ここは中世の館跡だそうです。
平山家の先祖は天正18(1590)年、深谷城落城後にに土着し、代々世襲名主を務める旧家となりました。
この建物の前に新しい住宅があり、現在はそちらに住んでいるようですが、まだ使用されているようです。
かつては樋春は樋口(ひのくち)村と言い、荒川の水を松材で作った樋管から、流域十数ヶ村に用水を通す樋の口のあった場所でした。
樋管と用水路の管理は、平山家の重要な仕事だったそうです。
ここまで立派な江戸時代の建物は少ないですが、規模は違っても私の子供の頃にはいくらでもありました。
館跡の堀なのか、低地ですから後世の堀なのか不明です。裏はかなり広い屋敷林です。
周囲は一面の水田だったのでしょう。すぐ裏はしばらく行くと荒川ですので、林の北側には深い堀がありました。用水かもしれません。
かつては長屋門もあったようです。
庭まで車で入って良いのか分かりませんでしたので、少し広がった道ばたに駐めさせていただきました。
平山家住宅 埼玉県熊谷市樋春974-8 地図