2019年01月08日

円正寺 鳩山町

 
12月26日
鳩山町の寺院としては、なかなかの山容の寺です。裕福な寺院なのでしょう。御本尊は聖観音のようです。
 
鳩山町には駅がなく、車かバスを頼らずにはいられません。
西坂戸団地や鳩山ニュータウンに近い地区のお寺は良いのですが、西部の寺院は檀家が増えず、厳しい環境の用です。
特に当寺と同じ宗派の寺には、厳しい地域です。
 
ここは川を挟んでいますが、西坂戸に近く恵まれています。
周りには新しい住宅が建ち並んでいました。
 
      地図   

 

 
江戸期には5石の格式でしたから、かなりの寺院だったと思われます。
鎌倉街道に近く、旧今宿と言われる地でした。
重要な寺院だったと思われます。
 
 
円正寺の雲版は、昭和8年に畑から掘り出されたそうです。掘られている浅羽の円接寺は、越辺川を挟んで反対側ですが、聞いたことがありません。江戸初期の慶安ですので、何かの事情で廃寺になってしまったのでしょう。
 
山門脇には、天神さまが祀られていました。
 
 
 
青石塔婆も、かなり大きさでした。
鎌倉街道近くにあり、有力者がいたのでしょう。
 
 
 
禅宗には珍しい、不動明王が祀られています。
元文のころ、現在の秩父市吉田町の曹洞宗金剛院より授受されたそうです。
金剛院は、かつては真言宗だったと思います。秩父氏のお墓があります。
 
 
お堂ではなく、不動閣とありました。現代的な立派な会館です。
 

閻魔と閻魔天

日本には、二種類の閻魔様が伝わっています。

先ずは中国風の閻魔王様、次に十二天の内の閻魔天様です。閻魔天Wikipedia

閻魔王

 

十二天の内  閻魔天 ※工芸品の掛軸

 

閻魔はヒンズー教の神で、死者を裁く恐ろしい神なのだそうです。日本では十二天の閻魔天として曼荼羅の中にも描かれています。十二天Wikipedia

 

中国にも閻魔様が道教に入り、地獄の主とされました。

この流れが日本に於いても、平安時代に末法思想が広がり、広く信じられるようになりました。

しかし、布教のためにとは言え、脅しをしているようで馴染めない考え方だと思っています。

 

以前、臨死体験の本を読むと、日本では三途の川を見たとか、三途の川の向こう側は花畑だったなどと書かれていたと思います。

檀家の女性5人以上が三途の川を見たと話していました。その他の人を含め、知る限り10人近くの人が、三途の川を見ていますが、来世は花畑だったと話している人が多いです。

奪衣婆や閻魔様を見た人は一人もいません。

 

インドに於いては、、臨死体験の時、閻魔の使いが来て連れて行かれたと話す人がいるそうです。

 

私は以前、あと少しで死ぬと言われる状態でした。実際死を宣告される一歩手前だったのです。

運良く三途の川を見られずに帰ってきましたが、今では来世は花畑だと思っています。

自分たちの宗教・宗派だけが、天国・極楽に行けるのだとか、言う人がいますが、脅しに乗ってはいけません。

行くところは、どこも同じだと思っています。

お釈迦様は、仏教を信じない物は地獄に行くなどと、一言も言っていないのです。

 

杉戸町の永福寺  閻魔大王と奪衣婆 

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