妙見菩薩が群馬県引間の妙見寺から秩父、千葉に移る途中には色々な説があります。妙見寺→武蔵平井→寄居藤田→秩父と書かれている資料がありますが、ここは武蔵国ではありません。他の武蔵野国平井では、次の寄居や秩父への流れが不自然になりますので、江戸川区の平井より上野国平井(藤岡市)が自然だと思います。
ここから南に行けば、寄居に行くことができます。
私の「妙見信仰」を参照してください。妙見信仰link
三島神社は上ノ社と下ノ社があり、夜祭りが11月14日に行われます。
秩父の妙見さまと同じような流れです。このことからも妙見菩薩の移動をこことする説があるのです。
しかし、ここの三島神社では時代が異なります。他の有力な寺院か神社、有力な武士団の館だったかも分かりません。
14日昼に神輿が下ノ宮から上ノ宮に渡御しますので、先ずは下ノ宮から記載します。
下ノ宮
次に行く上ノ宮とは、かなり規模が異なります。
三嶋様の夜祭りは、ここから始まります。
ここの祭礼は、古来からの祭りの形態を残しているのだそうです。
社の東脇の木はムクロジです。この実が羽子板の黒い球に使用されます。看板に推定120年とと表示されていました。
三島神社下ノ宮 群馬県藤岡市西平井1742
三島神社上ノ社
関東管領上杉顕定により、伊豆の三島神社より分祀し、近くにある平井城の氏神としました。
この鳥居手前あたりが、平井城跡との境だったようです。
拝殿と思いますが、他にない作りです。
祭礼に必要な造りなのでしょう。
三島神社上社 群馬県藤岡市西平井192−1
平井城跡
三島神社上ノ社からは東にあります。すぐ近くです。
ごく一部だけしか整備されていません。
七枚の掲示板は、この城跡を知るには良い試みだと思います。
ただの城跡ではなく、この時代は多くの人が住む街だったようです。
文人墨客も数多く訪れていました。
平井城跡 群馬県藤岡市西平井235-1外 地図