玄宥僧正は真言宗智山派総本山智積院の中興第一世です。7歳の時に持明院で弟子となり、15歳まで修行しています。
慶長5年(1600)に智積院を京都東山に再興しました。玄宥ウィキペディアlink
現在の持明院は真言宗豊山派の寺院です。
ソメイヨシノは終わりでしたが、駐車場の八重桜が満開でした。
ツツジが咲き、サツキはこれからです。
立派な大仏が参道脇に祀られていました。
持明院は皆川城跡の北東にあり、鬼門よけとして大事な寺でした。
玄宥僧正の甥が皆川城主となった皆川広照です。玄宥のおかげで織田信長や徳川家康と縁を結ぶことができました。
しかし、7万石を領有した皆川氏も家康の怒りをかったため、慶長14年(1609年)に改易されています。
真言宗豊山派 持明院 栃木市皆川城内町531 地図link