2016年11月

関越上り 寄居PA 星の王寺さま

いつも群馬方面から帰るときは、ほとんど関越上里SAで休憩するのですが、今回は寄居PAに寄りました。
 
 
以前と全く変わっていました。
レストランもありましたが、時間が中途半端なのか、全く入っていません。
 
 
 
 
 
運転していただいたAさんのお子さん用プレゼントに、下のお店に寄りました。
 
 
星の王寺さまが迎えてくれます。
すっかりクリスマスムードです。
 
 
 
 
 
 
 
お菓子と星の王寺さまのマグカップを買いました。
 
 
お客さんは、女性と子供が多いですね。
 
 
私のような年代は、「星の王寺さま」と言えば、先代の三遊亭圓楽師匠のキャッチフレーズを思い浮かべてしまいます
しかし、Aさんは子供に絵本を読んで聴かせていたそうで、圓楽さんのことは知りませんでした。
 
 
 
世代の違いを感じてしまいました。
 

総社神社 群馬県前橋市

 
 
総社神社には、二度目の参拝となります。
 
総社神社  リンク 
群馬県前橋市元総社町1-31-4
 
平将門公は神託によりここで新皇を称したと言われています。
 
 
 
 
 
 
 
総社長尾氏の居城・蒼海(おうみ)城の赤文字が総社神社。
国府跡を城として使用したようです。
 
尚、長尾景虎(上杉謙信)は同族です。
 
 
 
 
 
 
あと少しで、平成29年です。
来年は良き年でありますように。
災いは去ったでしょうか?。
 
 
本殿裏には道祖神などが集められていました。
良い表情をしています。
 
 
なんと素晴らしい大木のオブジェです。
 
 
 
 
駐車場は本殿裏側になります。
表からは入れません。
 

天城山 群馬県

何度行ったかは思い出せませんが、今回ほど寒かったのは初めてです。
さらに寒くなるとスキーに出かける人が多いと思います。スケートは出来なくなったそうです。
 
 
赤城神社の赤い橋がいいですね。
 

 

この寒い中、少ないですが途切れずお参りの方が来ていました。
 

 

 

赤城神社 群馬県前橋市元総社町富士見町赤城山4-2  リンク
 
 
分かりづらいでしょうが北風のため、かなり波があります。琵琶湖ほどではありませんが。
お店には閑古鳥が鳴いています。
 
 
黒檜山の木々が、薄く雪化粧しているのが分かります。北風も強く、山の上に雲が流れているのが分かります。
 
 
 
ここより低い場所で、マイナス2度でした。雪も運ばれて舞っています。
風も強く、湖岸ではさらに寒さを感じます。
 
 
友人は早々に車に待避しています。
 
 
 
対岸から見ると、はっきり雲が北から南に流れているのが分かります。
 
 
 
山を下りると穏やかな山並みが見えました。
 
 
 
以前行ったときに食べた、焼きトウモロコシが、また食べたくなりました。
 
 

水沢観音参拝 坂東第十六番札所

ひさしぶりの水沢寺参拝です。
水沢観音 link      
 
本当は駐車場から向かったのですが、写真は参道のお水屋からです。
この前を通ってお参りする人は、いつも少ないですね。
 
お水屋の水天様
 
 
 
分かりづらいでしょうが、冠と蛇が何匹か頭部に彫られています。
蛇がいなかったらば、亀踏像ですから、妙見菩薩と思うでしょう。
摩耗すると童子形の妙見様と見分けが付きません。
 
 
ご本堂の周りは、見事な紅葉です。
 
 
 
 
皆さん丁寧にお参りしていますね。
桜の時も見事だと思います。
 
 
六角堂はお地蔵様が祀られ、参拝者が押して回転させています。
今日は順番待ちでした。
友人達も並んでいます。
 
 
 
 
二体の弁財天が祀られています。
前回お参りしたときは、小判を納めることは無かったと思います。金色に光るのが小判です。当然本物では無いでしょう。
記憶違いでしょうか?。
 
 
 
お昼は水沢うどんです。
 
 
 
