メディア紹介

当寺の大工神(聖徳太子)図が、産経新聞記事に使用されました。

聖徳太子没後1400年を記念して、各地でいろいろな催しが行われています。

産経新聞に当寺の指金を持った聖徳太子図が使用されました。

 

 

 

 

 

掛軸は信州安原山宝幢院とあります。現在の長野県松本市の安原山大安楽寺のようです。

おそらく宝幢院より発行された図です。

 

記事は有料になりますが、産経新聞のホームページより読むことが出来ます。聖徳太子産経新聞記事リンク

 

以前の円泉寺大工神ブログlink

 

当寺の菅公図が教科書に使用されます

ある出版社から、中山秋湖作・菅原道真画像使用依頼がありました。

いろいろな規約があり詳細は書けないのですが、高校の国語教科書に使用されます。

 

 

九月十日 菅家後集 
  去にし年の今夜(こよひ) 清涼に侍りき 秋の思ひの詩篇 獨り腸(はらわた)を断つ
  恩賜(おんし)の御衣は今此に在り 捧げ持ちて日毎に餘香を拝す

※1年前の9月10日、清凉殿にいた時を思い出して書いた詩編。断腸の思いを詠む。大宰府において、東に向かって都で賜った御衣を捧げ持ち、余香を毎日かいでいる。

菅原道真公掛軸は大宰府に流され、失意の時に東(御所)に向き、醍醐天皇より頂いた衣服を捧げている場面です。実際の生活は貧苦にあえいでおり、みすぼらしい建物だったようです。

この図は巧芸品も数多く制作されたようですが、この掛軸は実際に書かれた作品です。

 

←孔柏基の観音図「宝珠」               円福寺 東京都瑞穂町→

 

淡交社の書籍に当寺 聖徳太子大工神の絵が使用されます。『たずねる・わかる聖徳太子』

茶道の出版社で知られる淡交社から、聖徳太子が指金を持った画像使用を依頼されました。

依頼されても、実際は掲載されなかったこともありますので、確証はできません。

 

2021年に聖徳太子没1400年を迎え、太子のゆかりの地を紹介する本のようです。

題名は『たずねる・わかる聖徳太子』(淡交ムック) となります。10月10日発売となります。

 

 

対象は--聖徳太子に興味ある人・奈良が好きな人・旅行が好きな人 -- です。

 

よく知られる太子像は、下のように柄香炉を持っています。

 

 

大人であるはずの聖徳太子が、子供の美豆良姿をしているのは、中世に於いて老人と子供は神とされていたからだそうです。『中世の童子形』津田徹英著に詳しく書かれています。

www.gcoe.lit.nagoya-u.ac.jp › result › pdf › 290-298#津田

 

この大工神の聖徳太子については、本が発売されましたら、お買い求めいただき読んでください。

アマゾン、楽天、Yahoo!ショップなどでも扱っています。ネットで今日注文しました。

今回は説明を略します。大工神ブログlink

 

ただしネットで調べれば、たくさん記事が掲載されています。

 

追記 2020/10/11

本が発売されました。

 

裏表紙にも使用されました。

 

←古い弁財天像          金木犀→

 

埼玉の寺社 御朱印さんぽ JTBパブリッシングに掲載されました

当寺の武蔵野七福神・福禄寿様の御朱印が、JTBパブリッシング発行の「埼玉の寺社 御朱印さんぽ」に紹介されました。他の御朱印の本にも掲載されているようです。

この本には表の帯にも載っています。

変わった御朱印ですので、使用されたのでしょう。

他は有名な神社が並んでしました。

 

「福」「禄」「寿」の三文字で、お顔の形になっています。武蔵野七福神link

御朱印の説明は40ページにあります。

 

本の上に乗せて、スキャナーで取り込みました。

それにしても下手な字です。

 

今年の正月のご開帳期間には、この本を読んだ方が何人も来られています。

例年にはないことです。

 

追記 2020/01/27

別の本にも紹介されていました。

東京から行く 週末 御朱印散歩 JTBのMOOK

29ページ

 

同じ御朱印でした。

 

