2006年05月

大森神社 群馬県昭和町

昭和インターチェンジを降りると、広い畑が広がっていした。所々、大きな工場が進出しています。

高速道路の恩恵を受けているのが分かります。

天台宗遍照寺と並んでいますので、元々は寺の神仏を祀る神社、あるいは御堂だったことが分かります。

 

廃仏毀釈により大森神社となったようです。

聖徳太子

 

ある本に祭神として天御中主神が祀られていたとあります。おそらく妙見菩薩か霊符神の石碑として、あったのではと思い探しましたが、分かりませんでした。

馬頭観音

 

 

お隣の遍照寺です。

元三大師、不動明王のてらとして知られているようです。

 

  地図

後閑飯玉神社 前橋市

飯玉神社は県営広瀬団地に囲まれていました。

駐車場もありましたが、お参りの人数の割には駐めてある車が多くあります。どうも団地の駐車場だったかも知れません。

鳥居の脇を抜けた場所が、神社の駐車場なのでしょう。紛らわしいですね。

 

 

ここの地域には大古墳群があり、神社社殿は古墳の上にあるようです。

元々は後閑町だったのが広瀬町になったのは、閑の意味を嫌ったからでしょうか。

 

鳥居の脇の双体道祖神が祀られていました。群馬県ではよく見る石仏です。

 

今日の目的である霊符神をお祀りする社を詣でました。

 

一番の北側には霊符神の石塔がありました。

 

沢山の石祠も祀られています。

 

地図

月田近戸神社と石仏・石祠・石塔 前橋市粕川町

月田近戸神社は妙見宮石碑が祀られています。

しかし、驚いたのは沢山の石仏や石祠が祀られていました。

かなり古くから獅子舞が行われたようです。

少子化や過疎化など、継承するには厳しい面があると思います。

 

数多くの石祠が祀られていました。

 

ハッキリと妙見宮と彫られていましたので、難なく見つけることができました。

疱瘡神

 

神社裏に旧重要美術品の石像六地蔵殿がありました。

 

時折見かける江戸時代後期の六面石像地蔵菩薩像とは時代が異なり、貴重なものです。

 

この赤城塔は鎌倉時代に多く作られ、 赤城南麓に多くあるようです。

赤城塔画像リンク

 

さらに道を挟んで北側には、沢山の石仏がありました。光善寺石造仏群と言われ、廃寺となった寺の関連のようです。

 

虚空蔵菩薩の石仏は初めて見ました。嬉しくなりますね。

 

庚申塔には聞かず言わざるの二猿が祀られていました。穴が貫いていましたが、何か意味があるのでしょうか。

 

追記  あとで気がついたのですが、月田近戸神社には外宮がります。狛犬は群馬県で一番古いようです。

 

月田近戸神社 前橋市粕川町月田1261 地図

赤城神社 群馬県渋川市津久田

151号線に案内があり本殿に至る至る途中にも鳥居・参道があります。一般道として使用されているようでした。

霊符尊石祠

 

鳥居をくぐり、本殿に向かいました。

 

本殿にはすばらしい彫刻や彩色が施されています。

 

赤城護国神社社殿は近くの敷島小学校にありましたが、移築されて祀られるようになりました。私が生まれ育った所にも小学校に忠魂碑がありましたが、規模が縮小され隣接地に移っています。

何かと言えば憲法違反という団体や宗教団体の圧力で、各地の戦没者の儀式も公共の場所から寺や神社で行われるようになりました。

 

この歌舞伎舞台では歌舞伎が奉納されています。

 

ここは水琴窟があります。

 

この神社にも多くの石碑が集められています。

 

赤城神社 群馬県渋川市赤城町津久田363 地図

 

八雲神社 前橋市粕川町

八雲神社は祭神として須佐之男命をお祀りしています。

境内には妙見宮の石碑がありますので、お参りに参りました。

 

 

土俵がありますので、奉納相撲がおこなわれるようです。

 

沢山の石祠が祀られていました。

 

運良く妙見宮と刻まれている石祠を見つけました。天児屋根命をお祀りしていますが、廃仏毀釈以前は妙見菩薩だったのでしょう。

画像は読めるように調整してあります。

 

天保三(1831)年十一月吉日建之とあります。

 

八雲神社 群馬県前橋市粕川町室沢209 地図

 

三夜沢赤城神社 前橋市三夜沢町

赤城神社は赤城山の頂上にある所が、数多くの赤城神社の大元と思っていましたが、それ以外に三夜沢赤城神社も総本宮と言われているのを知りました。

赤城山が本来の御神体だったのでしょう。東の方から山頂に登る道があります。ズッと以前に上から車で降りてきた記憶があります。

 

他に二宮赤城神社も本宮と推測されているようです。

 

 

バスで来られた団体もありました。

藤原秀郷墳の伝承が残されており、「たわら杉」が県内で最大級なのだそうです。

神社裏手は沢山の杉が植林されていました。

あちこちに数多くの石祠が祀られています。ほとんど祭神は明らかではありません。

 

まだまだ沢山祀られています。これほどの石祠を見たのは初めてでした。

 

三夜沢赤城神社  地図

 

金古諏訪神社 群馬県高崎市

今年1月に群馬町は高崎市に編入しました。

諏訪神社の妙見菩薩関連の霊符神をお参りするのが目的です。

境内に駐めさせていただき、まず拝殿に参拝しました。

御祭神は建御名方神外八柱だそうです。

 

石尊大権現碑

 

聖徳太子碑

 

裏に回ると多くの石祠が祀られていました。

 

目的の霊符神の石祠です。明治29年9月建立

多くの神社が石祠に祭神名が表記していないため、目的の石祠を探しても見つからないことが多く苦労しますが、ありがたいことです。

ある神社では、宮司さんも知らない事がありました。

霊符神

 

倭文(しとり)神社

倭文神社は絹織の神様を祀ります。この地域の大事な産業だったのでしょう

 

疱瘡神社

 

金古諏訪神社 群馬県高崎市金古町 地図

 

荒子神社 前橋市

荒子神社境内に妙見神社があるようです。

某県で小学生が殺害されたあとなので、下校時に先生が付き添っていました。このような時代では、小学生に道を聞くのもはばかれますね。

 

 

荒子神社の祭神は天之香々勢男です。

 

石祠がたくさんありました。この中に妙見祠があるのでしょう。

 

 

荒子神社 群馬県前橋市荒子町960 地図

曹洞宗 宝珠寺 群馬県伊勢崎市

平将門公を調べる過程で、反将門公側の藤原秀郷(田原藤太秀郷)についても調べていました。

伊勢崎市も墓があるとありましたので、参拝致しました。ここは一昨年まで佐波郡赤堀町でした。

 

藤原秀郷が天慶2年(939)の開基開いた伝えられています。後に子孫とされる赤堀(あかほり)氏が、近くの赤堀城を居城としたようです。

赤堀城は南北朝時代に築城されました。

 

秀郷の墓は、三男の田原千国に寄って建立されました。

 

実際は供養塔であったようです。

宝珠寺       地図

          赤堀氏ウィキペディアlink

大手神社 栃木県足利市

天慶の乱で平将門公が敗れたおり、五体がバラバラになって各地に飛んでいったそうです。

落ちた手を祀ったのが、大手神社です。

 

手の病に霊験があります。また手仕事の上達を願うとかなうそうです。私のような不器用な者でも、もう少し良くなるよう祈りました。

根気が無いので無理と思いますが。

 

近くには平将門公の腹を納めた大原神社もあります。

 

大手神社  栃木県足利市五十部町375   地図

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