混んでいるお店だったら間違い有りません。観光バスがいっぱいの所は、いつもパスしています。
 

保護猫譲渡会 埼玉県狭山市 11月27日

狭山市アニマルサポート  アンジュにおいて、11月27日(日) 保護猫の譲渡会が行われます。
11月27日(日) 12:00~15:00
 
会場  コモンズカフェ
   狭山市富士見2-21-27  Map
   電話090-1857-1475
   アンジュのブログ  link  
 
イメージ 1
 
猫ちゃんを飼いたいな~とお思いの方、是非お待ちしています。
 
関係者の方のブログもご紹介します。小夏日記

紅葉の柳沢寺 群馬県北群馬郡榛東村

柳沢寺(りゅうたくじ)には面白い縁起が残されており、7、8年ほど前にも参拝したことがあります。
 
 
柳沢寺  群馬県北群馬郡榛東村山子田2535  link    地図
 

 

千葉氏の祖・千葉常将(平常将)が、子に恵まれず、船尾山の観音様に祈ると、一子満若が産まれました。
榛名山の天狗が満若を隠すと、常将は寺が隠したと勘違いして、焼いてしまいましい、間違いと分かると自害してしまいました。
常将の妻は柳沢寺の所に寺を建立した後、池に身を投げて死んでしまった。
しかも以前参拝した高崎市引間の妙見寺との関係も伝わっています。
 
 
高崎市の妙見寺
 
修験が積極的に伝承に関わっていたようです。
信じられない伝承です。
 
千葉常将 Wikipedia link
詳しくは学習院大学の青木祐子先生「榛名山東南麓の千葉氏伝承」PDFを参照してください。  link
秩父や以前書いたハ菅修験もここの修験と関連があり、平将門伝説、妙見信仰に結びついているようです。
 
※柳沢寺、妙見寺、ハ菅修験などのことは、このPDFにも資料としてある村上春樹氏(国文学者)の「将門伝説」(吸古書院)に書かれていました。
 
 
 
以前書いたハ菅神社ブログ link
 
寺の北東200メートルには、千葉常将を祀る常将神社もあります。ここにも常将伝承がありました。
 
また、近くには自衛隊の相馬が原演習場、相馬山(黒髪山)があります。相馬山には平将門公(黒髪明神)の石仏が祀られているそうです。
相馬山の麓にも以前行きましたが、登山はあきらめました。来てみるとチャンとした装備で登る人ばかりでした。
 
 
山門を通り、観音堂に向かいました。
 
 
元々あったのか、近在から集められたのか分かりませんが、たくさんの石仏が祀られています。
 
 
 
 
友人達も熱心にスマホで写真を撮っています。
 
 
 
永代供養のための五重塔です。
 
 
 
延暦寺の直末として多くの学僧が学んでいたそうです。
 
 
 
上州七福神の毘沙門天札所、東国花の寺百ヶ寺にも選ばれており、冬以外の季節は常に何かしらの花が咲いていて、特に4月上旬から中旬まで、桜、椿が見頃だそうです。
もっと知られていてもよいお寺です。
 

箕輪城 郭馬出一般公開 平成28年11月23日(水)予定 群馬県高崎市箕輪町

昨日は、またまた群馬に出かけてきました。
 
Aさんが、箕鄕(みさと)町にある箕輪城跡に行きたいとの申し出に、さらにTさんも一緒に行くことになり、計3人となりました。
 
箕輪城(みのわじょう)跡  群馬県高崎市箕郷町東明屋  地図
 
 
 
 
 
 
以前行ったときは、何も整備していない状態でした。
今回行くと駐車場やトイレも整備してあり、城跡も見違えるほどきれいになっていました。
郭馬出(かくうまだし)が完成しており、あと数日でお披露目でした。
さらに城跡の整備がなされるのでしょう。
 
 
 
堀はもっと深かったそうです。
 
 
 
箕輪城は永正9年(1512)に長野業尚により築かれました。
長野業正の代には、山内上杉氏に属し、武田信玄からの侵略を退けていました。
永禄9年(1566)年、業盛代に2万の武田勢を相手に防戦しましたが、一族郎党最後まで抵抗し自害しました。
伝箕輪城主・長野業盛の墓 内部link
 
