嘉元の板碑に行く途中、ナビに薬王寺とありましたので参拝致しました。
毛呂山町の医王寺に参拝した後でした。寺名が異なっても薬師如来が御本尊となるわけです。
新編武蔵野風土記によれば、「天台宗、仙波中院の門徒、医王山千手院と号す、本尊薬師を安ぜり、」とあるだけでした。
まるで当寺・円泉寺のような新編風土記の文章です。
円泉寺のように江戸末期に住職が住んでいなかったからかも知れません。無住のため幕府への提出書類が、おろそかになっていた可能性もあります。
しかし、薬王寺は、良く整備されていると思います。
入口から御本堂に向かう途中に、六地蔵の石仏が祀られていました。
三面に地蔵菩薩が二体づつ、側面には南無阿弥陀仏と彫られています。
御本堂正面の額は、医王山とありました。
境内には板碑がありました。一部は読めるのですが、よく見ると自信が無くなります。
中央には大きめの梵字が三文字あります。上から梵字・大日如来「バン」、阿弥陀如来「キリーク」、釈迦「ハク」と思います。
左右の梵字と下の文字は、摩耗しており自信がありません。
天台宗 薬王寺 埼玉県毛呂山町葛貫821 地図
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