学習院の遠足で当寺にご来山 昭和11年

当時の平松村に、女子学習院初等科の生徒が遠足に来られると住職が警察に伝えても、誰も信じなかったそうです。
今も田舎ですが、当時はもっと田舎でした。
 
戦前ですから事実と分かると、さあ大変。
駅から歩いて来られますので、道普請は当然ですが、境内の汚い小屋は取り壊し、トイレも正目の木材で作り直しました。
 
 
境内では、脱穀や餅つき、満作の歌踊りなどを披露したそうです。
数十年前までは、当時演じた人もいました。
自慢話を聞かされたものです。
 
 
 
近所の栗林では、栗拾いです。
しかし、その時期は栗も落ちていました。
 
当日のために栗を畑に蒔き、栗の入ったいがを針金で吊ったそうです。
 
 
 
 
写真はありませんが、風船工場も見学されたと聞いています。
 
 
 
戦後お寺の裏手の山林あたりで、皇籍離脱後に久邇朝融氏は鉄砲打ちに何度も来られていたそうです。
その場所が、今では西武系になっている久邇カントリークラブです。
 
 
先日、千円札に描かれていた元総理大臣の子孫の方が来られました。(前列真ん中と向かって一番の左側の方)
ちなみにこの女性は、学習院女子初等科のOGです。
私も関連しているボランティア団体の顧問をされています。
 
御本堂前でご説明しただけしたが緊張しました。
 
 
その時お渡ししたのが、上の古い画像を印刷した写真です。
祖母から借りた写真をずっと以前にスキャナーで取り込んでいたのですが、画質が悪く、画素数も少ないために大きくは引き延ばせません。
 
 
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