←阿弥陀堂に瓔珞        曹洞宗 妙見寺 栃木県粟野町→

 

テレビで「大黒天とネズミ」の図が使用されます。

来年の子年にちなみ、私の「大黒天とネズミの図」の画像を使用させて欲しいと、関係者から電話がありました。
 
『新説! 所 JAPAN !』所ジョージの番組です。『新説! 所 JAPAN !』番組リンク
関西テレビ(フジテレビ系ネット放送)で今年の12月16日(月) 22:30~23:24 予定です。
 

 

大黒天は、インドでは北方の神・マハーカーラであり、日本に伝わり大国主神と習合しています。

テレビの内容は、見てからのお楽しみ !
 
 
見逃し配信(ネット版)でも放送予定だそうです。
 
私はテレビをほとんど見ませんので、予約できたら後で観る予定です。放映時間は寝ています。
 
 
※新年に御本堂で飾ります。七福神詣期間の内 1月10日頃までは、ご覧になれます。
 
 
追記 2020/04/14
テレビで紹介されるわけではありませんが、河西草畝筆の「遊福の図」です。Yahoo!知恵袋link
草畝は明治28年に山梨県で生まれ、荒木十畝の弟子になりました。兄弟弟子に西澤笛畝がいます。
 
大黒天が描かれていません。
しかし、小槌にたくさんのネズミが描かれています。
 
 
大黒さまの使いであるネズミが、小槌を一生懸命磨いているのが分かると思います。
これからお正月準備なのでしょう。
 
 
 

指金を持った大工の神様 聖徳太子掛軸

大工の神様 聖徳太子

聖徳太子が大工の神様として信仰されていることは知っていましたが、どのようないわれかは知りませんでした。

いままで図も見たことがありませんでした。

この大工神は聖徳太子らしいのですが、柄香炉を持たずに「さしがね(曲尺)」を持っています。

 

 

指金を中国から移入し、大工を集め講義を開いて建築の基礎などを教えたのだそうです。

あくまでも伝承と思いますが。

 

 

室町時代から太子講が大工、木工職人により、聖徳太子の命日・2月22日に行われていたようです。

掛軸は信州安原山宝幢院と書かれています。

どこの寺かは分かりませんが、長野県松本市の安原山大安楽寺かもしれません。廃仏毀釈で取り壊された後、明治24年に紀州根来大伝法院の宝憧院を移し、再興したそうです。

大安楽寺のホームページに「聖徳太子殿は手職人方々の講員によって守られ、信仰信者を多く集めております。」とありますので、ここだと思います。

大安楽寺ホームページlink     

あるいは、もう廃寺となったのかもしれません。

 

大きな画像

問合せが多いので、大工神(聖徳太子)の画像追加致しました。

 

 

 

 

商業利用以外でしたら、コピーして御利用下さい。

 

聖徳太子掛軸

下の図はよく見る聖徳太子の図です。

 

 

柄香炉を持っています。

 

追記 2020/10/11

淡交社から「たずねる わかる聖徳太子」が発行されました。

 

 

裏表紙にも使用されています。

 

2022年に聖徳太子没1400年を迎え、太子のゆかりの地を紹介する本です。

 

8年前のテレビ出演

今から8年前の画像が出てきました。当時書いているのですが、もう一度書きます。
「味いちもんめ」の通夜のシーンでの出演です。
最初は戒名だけの依頼でしたが、ADから出演を打診され、一度だけなら経験したいと受けました。
 
でも待ち時間の長いこと長いこと。
 
 
控え室は暖房があるので良かったのですが、収録現場の隣は、だだっ広いだけで寒々としていました。
何度もトイレに駆け込みました。
 
スタッフが気を聞かせて、ストーブのある所に案内してくれました。
しかし、あたっているのは某有名俳優さんと女優さんでした。
 
あの時の二人の会話を録音して、週刊誌に売ったらば、良いアルバイト代になったかもしれません。
あの内容では、価値なしと言われたと思いますが。(そんなことは、しませんけれど)
 