Aさんは、有名な武将より、あまり知られていない長野業正が好きで、どうしても来たったようです。
 
 
日本百名城の一つに選ばれています。整備されれば優れた城の様子が、さらに分かりやすく、かつ人に知られるようになるでしょう。
 
 
 
 
武田氏から北条氏、徳川の時代には、井伊直政が高崎に移ることになり、廃城となりました。
 
榛名神社なども行きましたが、一般公開が近い箕輪城跡を先にしました。
 

上毛野はにわの里公園とかみつけの里博物館 群馬県名発祥の地

以前さきたま古墳に行きましたが、ここもかなり多くの人が来ていました。
埼玉古墳ブログlink
 
埼玉県立さきたま史跡の博物館の説明を見て、妙見寺、上野国分寺跡の後に、ここに行くことにしました。
 
かみつけの里博物館  link
  群馬県高崎市井出町1514  地図
 
 
 
駐車場に入れると、まずは保渡田八幡塚古墳を見学です。
 
 
 
この埴輪群を見たかったのです。
新幹線の工事前の発掘で発見された、三ツ寺Ⅰ遺跡に住んだ豪族の古墳群の代表的遺跡です。三ツ寺Ⅰ遺跡  link
 
三ツ寺Ⅰ遺跡当たりを7世紀には、古代「車」(くるま)と呼ばれていたことがわかりました。
すなわち「上毛野国車評」(かみつけのくに くるまこおり)のことで、奈良時代には車の読みに「群馬」の二字を当て、「群馬群」(くるまぐん)となりました。
明治になると群名を県名に採用したのだそうです。
 
馬が群れていたとばかり思っていました。富士重工があったからでもありません。
 
 
この埴輪は約6,000本あるそうです。このように再現された場所は初めて見ました。
来効がありました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
古墳頂上から石棺のある場所に行けます。
 
 
舟形石棺は発掘当時、すでに暴かれていたそうです。
 
 
 
 
次は双子山古墳です。ここも沢山の埴輪に守られていたようです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
コスモスがきれいに咲いていました。
1500年前、この古墳にも沢山の埴輪が飾られていました。
 
 
 
墳丘の上から手を振るのは、いつも運転手をかってくれるAさんです。
 
 
 
 
かみつけの里博物館
ここは期待していなかったのですが、皆さんも機会があったら見学してください。
素晴らしい施設です。
 
 
 
保渡田八幡塚古墳の石棺の模型が展示してありました。
ここから先の常設展は、充実した内容で楽しめました。
残念ながら撮影は出来ません。
 
 
豪族の時代、榛名山からの火山灰、火砕流、度重なる土石流や洪水の下から発見された畑水田跡、古墳、住居跡などの遺跡や遺物の数々。
その時代の地域の様子を彷彿することが出来る展示物です。
火山灰で蒸し焼きになった広い地域やこの施設の西側の広い地域が火砕流に飲み込まれて、その当時をタイムカプセルにしました。
 
雲仙普賢岳の火砕流と同じようなことが起こったわけです。
現在の榛名山からは想像が付きません。榛名山は浅間山と共に、まだ活火山なのです。
 
この常設展の解説書は価値があります。興味のある方は他の解説書も含め、買い求めることをお勧めします。
 
館内を丁寧に見たつもりでしたが、気がつかなかったこと、忘れたことなど、見直すだけでも楽しいですよ。
 
 
その他、色々な資料が販売されています。各地資料館展示のパンフレットも、たくさんいただいてきました。
 
貴重な旧群馬町の群馬は、高崎市と合併のため県名としては存続していますが、消えてしまいました。他県人としてもなじみの地名がなくなったのは、さみしく感じます。
 
気がつくと1年で関東の県名の起こり、旧茨城群、さきたま、栃木、千葉、群馬の5カ所に行ったことになります。但し茨城の石岡市茨城には行っていません。江戸城は東京ですから入りませんね。
神奈川は30年以上前です。
 

上野国分寺跡と国分寺(後継寺院)

