2020年09月

台湾の寺院 臨済宗 法水寺 群馬県渋川市

法水寺の総本山は、台湾の「佛光山光山寺」です。

日本に於いては、東京、山梨、大阪など、各地に寺院と道場があり、ここが日本における本山となっています。

 

 

下の案内板は、まだ工事中に撮影されたようです。

まだ完成から2年しか経っていません。

以前何度か前を通っていましたが、始めて参拝させていただきました。

 

 

駐車場から御本堂を見れば、背後に水沢山が控えています。

駐車場と参拝の料金は無料でした。年中無休です。

 

 

階段の正面には、大きな布袋様が祀られていますが、中国や台湾では弥勒菩薩として信仰されています。

 

 

久しぶりに長い階段を登りました。

 

 

 

御本堂前には、たくさんの牡丹が並べられていました。

境内に3000鉢あるのですが、今年の花の最盛期の5月はコロナのため訪れる人は人が少なかったと話していました。

 

 

御本尊様は、お釈迦様ですが、ミャンマーの御尊像を模してあるのだそうです。

高さが5メートルもあります。まさか石仏とは思いませんでした。台湾から運ばれてきました。

 

 

天井の蓮の絵は、台湾から来た画家さんの作品だそうです。

 

 

壁面には、たくさんの仏さまが祀られています。向かって左側が阿弥陀如来、右側が薬師如来です。

 

 

  本堂内の韋駄天像

 

順序は逆になりますが、受付を済ませて最初の部屋にて説明がありました。

最初の部屋に立派な千手観音様が祀られています。

 

僧侶は尼さんばかりでした。

 

 

出口には食事が出来る場所がありました。

赤城山などの景色を眺めながら食べることが出来ます。

食後にここに来ましたので、次回参拝することはないかもしれませんが、もし来られたときは食べるようと思います。

 

 

まだ寺のホームページは作成中です。今年中には出来るようです。

情報が参拝した方のブログなどしかありませんでした。

座禅や写経も出来ますが、予約制でした。ホームページが出来れば、発信力が増しますので、参加者・参拝者も増えると思います。

 

法水寺 群馬県渋川市伊香保町伊香保637−43 地図

 

←河川敷の彼岸花                伊香保の蕎麦畑 渋川市→

 

河川敷の彼岸花

今年は隣の市にある巾着田は、彼岸花の芽を刈り取ってしまいました。

新型コロナウイルスのために、仕方無しの対応でした。

市内某所の彼岸花です。

 

早朝から何人もの人が楽しんでいます。

 

 

車を駐める場所がありませんので、ここへは歩いて行くことになります。

 

←ザクロの実               台湾の寺院  法水寺 群馬県渋川市→

 

秋彼岸 ザクロの実が大きくなってきました

ザクロの実が日に日に大きくなってきました。

昨年初めて実を付けるけましたが、虫に穴を開けられて腐ってしまいました。

今年は薬剤を散布しましたので、少しですが実があります。

 

 

まだ花も咲いています。結構長い間咲いています。

 

 

まだこれから咲き出す花もありますので、更に結実するのか楽しみです。

 

 

当寺のザクロを持った鬼子母神さま

 

お釈迦様のお陰で、鬼女から子育ての福神となりました。

かなりふくよかな御尊像です。慈母像と言えるでしょう。

 

←彼岸の入り               河川敷の彼岸花→

 

彼岸の入り

土曜日で彼岸の入りですから、普段はもっと混み合うはずですが、コロナのためか少ないようです。

駐車場の交通整理を依頼しませんでしたので、気になっていました。

 

 

途切れずにお墓参りに来られています。

皆さんマスクをしています。挨拶をされても誰だか分からないことがあります。

コロナの心配をして、来られない方もいると思いますが、買い物する場所よりも広い境内ですので密になりません。

安心してお参りください。

 

 

駐車場は程よく流れています。

 

秋明菊

 

昼頃行くと、かなりお花が手向けてありました。

 

 

雨の予報もあり、墓参りは午前中の早い時間に集中したようです。

午後はグンと減りました。

それにしても少ない彼岸の入りでした。

 

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匠工房が看板を作りました 『整体 ぐっど楽』マッサージ 埼玉県飯能市

匠工房の社長が、時々通っている整体があります。通っているお客さんは、口コミで来ている方が、ほとんどだそうです。

社長は他の整体に通っていましたが、今は「ぐっと楽」のみになています。

 

 

看板を依頼され、匠工房が製作しました。

 

 

この板は、私が持っていました。

この板と角材を利用して台を作るつもりでしたが、諦めて社長にプレゼントしました。

 

 

思った以上の物になり、私も喜んでいます。

 

「ぐっど楽」整体  マッサージ  カイロプラクティック  東飯能駅付近  

  電話  042-978-5637  電話予約

 