写真で見るより、もっと多くの俳優さんが出演しています。
テレビで見ると、実際に映っている人は、前列の親族役と一般焼香の有名俳優さんぐらいでした。
本番になると後ろ向きでしたので、誰がいるのか分かりません。
先日亡くなった某有名女優さんの声は分かりました。
一つ気がついたことがありました。
すぐお焼香のシーンでしたが、ローソクを着けてすぐでは、上の部分が山のようなので、もう少しロウソクが短くなってからでないと、おかしいですと言わせていただきました。
お焼香は何回なのかと出演者が言っていましたが、あえて黙っていました。
某有名女優さんの意見で二回となりました。菩提寺が曹洞宗なのでしょう。
最期にお経の録音です。
一般のお焼香シーンでしたが、抑揚の無い、時間的にあり得ない部分を選びました。
真言宗の僧侶なら、すぐ気がついたと思います。
テレビで見ると、やはり私の姿はほんの少しでした。
お経はもう少し長かった程度です。

終わってから、お愛想でまた出演を依頼されましたが、即お断りしました。愛想が無いと思われたかもしれません。
俳優さんはトイレをどうしているのでしょうね。私以外トイレに行く人を見ませんでした。
 
とにかく、あの寒い場所にいながらです。私には俳優は顔、姿、才能も含め、無理なようです。
この後、出演料の話になりましたが、いただかないことにしました。
一度だけ経験すれば良いと思っていたからです。
このテレビドラマのDVDが発売されています。
 
その後もADさん、ADさんの紹介、ホームページを見た方からドラマや演劇で使用する戒名の依頼が時々あります。
これも料金はいただいていません。何事も経験です。
但し、まともに戒名が映っていたのは、一度だけでした。
※芸能界の方々は大変ですね。
十分食べていける人は、ほんのわずかです。
今回の撮影にテレビドラマの端役で出演している女優さんもいましたが、全く映っていませんでした。
 
以前知り合ったADは、芸能界は魔界だと言っていました。今は田舎に帰り、学習塾を経営しています。
この撮影で分かったことは、華やかな部分はほんの一部だけ、多くの無名の方々が協力し、支えているのが分かりました。
皆このお仕事が好きなのでしょうね。
 
実はこの件は書くつもりはなかったのですが、ここのブログでも紹介している友人が先日テレビ出演しました。
彼は何度もテレビ局から依頼されて出演しています。雑誌の取材もかなり頻繁にあるようです。
それが宣伝になり、仕事の依頼が増えるのですから、積極的に出演しているようです。
 

日テレ・ヒルナンデスに私の菅原道真浮世絵画像が使用される予定です

先日、日本テレビから、ブログにある歌川豊国の「菅原道真 藤原時平」の浮世絵画像を使用させて欲しいと電話がありました。
 

 

以前私が求めた浮世絵です。

藤原時平の謀略により、昌泰四年(901)に道真が九州の太宰権師(だざいふごんのそち)に左遷されてしまいます。
その宮中での場面と思われます。 
二年後に五十九歳でこの世を去りました。
 
放送の詳細は不明ですが、京都のパワースポット、人気スポットを取り上げるそうです。
 
七カ所ほどの寺社の内、道真公が生まれた地にある菅原院天満宮紹介の中で使用されるようです。
 
番組名        日本テレビ「ヒルナンデス!/木曜日」『福くんのひとり旅~京都編から』
放送予定日  8月2日  AM11:55~13:55
出演者        鈴木 福 (子役)
 
 
以前、ある画像をテレビ局に依頼されながら、送っても使用されなかったことがありました。
今回も必ず使用されるか分かりませんが、興味のある方は、ご覧ください。
出るとしても、ホンの一瞬だと思います。
 
以前にも何度か番組に使用する「戒名」を依頼されたことがあります。リンク
他も含め、何かをいただいたことなどは、一度もありませんでした。
自己満足です。
 
 
追記 2018/08/02
録画したのを見てみると、一番最初と途中何度か左側の菅原道真図、菅原院天満宮で藤原時平図が使用されていました。
 
他にも一点送っていた図も使用されました。
中山秋湖の作品です。
 
 
大宰府で、院からいただいた衣を捧げ、京の都を思う図です。
 
 

