毘沙門堂から約500メートル西にある観音寺に向かいました。
観音寺は円泉寺と同じ、真言宗智山派に属しています。
駐車場に車を止めて本堂に向かうと、御住職が庭掃除をしていました。
以前何度かお目にかかった方です。
私が若造の頃ですので、覚えてはいなかったようですが、父や弟には時折会っていたようで、私のことも少しは思い出していただけたようです。
父とは旅行仲間だったそうです。
こちらにも立派な宝篋印塔がありました。
薬師堂の右隣に、板碑が集められていました。
板碑のことを聞くと、字の読める中で一番古いのが、左から二番目と教えていただきました。
左から二番目は貞永二(1233)年の阿弥陀三尊板碑です。
文字が傾いていますので、元々は右側に観音菩薩の梵字が彫られていたはずです。
阿弥陀一尊図像板碑は文明元(1469)年の銘があります。
他にも年号が読める板碑もあるようですが、私には近づいてみても読める板碑はありません。
駐車場に戻り、観音堂や墓地入口の石仏に向かいました。
青面金剛、地蔵菩薩などが一列に並んでいます。
お墓には新しい永代供養塔が建てられていました。
どこの寺院も、今では必要な施設となっています。
観音寺 埼玉県比企郡吉見町大字大串1282 地図
←金蔵院毘沙門堂 埼玉県吉見町 渋沢平九郎自決の地 埼玉県越生町→