2006年04月

臨済宗 長善寺 茨城県取手市

平将門公が祈願寺として創建したと伝えられています。

車で行きましたが、取手駅から近くにあります。

 

紫陽花の頃が見頃のようです。

階段を登り切り、山門過ぎると茨城県指定文化財の三世堂です。

中は「さざえ堂」になっており、坂東・秩父・西国の百観音が祀られています。

1年に一度、4月18日に公開されるようです。

 

こちらが御本堂と思いますが、もっと良く見てみれば良かったと思います。

 

霊山堂とあります。

霊山堂は取手大師とありますので、こちらも弘法大師でしょうか。

 

  弘法大師の相馬新四国札所になっています。

文殊堂

 

相馬霊場大本開基光音堂とあります。こちらも札所?

 

茨城百景に選ばれていますが、たしかに素晴らしいお寺でした。

 

長禅寺 茨城県取手市取手2丁目9−1 地図

 

天台宗 竜禅寺 茨城県取手市

将門公の生まれた所と伝えられており、幾つかある伝承の一つです。平将門公創建の寺とも伝えられています。

ここにはそのような看板などはありませんでした。

 

 

御本堂をご紹介する方が先と思いますが、先ずは取手市では唯一の国指定重要文化財である三仏堂です。

釈迦如来、阿弥陀如来、弥勒菩薩の仏像が安置されており、三仏堂と言われています。

 

永禄12年(1569)と書かれた木札があり、その頃に建立されたようです。

 

御本堂に参拝です。御本尊は阿弥陀如来です。

 

取手など近郊には、平将門公の伝承が数多く残されています。

 

            竜禅寺Wikipediaリンク

妙見八幡神社 茨城県常総市

元々は天台宗妙見寺でした。妙見寺境内の八幡神社を廃仏毀釈時に合祀して、妙見八幡神社としたようです。

国道294号沿い、石下紫峰高南交差点の角地にあります。

 

もう少し早く来れば桜の花が咲いていたはずです。

 

妙見寺は明治4年廃寺とあります。間違いなく廃仏毀釈になったことが明らかです。

 

 

妙見八幡神社 

 

浄土宗 石下大師 西福寺 茨城県常総市

浄土宗の寺ですが、境内に真言宗の弘法大師四国88ケ所が祀られています。

毎月21日が縁日で、参詣者で賑わうそうです。

 

今回は平将門公供養碑を目指して参りました。

 

よく整備された庭園をユックリ散策方々、弘法大師をお参りしました。

 

平将門公菩提供養之碑は看板などがあり、すぐ見つかりました。

なかったら探すことができないほど摩耗しています。

建長6年に建てられました。

 

六観音様をお参りし、御本堂に向かいました。

 

西福寺 茨城県常総市新石下1034  地図

 

平将門公本拠豊田館跡 法輪寺 茨城県常総市

豊田館跡の平将門公像です。

この像はネットなどでよく見ますので、さぞかし広い場所だと思っていました。

わずかな敷地が残っているだけでした。

日展参与の宮地寅彦氏によるレリーフです。

 

黒い碑は、かなりの大きさです。

 

すぐ西側にある参道の正面が天台宗法輪寺御本堂ですが、敷地共にかなりあれていました。

ここは兼務寺で御住職は東京の寺にお住みです。

 

 

立派な阿弥陀如来の石仏がありました。この寺で一番の存在感があります。

 

法輪寺 茨城県常総市向石下121 地図

 

 

長良神社 群馬県大泉町

長良神社は邑楽郡にたくさんあります。

霊符神石塔のある目的の大泉町の長良神社でした。大泉町しか分からず何カ所か廻らねばと思っていましたが、二ヶ所目で見つかりました。

郡名だけでしたら、あるいは平成の大合併で邑楽市にでもなっていたら、大変なことになっていました。

 

 

邑楽町篠塚の長柄神社が大元で、各地に長良神社が祀られたのですね。さっき行った篠塚伊賀守廟の近くでした。

戻ろうかと思いましたが、疲れましたので社に参拝し、霊符尊石塔に手を合わせ帰ることにしました。

 

 