西澤形一師履歴 当寺境内小社・平松天神社の宮司さん

 

 

※西澤形一宮司が、令和2年1月17日に帰幽(死去)致しました。長年のご厚情に対し、感謝申し上げます。

新たに大谷由紀宮司、佐藤宏禰冝が就任致しました。

 

経歴

神職(神社庁資格)・宗教研究者
多くの書籍出版に携わる。
笛畝人形記念美術館館長退任後、秩父の神社に8年間奉職する。
滝行と自然を味わう会を主宰
 
西澤形一師は円泉寺境内の平松天神社宮司です。円泉寺住職ではありません。
併せて境内にある地元小社  八坂神社  山の神(やまのかみ)社もみています。

代表書籍出版物

・日本人形のあゆみ 西澤形一 著 藤間寛著 芸艸堂 版
・人形今昔物語展 笛畝人形記念館コレクション 西澤形一 (解説) – 犀書店
・中国美術全集12 工芸編 西澤形一 (他)著 京都書院版
・お諏訪さま 鈴鹿千代乃編 西澤形一 編 勉誠出版版

メディア情報  一部をご紹介

  • 天神社の西澤宮司が、「有吉ジャポン」に出演しました。
  • 特番「噂の現場直行ドキュメンガンミ」の撮影に「滝修行」の指導と「宮古島の恐怖スポット」に出演しました。     宮古島
  • 「女性セブン」「週間ポスト」「婦人公論」などの取材に協力しました。
  • 「NHK」で紹介されました。
  •  「日本経済新聞」夕刊に掲載されました。リンク
  • 吉本興業「PASMO」の指導をしました。リンク

その他テレビ・ラジオ・新聞・雑誌にも出演・指導も行っております。

 円泉寺との関係

 

住職とは友人としての付合いです。住職並びに地元の方々から八坂神社祭礼も依頼されています。
天神社への相談者や信者さんを円泉寺で縛るようなことはありません。
宗旨・宗教にとらわれず、気軽にご相談ください。

〒357-0014
埼玉県飯能市平松376   円泉寺境内 天神社     
普段は天神社におりません。
直接来られても対応できません。ご了解下さい。
 
 
 

宇賀神像がBS TBS「諸説あり・縄文時代の文明」に使用されました。

テレビの内容一部紹介

 
先月BS TBS「諸説あり・縄文時代の文明」に、ほんのわずかですが、宇賀神(うがじん)像が出てきます。 link
 
縄文時代には高度な建築技術が存在した!?
縄文時代には高度な航海技術があった!?
縄文時代にはピラミッドがあった!?
 
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ここで紹介されている宇賀神の説は、Wikipedia(宇賀神)などで書かれている考えとは異なります。
 
縄文ピラミッド説に秋田県鹿角市の「黒又山」(通称クロマンタ)は人工的に石を敷詰めてあり、頂上に祭祀跡があります。縄文のピラミッドとも言われるお山です。
近くにある「大湯環状列石」も紹介されていました。
 
夢枕獏氏によれば、この三角形の山が、蛇がとぐろを巻いている姿に似ており、蛇信仰があったのではないかと述べています。
 
 
最後のテロップに圓泉寺の文字もでました。
 
 
BSが見られないので、録画していただいたブルーレイディスクでの視聴です。
気になるところを何度か見直ししています。
その後、制作会社からDVDビデオが送られてきました。
 
縄文時代には高度な建築技術が存在した!?
縄文時代には高度な航海技術があった!?
縄文時代にはピラミッドがあった!?
 

