました。
そばのお店では、ペットボトルを売っていましたので、仲間の一人は水を詰めていました。
以前来たときには、近くにも神宮の駐車場がありますので、何本も水を詰めている人がいました。定期的に来ているそうです。