2002年10月

三光神社(みょうけんさま) 埼玉県小川町

建久年間(1190~)に児玉党竹沢氏の子孫によって、妙見社として創建されました。

廃仏毀釈により、日・月・星を祀る三光神社となりました。地元の方々は今でも「みょうけんさま」と言っているようです。

 

 

かつては北辰妙見菩薩が祀られていました。

秩父七妙見の一社に数えられていますが色々な説があり、「秩父志」ではここを入れていません。

 

 

大杉は34メートルもあり、町指定天然記念物となっています。

 

稲荷社  手長男社  聖天社

 

 

三光神社  埼玉県比企郡小川町大字木部(木部字妙見沢)458

 

梅園神社 埼玉県越生町

梅園神社には17枚の棟札が残されており、最古の物は摩耗して読めませんが、新編武蔵野風土記によれば、北朝方の年号「観応元年(1351)」と記載があります。

古くは天満宮と称していました。

 

 

廃仏毀釈により、別当であった大泉院が廃され、住職が宮司となったそうです。

明治40年に堂山の近戸神社と上谷の三島神社を合祀し、現在の名称になりました。

 

 

春秋の大祭には獅子舞が行われ、大勢の参拝者が訪れます。

この獅子舞は、現在の飯能高山から伝承されました。

 

 

花園神社  埼玉県入間郡越生町大字小杉1

 

越生神社 埼玉県越生町

越生町には越生神社が二ヶ所あります。

岡崎薬師参拝の後、その内の越生町越生にある神社をお参りしました。

 

 

神社の裏手・高取山が越生氏の砦跡です。

源頼朝の命により報恩寺を再興した越生次郎家行の氏神として琴平社が祀られました。

明治42年に近在の神社を合祀し、越生神社としました。

 

 

越生神社  埼玉県入間郡越生町大字越生1015

 

岡崎薬師とフジバカマ 埼玉県越生町

たまたま岡崎薬師を詣でると七草のフジバカマが咲いていました。越生秋の七草めぐりコースになっていました。

岡崎薬師は、越生氏の分家・岡崎氏が建立したと伝えられています。

小さな薬師如来像が祀られているようです。

 

 

案内板にあるように、そうとう古い建物のようですが、外部はそうとう改修されており、新しい建物のように見えました。

須弥壇付近を残して改修されたようです。

 

この北側が岡崎氏の館跡だそうです。

 

岡崎薬師 埼玉県越生町越生

 

 

 

曹洞宗龍穏寺 太田道灌の墓 埼玉県越生町

室町時代から有力な寺院として知られ、江戸時代も関東の関三刹の一寺として曹洞宗寺院の宗政をになっっていました。十万石の格式があったそうです。

数年前に曹洞宗僧侶から聞いたところによると、今でも色々な催しにおいて宗内で座る席が上位であると話していました。

 

 

太田道灌の父・道真は、龍穏寺の境内に砦を築いていました。

道真の墓と道灌の分骨を納めた墓が、境内にあります。

 

 

お参りに訪れると御住職が近在の小学生に話をしていました。

 

 

御本堂のお参りは後にして、太田道真・道灌の墓に向かいました。

 

 

道灌の墓は龍穏寺だけでなく、他に三ヶ所あります。

 

 

「七重八重花は咲けども山吹の実のひとつだになきぞ悲しき」

若き日に雨が降り出し、道灌が蓑を借りようとすると、若い女性が黙って山吹の花を手渡したと言われる場所が各地にあります。意味が分からなかった道灌が、これ以後和歌など学問に励んだとされています。その逸話の場所は各地にありますが、越生町にも山吹の里が整備されています。

 

お墓参りを済ませて御本堂で参拝していると、御住職に声を掛けられました。

話をしていると教師をしているとき、学校は共に異なるようですが、私の父と何度もあったことがあると話していました。

これ程の寺でありながら、教師をしなくては寺を維持できなかったことに驚きました。

整備工事の募金をしていましたので、わずかでしたが御寄付をさせていただきました。

 

龍穏寺 埼玉県入間郡越生町大字龍ケ谷452

 

津久根八幡神社 埼玉県越生町

創建については明らかではありませんが、棟札に平安中期の正歴2年(991)とあるそうです。

元文5年(1741)に吉山家が正八幡宮を勧請したと記されているそうです。

廃仏毀釈以前は別当を高蔵寺が勤めていました。

 

 

神仏習合時代の古い神仏像や仏具が残されています。

本殿には見事な彫刻が施されていました。

 

津久根八幡神社 埼玉県入間郡越生町津久根23

 

大霊神社 板碑 埼玉県東秩父村

小川町のラジュモハンで昼食後、東秩父の和紙の里に向かいました。

途中、板碑が見えましたので、路駐で撮影のみです。

 

 

旧大河原村の戦没者の為に昭和27年に創建されました。

道路に面して、立派な板碑が見えます。調べてみると近くの日蓮宗・浄蓮寺関係が多いようです。

 

 

大霊神社 埼玉県秩父郡東秩父村御堂

追記 浄蓮寺ブログlink

 

倉尾神社 埼玉県小鹿野町

今日は秩父でも北部を中心に廻りました。

先ずは倉尾地区の総鎮守である倉尾神社です。

秩父と信州を結ぶ、大事な交通路でした。

 

 

創建は延徳2年(530)と伝えられています。群馬県上野村の野栗神社から勧請されました。※現在の乃久里神社と思います。

神仏分離までは、野栗三社権現と称していました。

かつては金の神像が祀られていましたが、昭和13年に盗難に遭ってしまいました。

 

 

毎年例大祭には長旗付煙火の奉納が行われます。

 

 

倉尾神社 埼玉県秩父郡小鹿野町藤倉3133

 

椋神社 埼玉県吉田町

椋(むく)神社は龍勢祭りで、よく知られています。

昨年、友人に誘われて祭りに行かないかと言われたことがあるのですが、都合が付かずにいました。

近くまで来ましたので、参拝することにいたしました。

 

 

元々は井椋神社でした。

秩父には椋神社が何カ所もあります。古い名称の井椋神社は、川本町にあります。

 

 

ここにも日本武尊の伝承があります。

 

明治17年(1884)に秩父困民党の決起集会が、ここで行われました。

 

 

椋神社 埼玉県秩父市下吉田7377

 

妙見神社 埼玉県大滝村栃本

大滝村には何カ所か妙見神社があります。

全部廻ろうとしていますが、地図に載っている場所は少なく、どうにかここを見つけることができました。

栃本関所跡の300メートルほど東の斜面にありました。

 

 

 

通行の邪魔にならない場所を見つけて、急いで写真撮影です。

詳細は分かりません。

大滝村には秩父市より多くの妙見神社があります。

 

追記 2020/07/21

現在は秩父市大滝村になっています。地図

 

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