ここからは、テレビの内容ではありません。

 
似たような山がいくつか信仰の対象になっています。
青森県のモヤ山、富山県の尖山(とやま)が、人工的に手を入れられた可能性があるようです。
(靄山の南方には中世に繁栄していた十三湊があります。気になる場所です。)  青森県靄山グーグルマップlink
 
奈良の三輪山の祭神である大物主は蛇の姿で現れています。日本には古くから蛇信仰があったのでしょう。大物主Wikipedia link      三輪山Wikipedia link
 
古くからの蛇信仰があり、宇迦之御魂神(うかのみたま)と習合したのかもしれません。
 
昔歴史の授業で教わった縄文時代観が、三内丸山遺跡の発掘以来かなり変わってきていることを強く感じています。
今も縄文時代の文化が脈々と日本人の中に残されているのを感じました。
 
今回の番組とは関係ありませんが、三途の川の概念は縄文の遺跡「奥三面遺跡」があります。 『日本人の他界観を探る―三途の川―』
 
この奥三面遺跡群には環状列石があり、三内丸山遺跡と同じ様な掘立柱建物跡が発掘されています。
 
 
 
いつ頃のことか忘れましたが、人は死ぬと魂は近くの山に移って、山の神となると言われていました。山の神の語源だと思います。
山の神=ご先祖様=氏神だったわけです。後に大陸から伝わった西方極楽浄土や天国とは異なる世界観です。
関東では筑波山が知られています。三輪山などもそうだったのではないでしょうか。
伊勢の奥の院と言われる朝熊岳「金剛證寺」の岳参り(たけまいり)も関係あるようです。link
 
 
霊山とは富士山のような高い山でなく、近くの山でした。
山が無いところでは、少し高くなった林の中がそうだったのではと思います。当寺境内の山の神の社は、そのような場所から移されています。
 
ご先祖様であった氏神様に、有力な八百万神が祀られ、名も無い神社が諏訪神社、八幡神社、稲荷神社などになっていきました。
黒又山も神聖視され、勝手に山に入ることはタブーだったようです。
この番組の内容では、宇賀神とお山の関係が、どのように結びつくのか、私には分かりませんでした。
しかし、古代信仰との関連はあったように思います。
 
 
追記  2017/06/07
 
201767214731.jpg
 
 
吉野裕子著「日本人の死生観 蛇 転生する祖先神」河出文庫によると、世界中で蛇は祖霊であったようです。
「古代日本人は、木や山を蛇に見立てて神とした。そして、人の誕生は蛇から人への変身であり、死は人から蛇への変身であった・・・・・・」
とあります。
円錐の山は蛇がとぐろを巻く姿であり、先祖神として映りました。
古くは出産のその日のためにだけ建てる産屋の屋根が三角錐で、とぐろを巻く蛇の胎内なのだそうです。円錐形の三輪山(奈良県桜井市)、宇迦山(西南麓に出雲大社がある)、カンナビ山はいずれもトグロを巻く蛇神の姿そのものとしてとらえられ、信仰の対象となっている・・・・・・・
 
同じく吉野裕子著「山の神 易五行と日本の原始蛇信仰」講談社学術文庫にも、同様な事が書かれています。
 

※吉野裕子氏の面白い記事がありました。link

 
 

※縄文土器には、蛇のデザインが数多く見られます。 Yahoo!画像link

 
※兵庫県たつの市新宮町の香山(かぐやま)は「播磨国風土記」に鹿来墓(かぐはか)と言いました。久野昭著「日本人の他界感」(吉川弘文堂)より。(ここも綺麗な円錐形の山です。グーグルマップlink)
同書に書かれた山田秀三著「北海道アイヌ地名を尋ねて」楡書房に「モイワは道内の諸所にある山の名前である。モ(小さい)・イワ(山)なのであるが、小山なら何処にでもある。併しこの名でよばれる山を見に行くと、版で押したように、円頂は円錐形の目立って美しい、印象的な独立丘である。特別な山の名であるようだ。問題はアイヌ語のイワに在るらしい。『小辞典』には、今はただ山の意に用いるが、もとは祖先の祭場のある神聖な山をさしたらしい。‥‥。日本人は‥‥神奈備山を崇敬していた。‥‥札幌の円山も、大和の神奈備山と同じような意味で、アイヌの霊域だったのではあるまいか。」とあります。
 
 
これらのことだけでなく、日本各地の独立した円錐形の山は、蛇信仰が残されているようです。
ネットで調べてみると、黒又山周辺の神社にも龍神、蛇への信仰がありました。
 
縄文時代には高度な建築技術が存在した!?
縄文時代には高度な航海技術があった!?
縄文時代にはピラミッドがあった!?
 
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