円泉寺阿弥陀堂内「匠工房」

小さなお仏壇、仏具、位牌、念珠、線香、パワーストーン・天然石を発売中です。

TEL: 042-978-7703    FAX: 042-972-8862

 

←布袋画の掛軸 景信作               彼岸の入り→

布袋画の掛軸 景信作

布袋の掛軸は持っていたのですが、印刷された作品でした。

高価な掛軸は買えませんが、手頃な価格で手に入れることが出来ました。景信の肉筆です。

 

 

中国で布袋は弥勒菩薩の化身として信仰されています。布袋和尚のモデルは、契此(かいし)と言われる禅僧だそうです。

布袋に関しては、色々な面白い伝承が残されています。

 

 

黄檗宗大本山萬福寺では、弥勒菩薩として大きな布袋様が祀られています。異国の寺に来たような気持ちになったことを思い出します。黄檗宗大本山萬福寺ホームページlink

京都駅南口から市内観光バスを予約し、萬福寺で普茶料理をいただいたことがあります。

別の機会には、近くの料理屋さんでいただきました。かなりの年月が過ぎました。昔を思い出します。

 

 

おそらくこの布袋図を描いたのは、江戸後期の絵師・狩野宗益景信でしょう。

神田松永町狩野派の出で、弘化元年(1845)に江戸城御三家方部屋に、嘉永5年(1852)に西丸雁の間に絵を描いた記録が残っているようです。袖玉武官の弘化3年(1846)江戸狩野家に名が見られます。下谷に住んでいたようです。

 

 

しかし、桐箱の文字は新しく、それほど古くはありません。狩野宗益景信だと良いのですが。

 

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福寿海 草繋全弘師書

当寺は真言宗智山派ですが、他の智山派寺院にも何カ所か草繋全弘師の書を見たことがあります。

草繋全弘師は高野山真言宗の宗務総長でした。

 

この「福寿海」の書は、観音経の「福聚海無量」から出ています。 聚を寿に変えて書かれることが多くあります。

福徳の集まることが海のように広大であるということ。観世音菩薩の恵みが広大であることをたたえた語(三省堂 大辞林)

 

 

 

草繋全弘師は厳しい方でしたが人徳があり、多くの方に慕われたと聞いています。昭和44年に63歳で無くなられました。

 

←虚空蔵菩薩像 肉筆白描 岩崎信盈の模写               布袋の掛軸 景信作→

虚空蔵菩薩像 肉筆白描 岩崎信盈の模写

この白描を見たとき、聖観音座像かと思いました。

裏面の墨書に高山寺虚空蔵尊とあります。

高山寺虚空蔵をネットで調べても、同じ仏像はありませんでした。

しかし、稲沢市の亀翁寺にある重要文化財・虚空蔵菩薩像に似ていました。

 

「信盈?」とありますので、狩野派で弘前藩御用絵師・岩崎信盈による模写のようです。

 

 

←伝説の鳳凰の掛軸              福寿海 草繋全弘師書→  

 

伝説の鳳凰の掛軸

鳳凰(ほうおう)は聖人が世に出たときに現れると伝えられていました。めでたい鳥です。

 

 

長野県小布施町の「北斎館」 東町屋台天上画の鳳凰図が、素晴らしかったのを思い出します。リンク

 

 

 

鳳と凰は芸能人の名前に沢山見かけます。大成したいとの思いがあるのでしょう。

 

今年の涅槃会では、仏像や鳳凰図などの掛軸を展示致しました。

 

 

 
 

福禄寿画 作者不明と大谷藤原伊剰作の掛軸

福禄寿とは南極老人星(カノープス)の化身と言われ、福(幸福)・禄(財産)・寿(長寿)を司る神様です。実は七福神の寿老人と同じ神様です。

福禄寿と寿老人は、見ただけでは分からないほど似ています。鶴を伴っているのが福禄寿です。

しかし、必ずしも鶴が描かれているわけではありません。

七福神全ての掛軸を集めようと、何年も掛けて揃えました。お気に入りの絵です。

 

福禄寿画

6年前に求めた福禄寿の掛軸です。

豊かな表情が福を授けてくれそうで、好きな作品です。

 

 

鶴だけでなく、亀も描かれています。鶴亀の縁起の良い掛軸です。

 

 

印がありますが、誰の作品かは不明です。

 

福禄寿画 大谷藤原伊剰作

 

7年前に求めた掛軸です。

 

 

 

享保17年(1732)に大谷藤原伊剰により描かれました。

 

 

94歳の時に書かれたとは思えない、優れた作品だと思います。

藤原伊剰、大谷伊剰で検索したのですが、一切分かりませんでした。土佐派の画家と思います。

 

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