総本山智積院

当寺の総本山智積院へ参拝致しました。

現在は御本山の重要な儀式が執り行われています。

 

以前は樹木が少なく、落ち着いた雰囲気でなかったのですが、ズイブンと景観が良くなりました。

 

金堂(本堂)へ向かいます。

江戸末期に土佐藩が駐屯しており、火薬庫の爆発により重要な建物、宝物などが燃えてしまいました。金堂は昭和50年に再建されました。

 

金堂の隣にある現在の不動堂は講堂の跡にあり、金堂ができるまでは御本堂でした。

 

不動堂の前を南に向かうと、宗務庁になっています。智積院の敷地が京都市立美術大学になり、美大が移転するに当たり買い戻した場所です。

購入にあたり、京都女子大と競り合ったと聞いています。

何かの災害の時に使用することも想定して、智積院に軍配が上がりました。

宗務庁はは美大の校舎を直して使用しています。

 

以前ご寄付したときの標である石柱ががありました。本日の参拝は、これを確認するためでもあります。

 

宝物館と講堂、名勝庭園に向かいます。

 

講堂は以前の御本堂より、より広い面積があります。

 

ここが本来の正面玄関です。向かいに東山七条の通りが見えます。

 

玄関を入ると布袋の図が迎えてくれます。明治の画家・月樵(げっしょう)により描かれました。

 

大書院から見る名勝庭園です。利休好みの庭と言われ、桃山時代に小堀遠州により造営されましたと伝えられています。

 

ここの景観を利用して、CMなどの撮影に使用されたことが何度かあります。

 

大書院には国宝障壁画がありましたが、現在は収蔵庫に移されています。

現在の絵は似せて作られた作品です。

テカテカして落ち着きがありませんが、書かれた当時は同じようだったのかも知れません。

 

この後で収蔵庫に向かいましたが、中は撮影できません。

 

総本山智積院 京都市東山七条 地図

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