目的の霊符尊石碑が見つかり、ホッとしました。

 

長良神社  群馬県邑楽郡大泉町吉田965 地図

 

篠塚伊賀守御廟 群馬県邑楽町

邑楽町である神社と寺を探していると、篠塚伊賀守史跡の看板がありました。

名前は知っていますが、どのような武将かは覚えていません。

 

ここは浄土宗大信寺の境内ですが、墓の駐車場は駐められないため、急いで写真を撮って他に向かいました。

大信寺の駐車場に駐めさせていただき、ユックリお参りすれば良かったと後悔です。

 

墓前に不動明王の石像が祀られていました。浄土宗であれば珍しいですね。

 

急いで手を合わせました。

 

看板がありましたが、デジカメで写しただけです。

あとでユックリ読みました。

畠山重忠の六代目子孫だったのですね。

足利氏を快く思っていなかったに違いありません。新田義貞などと共に反旗を翻したのは、当然だったのでしょう。

篠塚 重広は広島県の因島、あるいは愛知県上島町の魚島で没したそうです。後世に地元の方々が偲んで墓を建立したのでしょう。

ここのお墓は後世に建立された供養塔なのではと思います。

 

篠塚伊賀守御廟所     地図

篠塚伊賀守Wikipediaリンク

 

富士塚・霊符尊三尊 個人宅 群馬県邑楽郡

あえて正確な地区名は略します。どうにか見つかりましたが、民家に囲まれています。

富士塚にたくさんの神仏石仏が祀られています。昔はお祭りが、かなり盛んだったそうです。

今でも大事にされているようです。

浅間大神(木花開耶姫)  裏に大日如来の文字

富士浅間信仰が盛んであったことが、うかがわれます。

 

私の目的である霊符尊三尊の石仏です。

霊符尊三尊

 

頂上と同じ浅間大神(木花開耶姫)でしょうか。大天狗・小天狗も彫られています。

 

私は姿が異なりますが、妙見菩薩は霊符神と同じと思っています。

大日如来立像?

 

富士の下には、行者と思われる線刻蔵がありました。

 

烏天狗だと思います。

 

 

追記 2019/12/20

私の求めた木花開耶姫の化掛軸画像です。

 

倉賀野神社 群馬県高崎市

崇神天皇の皇子・豊城入彦命の伝承があります。

祭神は大國魂大神、すなわち大国主命です。府中市の大國霊神社との関連があるのではないでしょうか。御神体は亀形の自然石だそうです。

 

素晴らしい彫刻が施されています。

 

倉賀野は中山道の重要な宿でした。

下の説明にある太鼓橋は今はありません。

 

倉賀野には古い建物などが残されていますので、おもてなし館、先ほど行った安楽寺などの寺院を廻ると楽しいでしょう。

 

倉賀野神社 群馬県高崎市倉賀野1263 地図

         ホームページlink

天台宗安楽寺 七仏薬師 高崎市倉賀野

倉賀野は中山道の十二番目の宿でした。水運でも大変栄えていたのですが、鉄道が敷設されると衰微してしまいました。

安楽寺の御本尊は七仏薬師如来ですが、古墳の中にある仏様です。

 

御本堂の裏側の古墳が、御本尊を祀る古墳です。古墳の中の仏様が御本尊の寺は初めて見ます。

 

七仏薬師が祀られている古墳は七世紀末ごろに作られました。お薬師さまなどの彫刻は、鎌倉時代に彫られたようです。

周りの玉石は全面にあったのでしょう。

 

7世紀後半の古墳の石室の壁に仏像(七仏薬師・鎌倉時代)が7体彫られている。実際には薬師・釈迦・阿弥陀。天台宗では七仏薬師は妙見菩薩の本地とされています。

12年に一度(巳年)ご開帳をし、一般檀信徒に公開しています。

 

将棋の駒の形をした板碑がありました。このような形の板碑は初めて見ます。

一般的には頭頂部は同じようですが、モット細長く、同じ幅のものばかりです。

 

二十二夜堂(観音堂)

 

将軍地蔵堂

 

安楽寺  群馬県高崎市倉賀野町867地図

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