天台宗 妙見寺 群馬県群馬町

妙見菩薩を調べ始めました。

関東における妙見信仰の大元をまずお参りしました。

関東における桓武平家末裔の多くが、妙見菩薩を信仰するに至ったのは、平将門公、平良文のいわれからです。

 

 

先ずは御本堂です。

 

 

妙見寺は神亀6年(729)に天白山妙見寺(大阪府南河内郡太子町春日)より勧請されたという説。
続日本紀:「宝亀2年 (771)上野国、美作国・・各々50烟を給す妙見寺(天白山)」(天白山は、もと東方の信夫山にあった。)
あるいは、714 年(和銅7 年)またはその翌年の715 年(霊亀元年)上野国大掾藤原忠明の開基により創建されたと伝えられる。

妙見堂は御本堂西側になります。

平良文や一族により、秩父、鎌倉、千葉へと伝えられ、妙見信仰が関東各地に広がりました。

 

妙見堂拝殿

妙見堂本殿

 

妙見寺 妙見菩薩お姿

 

 

近くの妙見茶屋に寄り、有名な酒まんじゅうを買いました。

この店の女将さんによると、以前は妙見寺には住職が住んでいませんでした。現在の御住職が来られてより、良くなったと話していました。

 

妙見寺 群馬県群馬町引間213 (現在は高崎市引間町)

 

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