江戸時代は藩主・藩士により崇敬されており、さらに家康公の命日である4月17日は一般の人も参拝を許可していために大変な賑わいだったようです。
明治となり、忍城から藩主が東京に移住したため、残された士族が忍城内にあった東照宮を諏訪郭内の諏訪神社に本殿を移しました。
現在の本殿は文政6年の建立で、県重要文化財の家康公と大坂東照宮にあった像が祀られています。
東照宮は境内西側に東面して建てられていますが、諏訪神社は鳥居のすぐ近くに南面しています。
どちらも氏子が多くいたわけでありませんので、戦後は維持管理が大変だったそうです。
忍城と異なり明治に樹木の伐採を逃れることが出来ましたので、豊かな杜を残しています。
東照宮 埼玉県行田市本丸12-5(忍字諏訪郭) 地図link