上野国分寺跡
         群馬県高崎市引間249-1(旧群馬町)  地図               
上野国分寺 Wikipedia link  
 
 
妙見寺の参拝後に上野国分寺跡に向かいました。
境内の駐車場を東に抜け、狭い道を行くと国分寺跡に出られます。
 
国分寺跡だけなら南側に新たにバスも止まれる広い駐車場ができましたので、直接駐車場に入れてください。
 
駐車場から染谷川を渡ると国分寺跡に出られます。
以前来たときは、北側にしか駐車場はありませんでした。
 
橋を過ぎると西側に妙見寺とガイダンス施設上野国分寺館が見えます。
 
向かって左が妙見堂  右が国分寺館
 
 
 
 
塀の所から北側が国分寺跡です。
かなり広い敷地ですが、北側の民家の所も敷地です。
 
 
 
 
 
上野国分寺の七重の塔は、塔としては国内最大級の規模だったそうです。
 
 
七重の塔基壇
 
 
 
 
講堂跡
 
 
 
現在発掘が行われています。新たな発見は、かつて金堂跡と言われた場所の南側に金堂跡が発見され、金堂跡は講堂跡であることが分かったそうです。
現座発掘している所は、南西の端です。
 
左側が講堂跡  右側が金堂跡
 
あちこちに発掘跡がありました。
 
 
国分寺跡ガイダンス施設上野国分寺館は入場無料です。
七重の塔の二十分の一の20分の1 の模型や出土した瓦、土器などが展示して あります。
その当時の地名が線刻してある土器類が特に興味深い展示品でした。
自分で楽しむだけなら内部の撮影はできますが、ブログなどには使用できないそうです。
 
 
 
 
 
中ではビデオで詳しい説明がありますので、是非見せてもらいましょう。
 
 
上野国分寺(後継寺院)
高崎市東国分町318  地図
 
国分寺跡の約600メートル北側に現在の国分寺があります。
後継寺院とは、微妙な表現ですね。
門柱には、右「上野国分寺」、左「薬師如来」と掘られています。
 
 
 
以前来たときには、立派な住職の石塔が西側に集められていました。
今回はありませんでした。どこか正住職のお寺に移されたのでしょうか。
 
隣の庫裏は廃屋になっていました。
 
 
 
次に「かみつけのくに博物館」に向かいました。
ここには大きな古墳があります。
 

妙見寺 高崎市引間町

妙見菩薩と平将門公を調べ始めたのが十数年前でした。その頃と5年以上前にお参りに来ています。
妙見菩薩資料集  link  
 
天台宗妙見寺  群馬県高崎市引間町213  地図
 
 
 
 
 
千葉妙見大縁起にある平将門、平良文の前に現れた七星山息災寺(現・天台宗妙見寺 高崎市引間)妙見菩薩。
染谷川の浅瀬を渡るところです。
 
 
妙見寺前の妙見菩薩が現れた染谷川ですが、千葉妙見大縁起とイメージが重なりません。 地図 
以前以前書いた大縁起展のブログ  link    
 
看板中に書かれている「総社長尾氏」は平良文の子孫ですから、当然妙見菩薩への信仰を持っていたはずです。
長尾家は山内上杉家とともに長尾景虎を頼りました。
 
上杉謙信(長尾景虎)とも同族です。景虎が上杉家の養子となったのも総社長尾氏との関連もあったと思います。
謙信も妙見信仰がありました。
 
 
妙見前の染谷川
 
左が妙見堂(本尊妙見菩薩)、右が本堂(本尊・釈迦如来)
 
 
 
 
 
 
 
とても素晴らしい建物です。彫刻も見事です。
 
 
 
 
古い妙見寺のお姿札
 
妙見堂の西隣に歴代住職のお墓がありますが、その脇に石祠が集められています。
埼玉では見かけることがない形をしています。
 
 
 
 
ここにお参りに来ると必ず寄るのが妙見茶屋です。
県内に数店舗ある本店です。
初めてここに来たとき、ここの女将さんが「妙見寺は住職が来てから、ずっと良くなりました。」と話していたのを思い出します。
無住の時代が長かったようです。
 
 
 
ここに来ると必ず酒まんじゅうを買って帰ります。
私の地元にもありますが、地元と風合いが違って美味しいです。
 
次回は、すぐお隣の「上野国分寺跡」です。
 
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