『古今著聞集』第6巻-255にある源義光による豊原時秋に笙の秘曲を伝授する場面です。
義光は新羅三郎の名で知られています。
前九年・後三年の役に義光は兄・義家の救援に赴きました。
豊原時秋が「大食調入詞」(だいじきちょうにゅうじきちょう)を父から伝授されていなかったったために、義光のあとについて行き秘曲を足柄山において伝授されたとされたとされます。
豊原氏は代々楽家として知られ、時秋は祖父・父・などと共に笙の大家として知られています。
源義光ウィキペディアlink 豊原時秋ウィキペディアlink
ウィキペディアを読むと豊原時元であり、曲の伝授ではなく名器「交丸」を返したとされています。
場所も逢坂関であったようです。
この図を書いたのは「紫峯」とありますが、榊原紫峰ではなさそうです。